第五十九話:一件落着
「アリス! 無事だったのか!」
寝室に戻ると、エミリオ様がフローラ様を慰めているところだった。
目の前でエリクサーを台無しにされ、しかも頼みの綱である俺が連行されたのを見て泣き崩れてしまっていたらしい。
エミリオ様もまさか裁判もなしに殺そうとしてくるとは思っておらず、あそこで無理にでも許可を出しておけばよかったと後悔していたらしい。
まあ、もしあそこで許可をもらっていたら縄で縛られることも麻痺を掛けられることもなかったわけだし、もっと簡単に事が済んでいた可能性はある。ただ、力加減を把握していなかったので王様に危害が及んでいた可能性は否めない。だから、結果的にはエミリオ様の判断は正しかったと言える。
まあ、気分的には許可してほしかったけど。
「すまなかった、セレンがあんな行動をとると予測できなかった俺のミスだ」
「別に気にしてないの。でも、出来れば後始末を頼みたいの。私じゃどうしようもないの」
エミリオ様は謝罪の言葉を述べて頭を下げてくる。
プライドが高そうなのにこういうところできっちり頭を下げられるって言うのはなかなかできることではない。王族がやすやすと頭を下げるのもそれはそれで問題なんだろうけど、きちんと謝るべきところは謝るべきだもんね。
いやまあ、別に今回はエミリオ様が悪いわけではないから全然頭を下げる必要はないんだけど。
「どうやって脱出したんだ? セレンはどうした?」
「廊下で暴れて全員気絶させたの。でも、ちょっとやりすぎちゃったから、そこは謝るの」
「いや、それは構わんが……あの騎士達を一体どうやって……」
よくよく考えると、ここ城なんだよね。
当然のように廊下には豪奢な彫像やら装飾やらがあるわけで、俺はそれを悉く破壊してしまった。
あれがどれほどの価値があるのかは知らないけど、少なくともポンと払えるような金額ではないだろう。
俺はお金はそこまで持っていないから、弁償しろと言われたら少し困る。
「とにかく、その現場に案内してくれるか?」
「わかったの」
エミリオ様を伴って現場へと戻る。フローラ様はまだ泣き腫らしていたし、誰も死んでいないとはいえ凄惨な光景を見せるの憚られたので部屋で待機してもらうことにした。
戻ってみると、すでに人だかりができていた。数人の騎士にメイドと思われる女性が宰相達を助け起こしている。
うーん、ちょっと遅かったか。この人達は事情を知らないだろうし、どう言い訳したものか。
「これはエミリオ様、報告申し上げます。メイドの話では、何者かが襲撃を仕掛けてきたようで、急いで駆け付けた時はこのありさまでした。今、騎士団を使って犯人を捜索中であります」
「あー、それについてはすでに聞いている。これをやったのはここにいるアリス、らしい」
騎士の報告を受け、エミリオ様が少し曖昧に俺の方を見ながら答える。
まさかここまでの惨状だとは思っていなかったのだろう、俺がやったとすぐには信じられなかったようだ。
まあ、普通武器も持たずに騎士団を全滅させるとか無理だよな。特殊なスキルを持っていたとしても、ステータス差がなければこんなことはできなかっただろう。
この喋り方は心底恥ずかしいが、アリスの身体でよかったと思える瞬間だった。
「なっ!? では即刻拘束せねば……」
「いや、アリスはむしろ被害者だ。陛下の病気にはどうやらセレンが関わっているらしい。そうだな、アリス?」
「うん、言質も取ったの」
俺は宰相が王様の毒のことについて話していたことを伝える。
毒についてはあの時点ではエミリオ様とフローラ様しか知りえない情報であり、それを知っていたということは宰相は王様の毒について何か関連性があるということだ。
もちろん、俺の証言だけでは信憑性は薄いが、エミリオ様も毒の事を把握していたということ、そして幸いにも、通りがかったメイドが宰相の国を乗っ取る発言をたまたま聞いていたこともあってすぐに信じてもらうことが出来た。
俺を捕らえて少し気が緩んでいたんだろうが、メイドさんには感謝しないといけないかもしれないね。
「今回の件は騎士団の中にも裏切り者がいる可能性がある。お前達も後に調べられることになると思うが、正直に証言しろ。庇い立てする者も同罪と思え」
「はっ!」
「よし、まずはこいつらを牢へ運ぶ。手伝ってくれ」
「わかりました」
王様は病に伏せっていて、王妃様もショックから部屋に閉じこもる日々が続いているらしいので、現在この国の最高責任者はエミリオ様だ。
騎士団までもが国家転覆に関わっていたとあっては徹底的に捜査し、膿を洗い出さなくてはならない。
誰が味方かわからない今の状況はエミリオ様にとってもかなりの負担だろう。
これは早く王様には回復してもらわないといけないな。病み上がりに仕事させるのは気が引けるが、エリクサーなら疲労も吹っ飛ぶことだろう。
いや、でも一年も床に伏せっていたのなら筋肉が衰えているかな? うーん、それはリハビリするしかないかなぁ。【シャーマン】のスキルでバフをかければ一時的には何とかできそうだけど、あんまり体にいいとは思えないし。
「アリス、助かった。陛下の暗殺を食い止めてくれたこと、礼を言う」
「まあ、あれは成り行きなの。気にしないでいいの」
あんな強行策をとってこなければエミリオ様に任せて俺はのんびり出方を見るつもりだったんだけど、直接殺しに来るって言うなら正当防衛も致し方なしだよね。
それにしても、素手でもこれだけ強いとなると、本格的に人間やめてる気がする。いくらステータス差があるとは言っても、能力値だけであれだけ無双できるとなるといよいよもって敵なしなのではないだろうか。
もちろん、それは人間に限った話であって、別の種族とか魔物とかが相手なら違うのかもしれないけど、加減をしないとうっかり人を殺してしまいそうで少し怖い。
でも、別に力が強いからと言ってフォークを持っただけでひしゃげさせてしまうわけでもないし、スキルを使わなければ矢を放っても矢が貫通するわけでもない。そういう意味では、力加減はできているってことでいいのかな? 意識はしてないんだけど。
「これで後はエリクサーさえあればよかったんだが……」
「あ、エリクサーならさっき作ったの」
「……なんだと?」
少し悔し気に拳を握り締めるエミリオ様に虹色の液体が入った小瓶を見せてやると、ぽかんと口を開けて呆けてしまった。
一個しかないとでも思ってたんだろうか。まあ、エリクサーなんて御伽噺の世界でしか聞かないような代物らしいし、貴重なのは間違いないだろう。しかし、マンドレイク以外は別にそこまで珍しい素材を使っているわけでもないからそれさえあれば割と量産は可能だ。
まあ、そのマンドレイクを手に入れるのが難しいんだけどさ。
「ほ、本当にエリクサーなのか?」
「さっき見たのを覚えてないの? ほら、早く王様に飲ませてあげるの」
「あ、ああ!」
絶対に落とすものかと大事そうに抱え、寝室へと駆けていくエミリオ様。
王様を暗殺しようとしていた黒幕は消え、王様もこれで回復することだろう。エミリオ様と交わした誓約も果たしたことになり、これで俺は晴れて自由の身となることが出来る。
まあ、しばらくは経過観察も含めているつもりではあるけど、もし王様が恩を仇で返す様な人だとしたらすぐに逃げるとしよう。一応獣人嫌いみたいだし?
でも出来れば、夏樹達の事を調べて欲しいな。今のところ何の手がかりもないし、そもそも本当にこの世界にいるかもわからないけどさ。
今後の展開を考えながら、俺はエミリオ様の後をゆっくりと追いかけた。
感想、誤字報告ありがとうございます。




