第五百七十五話:背後にいる何か
俺が知るファーラーは、ファンブルを司る神様であり、人々が致命的な失敗をするさまを見るのが好きな神様だった。
クーリャと並んでそれなりの知名度があり、ダイスの女神なんて呼ばれることもあるくらいである。
俺の常識を当てはめるなら、創造神として名前が出ているスターダスト様より、より身近に感じられるファーラーやクーリャの方が知名度は高いし、信仰の力がそのまま力になるのなら、ファーラーがスターダスト様を封印したこと自体はそこまで不思議なことでもない。
しかし、それは元の世界の話である。
この世界では、そもそもファンブルやクリティカルと言った言葉が存在しない。似た言葉はあるかもしれないが、それを司っている神様がいること自体を知らないような気がする。
現に、ファーラーはファンブルの神ではなく、太陽神として崇められているようだし、肩書は凄いけど、知名度的にはそこまで高くないように思える。
唯一神として信仰を集め、力をつけた今ならともかく、そうでなかった時に、スターダスト様や、他の上位の神様に勝てたのはいったいなぜなのか。
「考えられる可能性としては、時代の粛正を引き起こした時に、何かがあったってところなの?」
確か、オールドさんが神界に乗り込み、神々を殺して回ったのは、ファーラーの策略とのことだった。
時代の粛正を引き起こすことに反対していた神々を抹殺し、復活できないように封印して、現在の地位を手に入れた。
だけど、そもそもそれがおかしな話でもある。
確かに、粛正の魔王の力は強大だ。単体で世界を滅ぼす力を持っている。
しかし、いくら強い存在であっても、神様より強いなんてことがあるだろうか?
もちろん、世の中には神殺しの逸話なんてものも存在するし、人間ではないけど、神様に作られた存在が神様を超えるなんてこともあるのかもしれない。
でも、オールドさんはようやっと神様を倒したわけではなく、蹂躙していったのだ。
そりゃ、神様は唐突な出来事に困惑していたし、オールドさんを止めようと手加減していたというのもあるだろう。しかし、だとしても蹂躙されるのは明らかにおかしな出来事だ。
それほどの力を、どうやって与えたのか、そして、どうやって制御したのか。そのあたりがわからない限りは、答えは見えそうにない。
「何か心当たりはないの?」
「いえ、特には。元々、姉はいたずら好きですし、それが過激になってしまった結果なのかなとは思いますけど、どうしてそこまでの力を手に入れたかはさっぱり」
「うーん……」
クーリャの勘がただの杞憂と言う可能性もある。
もし、昔のこの世界が、俺の知る『スターダストファンタジー』の世界を同じような形だった場合、信仰に関してはほぼ同率だった。
最高神であるスターダスト様はもちろん、他の神々も専用の神殿が建てられたりして、みんな大事にされていたと思う。
一見悪神に見えるファーラーですら、崇める者はたくさんいた。
そう考えると、時代の粛正が起こった時点での信仰の力はほぼ同率であった可能性が高い。であるなら、後は純粋な力と策略の問題なのだから、ファーラーがスターダスト様を封印できる可能性もなくはない。
でも、ただの杞憂で済ませていい内容かと言われたらちょっと微妙なところだ。
もしかしたら、ファーラーの背後に、また別の何かが存在している可能性だってあるわけだし、そう考えるとファーラーを倒して終わり、って言う単純な話ではなくなってしまうかもしれない。
「かといって、探る方法もないの……」
もし仮に、本当に時代の粛正の時に何かがあって、ファーラーが謎の力に目覚めたりしていたとしても、それを調べる術がなさすぎる。
当事者であるオールドさんも詳しいことは知らないみたいだし、何か残っている可能性がある神界には、こそこそと入ることはできないだろうし、調べる目的で入るのは難しい。
できることがあるとしたら、なにか背後にいるかもしれないと考えておいて、常に気を抜かないようにするくらいだろうか。
決戦前に、思わぬ謎ができてしまったな。
「すいません、変なこと言ってしまって」
「いや、心構えはできたの。ありがとうなの」
ファーラーに何があるのかはわからないが、今はスキルの付与に邁進するのがいいだろう。
俺は頭の片隅で気にしつつ、スキルの付与を再開することにした。
それから約一週間。寝る間も惜しんで、俺はひたすらにスキルの付与を続けた。
途中から、こんなまどろっこしいことをするくらいなら、もっとましなスキルを作るべきなんじゃないかと思い直し、視界に入るだけでスキルを付与するとか、特定の範囲にいる人族すべてにスキルを付与するとか、そういうスキルを作って実行してみたんだけど、果たしてこれでうまく行ったかどうか。
特に、範囲内の人族すべてにスキルを付与するって言うのはかなり楽で、範囲を馬鹿みたいに広げたから、その国の中心あたりに行くだけで、大体国一つをカバーできるので、相当な時間短縮をすることができた。
まあ、その代償として、本当に付与できたかどうかを確認することができなかったわけだけど。
一応、何人かに【アイデンティファイ】を仕掛けた結果、ちゃんと【獲得経験値上昇】のスキルが付与されていたので、多分大丈夫だとは思うけど、ちょっと心配ではある。
「流石に、ちょっと無茶しすぎたの……」
ポータルで移動してから、その近くの国に行き、スキルを付与する。ある程度その方面が終わったら次の方面へ、と言うのを繰り返した結果、おおよそ大陸の三分の一くらいを回ることができた。
ステータスの暴力もあるだろうけど、クーリャの浮遊能力もかなり役に立ち、地形を無視して移動できたのもでかい。
ただ、一週間ぶっ続けで移動してきたせいもあって、俺の体は限界を迎えてきた。
確かに、睡眠耐性はある。しかし、それはあくまで、状態異常としての睡眠耐性であって、生理的な睡眠を防ぐものではない。
もちろん、普通の人と比べたら、一徹、二徹くらいしても問題はないけど、流石に一週間寝ないのは精神的にもきつい。
エリクサーを飲んでみたりして誤魔化してきたけど、ここらで一度きちんとした睡眠をとらないと、とてもじゃないけどファーラーと戦うなんて無理そうだ。
「アリス、少し休んでください。見張りは私がしておきますから」
「申し訳ないの……」
一度城に戻り、誰もいない寝室のベッドに潜りこむ。
【テレパシー】で確認した限り、他のみんなは今でもスキルの付与に邁進しているようだ。
後から考えた、そこに行くだけで、範囲内の人々すべてにスキルを付与するって言うスキルも改めて付与したから、その効率は格段に上がっていることだろう。
もちろん、皆には無茶しないようにと言い含めているので、恐らく大丈夫だとは思うが、俺のようになっていないかが心配である。
何事も、焦らずじっくりと行う方がいい。下手に焦って、失敗を繰り返すより、堅実に進んでいった方が結果的に早く終わることが多い。
わかっちゃいるけど、どうしてもいつ魔王が出現するのかわからないというのが怖い。
できることなら、付与した後で魔王が来ることを警告したいけど、そんな時間もないし、現地の人々は不意打ちで殺されないように願うところだ。
ああ、もう眠い。一回ちゃんと寝よう。
俺は目を閉じると、すぐに夢の世界に旅立つことになった。




