第五百六十七話:ファーラーの策
「君の予想通り、ファーラーは別の魔王を使って世界の滅亡を企てた可能性が高い。実際、友人も世界中を見て回っているが、その兆候は出始めているようだ」
「やっぱり、そうなるの」
グレンがどうやって世界を回っているのか知らないが、まあ、神出鬼没な奴だし、それも可能なんだろう。
魔王の出現には、それなりの兆候がある。その一つが、魔物の増加だ。
魔王には、それぞれ出現する理由がある。
それは、特定の魔物が貶められただとか、多くの人々が亡くなる災害が起こった時だとか、大まかに言うなら、負の感情が溜まった時と言うのが多いと思う。
魔物自体は、別にそんな感情とは無縁な存在ではあるが、魔王から生まれる、魔王直属の眷属、いわゆる魔族はその影響を強く受ける。
彼らは魔物の指揮を取り、意図的に町を襲わせるなどの行動を取らせることがある。それ故に、人里では魔物が多くなったと感じるようになるわけだ。
こうなってくると、魔王はすでに出現している、あるいは出現間近と言っていい。それぞれの思惑の下に、町を蹂躙し、世界を破滅に導くのが魔王だ。
すでにその兆候が見られているということは、やはり、この空白の期間は、魔王の出現のために手を回していた可能性が高いだろう。
「ただ、魔王が出てくるだけだったら、正直そんなに怖くはない。君達の手にかかれば、魔王がいくら出てこようが、倒すことはできるだろう」
「それは、まあ。でも、いろんな場所に同時に出てこられたら……」
「だとしても、最終的な防衛地点は残る。ファーラーは何も、世界の滅亡そのものを目的としているわけじゃない。そうやって滅びた後、どのようにして人々が復興するのかが見たいだけだ。つまり、ある程度人々や建物を破壊できれば、目的は達成される」
「確かに……」
どん底から這い上がる人々を見たいなら、少なくともある程度の数は残しておかなければならない。
仮に、俺達が必死に守らなくても、ファーラーがいいと判断したタイミングで、魔王の攻撃はやむことになるだろう。
もちろん、だからと言って、守ることを放棄したいわけではないが、少なくとも、完全に世界が終わることはない。
「ただ、ただね。ファーラーは、恐らく君に強い恨みを抱いている」
「私に? なんで」
「君のおかげで、粛正の魔王による時代の粛正はほぼなくなった。しかし、いくら他の魔王で代用できるとは言っても、やはりファーラーとしては、時代の粛正を見たかったんだと思う。それを邪魔した君、そして俺には、強い恨みを抱いていてもおかしくない」
「まあ、それなら確かにそうなの」
目論見通りに進んでいたのに、一番おいしいタイミングで邪魔されたら萎えるのは当然だ。
逆恨みもいいところだけど、気持ちはわからないでもない。
そうなってくると、他の魔王を使って、どうやってか俺を殺そうと企んでいる可能性があるか。
いくら粛正の魔王の力が強大とは言っても、他の魔王も決して弱いわけではない。何かしらファーラーの加護があれば、互角の戦いになるかもしれない。
「正直、君が戻ってきてくれるとは思っていなかった。だから、元凶であるファーラーを倒すために、色々と策を考えてきた。けれど、君と一緒にクーリャが戻ってきたことによって、その策を考える必要はなくなった。後は、神界でファーラーを倒せばいいだけだ」
「オールドさんも協力してくれるの?」
「それはもちろんそのつもりだよ。ただね、ファーラーも、ちょっとした思い付きなんだろうけど、面倒なことをしてくれた」
「面倒なこと……?」
そこで、俺はオールドさんが震えていることに気が付いた。
寒さによる震えじゃない、どちらかと言うと、何かを我慢しているかのような、そんな震えだ。
「俺は、神界への道をこじ開けるために、以前持っていた力、粛正の魔王の力の一部である、スターコアを回収しようとした。全部取り戻すのは無理だろうけど、それでも半分くらいは取り戻せる気でいたんだ」
「そ、それで?」
「でもね、その中にいくつか、偽物が混ざっていたみたいで……正直に言うと、今俺は、ファーラーに操られかけてる」
「ッ!?」
その瞬間、抑えられていた殺気が解放されたのか、辺り一面にオーラのようなものが舞い散った。
考えてみれば、オールドさんは、元とは言え粛正の魔王である。
今現在は、ファーラーの手から逃れて、この拠点で静かに暮らしているけれど、その力の一端はまだ残されている。
全盛期の粛正の魔王とはいかずとも、他の魔王と遜色ない、いや、それ以上の力が。
そんな力を持った魔王を、ファーラーが放っておくとは思えない。
「スターコアは、俺の力が込められている。俺はそれを使って、君の体にファーラーが降りられないようにした。だが、ファーラーも、同じように、自分の力が込められたスターコアを俺に取り込ませることによって、自分の支配下に置こうとした」
「だ、大丈夫なの?」
「一応、これでも対策はしてきたつもりだ。古くなったおもちゃに用はないと思っていたとはいえ、また操られたんじゃ堪ったものじゃないからね。だから、完全に支配下に置かせはしない。だけど、代わりに、衝動が抑えきれなくなってしまってね」
ファーラーは静かに立ち上がる。
その表情はとても穏やかなものだったが、目だけは、雄弁にその闘志を物語っていた。
支配されない代わりに、溢れ出る戦闘衝動を抑えきれなくなった。それは、他の魔王も持つ、基本的な本能の一つ。
「この通り、一度発散しないと収まらないようになってしまった。いくらこの空間が特別とはいっても、限度はあってね。おかげで、まともに思考するのもやっとなんだ」
「オールドさん……」
「悪いんだけど、止めてくれると嬉しい。一度暴れれば収まると思うから、その時は頑張って力を貸そう」
そう言って、両手を広げるオールドさん。もはや、戦う以外に選択肢はないようだ。
まさか、ただ確認に来ただけで、元粛正の魔王と戦うことになるとは思わなかった。
こちらの戦力は、俺とクーリャ、後もしかしたら、グレンも戦ってくれるかもしれない。
流石に全盛期の粛正の魔王と同等まではいかないだろうけど、それでも元の力は同じである。
どこまでのスキルを使えるかはわからないが、決して嘗めてかかっていい相手ではないだろう。
こんな形で粛清の魔王と戦うことになるとは思わなかったが……やるしかないか。
俺は背中の弓を手に取り、矢を構える。
元粛正の魔王、ここで止めて見せる。
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