第五百七十二話:最善の行動と最悪の事態
「ありがとう。おかげでしばらくは安定してそうだよ」
「それはよかったの」
すっかり元の洞窟の姿に戻った空間で、どこからか取り出した椅子に座ってオールドさんが話しかけてくる。
元々、オールドさんの無事を確認するための寄り道だったのに、まさかこんなことになるとは思わなかった。
まあ、俺が来なければ、オールドさんは理性を失って暴れまわっていたかもしれないと考えると、来れてよかったのかもしれないけど、俺以外だったら対処に困っていたかもしれない。
ステータス的には、カインとかでももしかしたら行けるかもしれないけど、試練解除の条件は【アイデンティファイ】とかで見通さない限りは、自らの知識でしかわからない。
一応、シリウスは【アイデンティファイ】も覚えているけど、シリウスじゃダメージが足りなそうだし、どのみちきつかっただろうな。
「さて、それじゃあ本題に入ろうか」
そう言って、今後のファーラーの動きについて改めて考察する。
オールドさんも、ガイゼンの予想の通り、ファーラーは別の魔王を使って、この世界の滅亡をもくろんでいると推察した。
ファーラーの目的を考えると、こちらが特に何もしなくても、最終的に一部の地域は残り、世界が破滅することはない。
ただ、もちろん、それには多くの犠牲を伴うため、できることなら止めたいところだ。
ファーラーは、自分の目論見を妨害した俺とオールドさんを恨んでいる可能性が高く、実際、オールドさんはスターコアの回収を利用されて操られかけていた。
そう考えると、俺に対しても何かしてくる可能性は十分にある。
恐らくだけど、魔王のすべて、あるいは一部は、俺を倒すために向かってくるかもしれない。
しかし、だからこそ守りようはある。
「もし、ファーラーが君をどうにかして倒そうと考えるなら、魔王は君の近くに出現することになるだろう。それがどのくらいの規模なのかはわからないけど、近くに現れてくれるなら、守りやすいよね?」
「それはそうなの。全く知らない場所に沸かれるよりはよっぽどましなの」
正直、俺やカイン達、そして他のプレイヤーの手を借りたとしても、世界中を守り切るのは不可能である。
移動だけでも相当な時間がかかるし、ポータルが繋がっている場所以外は、確実に出現するとわかってでもいない限りは派遣も難しい。
まあ、だからこそ、数を揃えるために、現在カイン達に頼んで人々に【獲得経験値上昇】のスキルを強制的に付与して回っているわけだが、これが効力を発揮するのは、恐らく魔王が配下を使って攻めて来始めた頃になる。
流石に、無から経験値を生み出すことはできないからね。一応、ゴーレム式経験値稼ぎを使用すれば、多少は何とかなるかもしれないが、だとしても全員を説得する時間はないと思う。
であるなら、なるべく守り切れる範囲、要は近くに沸いてくれた方がこちらとしても守りやすく、結果的に多くの人々を救えることになる。
「今考える限り、恐らくそれが最善の行動。でも、最善ばかりを考えて行動していたら、最悪の行動を起こされた時に対処できない。考えるべきは、最善ではなく、最悪の事態だ」
「まあ、確かに。なら、最悪の事態って何なの?」
「俺達にとっての敗北は、世界が滅亡し、ファーラーの思い通りの世界になってしまうこと。つまり、全く関係のない場所ばかりに魔王が出現する可能性かな」
「それは……」
確かに、俺達が手を伸ばせる範囲はあまりにも狭い。
カイン達や他のプレイヤー達の協力を得たとしても、せいぜい俺達が今までに行った場所や、その周辺がせいぜいだろう。
他の大陸とかを考えると、行った場所も少ないし、助けられる可能性は限りなく低くなる。
そんな場所に何体も魔王が出現したら? 俺達は何もできず、ただそれを眺めていることしかできなくなる。
「ファーラーの目的を考えるなら、その可能性も十分にある。何も、粛正の魔王として覚醒した君を相手取る必要なんてどこにもない。要は、ある程度文明が破壊され、人々が這い上がる姿を見られればいいんだから」
「もしそれやるんだったら性格悪すぎるの」
「でも、やってもおかしくはないですよ? 姉はそういうところ普通にありますし」
同意してほしくないところでクーリャが同意してくる。
もし、それを予見するなら、あらかじめ、今までに行ったことのない場所に移動しておくというのも手ではあるけど、絶対ではない以上、それは無駄骨になる可能性がある。
人がたくさんいるなら、それでもかまわないんだけど、こちらの戦力はあまりにも少ない。確証もないのに、そんな場所に派遣している戦力はない。
「なら、さっさと神界に赴いて、ファーラーを倒すべきなの?」
「それも一つの手だろうね。もちろん、魔王には魔王の思惑があるだろうし、ファーラーを黙らせたからと言って止まるかはわからないけど、ファーラーさえ止めれば、新たに魔王が出現する可能性は減るわけだし」
「ああ、無限沸きの可能性もあるの……」
確かに、魔王は、と言うよりネームドは、一体しか存在しないボスではあるけど、ファーラーの手にかかれば、復活してくる可能性も十分にある。
まずは魔王を倒して、人々の安全を確保してから、と言う選択肢を取る場合、魔王が無限に攻めてくる可能性も考えないといけなくなるわけだ。
その可能性を排除するためには、大本であるファーラーを倒すしかないわけだけど、果たしてスムーズに倒せるかどうか。
倒せたとしても、手間取って、その間に地上が魔王にめちゃくちゃにされてしまったのでは意味がない。
最悪、中途半端に世界が破壊され、誰も得をしない状況が出来上がるかもしれない。
「万全を期すなら、ファーラーに全戦力を集中させた方がいいだろうけど、それだと地上が持たない可能性がある。だから、ある程度の戦力は地上に残して、ファーラーには少数精鋭で挑む必要があると思うんだよね」
「なかなか厳しいの」
「ファーラーの強さは未知数だ。そもそも、神本体と戦うことなんて通常はありえないからね。もしかしたら、粛正の魔王より強いかも」
「勘弁してほしいの……」
粛正の魔王より強い敵を相手にしなければならないとか普通に悪夢である。
一応、最大の懸念である、こちらの行動をファンブルさせてくる能力に関しては、クーリャがいればある程度解決できる。
割れている能力に関しては、とりあえずの対策はできていると言っていいだろう。
ただ、他の能力がよくわからないのが怖い。
一応、クーリャの情報から、恐らくは魔法型と言うのはわかっているんだけど、もし粛正の魔王より強いってなるんだったらそんな程度で終わるはずがない。
そもそも、クーリャのキャラシだって、依り代としてのものが中心だろう。まさか、神様が俺よりもステータスが低いなんてことないだろうし。
果たして、本当に倒すことができるのだろうか。
「とりあえず、魔王の出現地点を予測して、地上に残す戦力を配置。対ファーラーの戦力は、クーリャと共に神界に行く。そういう方針でいいんじゃないかなと思うんだけど、どうかな?」
「まあ、それしかないの」
一応、地上の戦力に関しては、最初さえ乗り越えることができれば、【獲得経験値上昇】のスキルによって、十分にレベルを上げることが可能なはずである。
まあ、レベルアップのために俺はしばらく地上に残らないといけないかもしれないけど、どのみち決め打ちで配置して間違ってましたじゃ困るから、魔王の出現を確認してから行くことになるだろうし、しばらくは地上の防衛をして、それから神界に向かうという形でいいと思う。
うまい具合に事が運んでくれるといいんだけどな。
感想ありがとうございます。




