第五百七十三話:洞窟を後にして
基本的な方針を決めた後、俺は洞窟を後にした。
オールドさんは、このあとやることがあるからと言って、再び洞窟に籠るようである。
まあ、ファーラーに見つかって、本格的に操られないようにって意味もあるのかもしれないけど、傍から見るとただの引きこもりなんだよな。
だが、その分グレンが働いているようだし、最終的に力を貸してくれるなら問題ないだろう。
幸い、まだ魔王が出現するには時間があるようだ。世界各地で兆候は見られているが、まだ本格的とは程遠い。
これがファーラーの策略で、次の瞬間には一斉に襲ってくるというのでもない限り、まだ準備する時間はあるはずである。
俺は一度ポータルを使って城に戻る。そして、【テレパシー】でみんなと連絡を取った。
みんなには、スキルを付与するスキルと【獲得経験値上昇】のスキルを持たせてある。それらを、なるべく多くの人に付与することを目的に、各地に散ってもらったわけだけど、進捗はいかほどだろうか。
『お、アリスか。そっちは終わったか?』
「ちょっとトラブルはあったけど、何とか無事だったの。オールドさんは、やることがあるからまた引きこもるって」
『結局あいつ何もしてなくねぇか? まあ、手段は見つかったから別にいいんだが』
「一応、粛正の魔王としての力を取り戻して行っているようだから、ファーラーの時に力を貸してくれるかも」
『そうだといいな』
「それで、そっちは進捗はどうなの?」
『ぼちぼちってところだな。王都の連中は大半は付与し終わったはずだ。残りは周りと国外だが、そんなに進みは早くない』
一応、付与する優先順位というものはある。
そりゃ、知り合いと赤の他人だったら、知り合いの方を助けたくなるのは当たり前のことだしな。
だからと言って、赤の他人を見捨てるわけではないが、まずは近場から、そして知り合いがいる国からである。
シリウスに関しては、ログレスの町に向かったようだ。
ショコラさんに事情を話した結果、割とすんなり信じてくれて、町中の人々にスキルを付与させてくれたらしい。
ただ、そこはやはり研究者なのか、そのスキルはどういったものなのか、どのように付与しているのか、そんなスキルを付与できるアリスとは何者なのか、と色々聞かれまくっているようである。
今はそんな問答をしている暇はないと何とか退けているようだけど、一部のしつこい研究者達は、それでも付きまとってくるようだ。
下手したら世界が終わるというのに、自分の欲に忠実である。
『まあ、一日じゃこんなもんだろう。世界中の奴に付与すると考えたら、一か月とかあっても足りないだろうな』
「……え、ちょっと待って、一日?」
『あれから一日経っただろ? だから連絡してきたんじゃないのか?』
「まだ普通に日付変わってないと思ってたの……」
どうやら、オールドさんとの戦闘で、一日が経過していたらしい。
おかしいな、そんなに時間が経っていた感覚はなかったんだけど……。
【ワールドエンド】のせいだろうか。それとも、あの空間が特殊なのか?
まあ、理由はわからないけど、一日経ってしまったようだ。
でも確かに、半日程度じゃ王都だけとは言っても全員に付与するのは難しいよな。
俺もこんなところで休んでないで、さっさと付与しに回った方がいいかもしれない。
『まあ、とにかく、このペースだと魔王出現までに間に合うかわからない。なるべく急ぐが、そっちも手を回してくれると助かる』
「わかったの。これは寝てる場合じゃなくなってきたの」
疲れたし、ちょっと仮眠を、と思っていたけど、そんな暇もなさそうだ。
確かに、無理しすぎて、いざと言う時に戦えないのでは困るけど、一応睡眠耐性はあるし、数日寝ないくらいだったら何とかなるはず。
強制的にスキルを付与できる以上、相手の意識がない方が付与しやすいし、夜に行動できるならした方がいいとは思うしね。
何なら、寝ないようにするスキルでも作るか? 【不眠不休】みたいな。
「アリス、これからどうするんですか?」
「とりあえず、皆が行ってない場所から回っていくの」
ポータル移動がある関係で、大抵の国は近場と言っていい距離にある。
意外にも、クリング王国はまだ行っていない様子だったので、俺は迷わずそこへ向かうことにした。
と言うのも、カイン達にはスキルを付与するスキルを付与したわけだけど、もちろんそれだけでは数が足りない。
一応、信頼できる相手にはこのスキルを付与しても構わないと言ってあるけど、そこまで信頼できる人は多くないだろう。
特に、クリング王国に関しては、俺はともかく、カイン達はほとんど知らない相手ばかりなので、だからこそ後回しにしていたのかもしれない。
俺からすると、クラウス王、そして、フローラ様とエミリオ様は信用してもいいと思ってる。
みんな王族だから、動いてくれるかはわからないけど、それで騎士達だけでも付与してくれたらかなり楽になるし、付与しても問題ないだろう。
騎士達には、割と嫌われているしね。会わないでいいならそれに越したことはない。
「さて、悪いけど、ささっと侵入させてもらうの」
俺は、城につくと、【ハイジャンプ】で城壁を乗り越えて城内に入っていく。
以前のように門から入ろうとして、獣人だからなんたらとうだうだ問答している時間はないのだ。
まあ、後で叱られるかもしれないけど、なるべく早く事を済ませなければならないので、どうか大目に見てほしい。
「ちょっと失礼するの」
「うぉっ!? な、なんだ貴様は! ここは王の私室であるぞ!」
「わかってるの。だから来たの」
「し、侵入者だ! 応援を、がふっ!?」
部屋の前には近衛と思われる騎士が数人いたが、時間がないので昏倒させていく。
ちょっとやりすぎだろうか。仮にも、先の戦争で手を貸してくれたのだし、この仕打ちはあんまりだったかもしれない。
でも、時間がないのも事実。悪いけど、ちょっと気絶しててくれ。
「お邪魔するの」
「お、おお、アリスか。無事だったか?」
「クラウス王、お久しぶりなの。緊急事態につき、ちょっと押し通らせてもらったことを謝罪するの」
「となると、さっきの悲鳴はお前か。今度は何なんだ?」
私室には、クラウス王の他にも、エミリオ様とフローラ様の姿もあった。
これはちょうどいい。探す手間が省けた。
俺は事情を説明する。このままだと、世界中に魔王が現れる可能性を危惧し、世界中の人々に、今すぐにレベルを上げてもらう必要がある。
だから、特別なスキルを付与するから、それを手伝ってほしいということを伝えた。
「お、お前は何を言ってるんだ?」
「やっぱり、アリスは神の御使い様なの?」
「御使いではないの。お気に入りではあるらしいけど」
「まあ! やっぱりアリスは凄いわね。お父様、お兄様、すぐに準備しませんと」
「お前なぁ……」
エミリオ様はすぐには信じられなかったようだが、フローラ様はすぐに信じたようだ。
呆れた様子のエミリオ様だが、全く信じていないわけでもないのか、ちらちらとクラウス王の方を見ている。
クラウス王は、こほんと一つ咳払いをした後、真剣な眼差しでこちらを見てきた。
「それは本当のことなのか?」
「その可能性が高いです、なの。証拠と呼べるものはありませんが、どうか信じてほしいです、なの」
「ふむ……わかった、そなたを信じよう。何をすればいい?」
「感謝します、なの」
わずかな時間ためらったようだが、すぐに状況を察したのか、信じてくれた。
やはり、クラウス王は話がわかる。それは、俺が恩人であるということを除いたとしても、そう言えるほどのものだ。
俺はひとまず、スキルのことを説明し、皆に付与してくれるように頼んだ。
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