第五百六十六話:確認作業
とにかく、スキルの付与を優先することにする。
最悪、周知が間に合わなくても、実際に魔王が現れれば事実を知らざるを得ないだろう。
人々を守るという意味では、それでは遅すぎる気もするが、逆に言えば、経験値となる魔物が大量に流れ込んでくるチャンスでもある。
どうにか最初を撃退して、そこで経験値を得て、レベルアップしてくれれば、後は俺達が手を貸さなくても迎撃できるようになるだろう。
まあ、それでも、魔王自身に出てこられたらどう転ぶかわからないが、いずれにしろすべてを救うのは無理だ。
この大陸だけでも、人口は一千万人以上はいるはずである。他の大陸も含めれば、もしかしたら億に届くかもしれない。
そんな中、適切なスキルを付与できるのは、俺が信用する人々のみと考えると、とてもじゃないけど全員を救うなんて無理である。
もちろん、戦う者だけに限定すれば、もう少し数は絞れるだろうが、そもそも今現在で面識のない国も大量にある。
ただでさえ、面識がある国だってかなり大変だろうに、そんな全く知らない人まで相手にしていては本当に間に合わなくなる。
俺が手を広げられるのは、今まで行って、ポータルを置いてきた国と、その周辺国くらいなものだ。間違っても、全世界の人々を救うなんて考えちゃいけない。
なので、せめて知り合いだけでも救いたい。そういう意味での、先にスキルの付与である。
知り合いであれば、もしかしたら事情を話せば協力してくれるかもしれないしね。
「みんな、頼んだの」
「おう、任せときな」
「他のプレイヤー達にも協力してもらって、何とかしてみますよ」
「アリスも気を付けてね?」
「わかってるの。私は負けないの」
さっそく、できたばかりのスキルを【無限の魔力】と共に押し付ける。
これで、カイン達も同じように相手にスキルを付与できるようになったはずだ。
キャラシで確認しても、きちんとスキルが追加されていたので、多分大丈夫だろう。
「アリスは、私と一緒に寄り道ですね」
「寄り道と言っても、確認は必要なの」
本当は、俺もスキルの付与に奔走したかったんだけど、その前に確認しておきたいことがある。
それは、オールドさんについてだ。
オールドさんは、俺が油断して敗北した、霊峰ミストルにある穴の中に拠点を構えているらしい。
カイン達の話によると、オールドさんは、神界に行く手はずを整えるために、色々と手を尽くしていたようだ。
ただ、俺がアリスの体から離れている間も、何ならこの一か月ちょっとの間でさえ、連絡が取れなかった。
作業に集中しているから、とも取れるけど、それにしたって、全く連絡がないのはおかしい。
今でこそ、クーリャのおかげで神界に行く目途は立ったが、それでもオールドさんが重要な仕事をしていたことは事実だし、クーリャのことを報告するためにも、一度拠点に赴かなければならない。
幸い、霊峰ミストルにはポータルを設置してあるので、行くだけならそこまで時間はかからない。
いったいどんな人なのかわからないけど、大丈夫なんだろうか。
「じゃあ、行動開始なの」
「「「おおー!」」」
号令と共に、みんなそれぞれ行動を開始する。
俺も、すぐに霊峰ミストルへと向かい、オールドさんの所在を確かめることにした。
山頂近くにある穴の側には、今回は竜人達の姿はない。
あの時は、誘っていたからだろうか。それとも、今は休憩中とか?
まあ、別に入るのに許可を取る必要はないので、さっさと穴に降りて進むことにする。
前回は、謎の場所に飛ばされたけど、今回はきちんと洞窟の入口へと降ろされた。
こんな場所を拠点にしているのは、やはり人目を避けるためなんだろうか。
オールドさんからすると、全世界の人々が敵みたいなものだったようだし、以前はコロコロ拠点を変えていたようだしね。
無事に落ち着ける場所と言うのは大事だ。追われる日々を過ごすのはあまり想像したくない。
「来たか。待っていたよ」
しばらく進むと、そこには一人の男が立っていた。
相変わらず謎の多い人物、グレンである。
まるで、俺達がここに来るのがわかっていたかのようだ。
いや、実際わかっていたんだろうな。こいつは、どういうわけか、俺達の動向を常に知ることができているようだし。
「オールドさんは無事なの?」
「無事ではある。ただ、少々厄介な状態になっているな」
「厄介な状態?」
「くればわかる。ついてこい」
そう言って、先に進むグレン。
正直、グレンには若干苦手意識があるんだけど、流石にここでついて行かない選択肢はない。
先に進み、以前の湖の場所を抜けて、しばらく進むと、やがて広い空間へと辿り着いた。
辺りを色とりどりの水晶で覆われた空間。わずかなろうそくの光を反射してきらめくその空間は、見ようによっては幻想的な空間にも見える。
そんな部屋の中心に、一人の男が座っていた。
黒髪に、赤い瞳、黒いマントを身にまとい、この空間には似つかわしくない、豪奢な椅子に座った男。
俺は直感的に、この男こそがオールドさんだと確信した。
「やあ、アリス。こうして顔を合わせるのは初めてかな?」
「あなたが、オールドさんなの?」
「そう、俺はオールド。以前、粛正の魔王なんて役割を押し付けられた、死にぞこないさ」
その声はとても穏やかだった。意識せずに聞けば、特に気になるようなことはなかっただろう。
ただ、俺はある違和感を持った。
と言うのも、その声が、何かをこらえるような、苦しげな声に聞こえたのだ。
声色も、表情も、全然そんなことはないのに、どこか苦しげな声。
俺はこの時点で、オールドさんが何かと戦っているのではないかと直感した。
「オールド、調子はどうだ?」
「ぼちぼちかな。いや、元は自分の力なのに、いざものにしようとするときついね」
「あまり無理はするなよ。また暴走されても困る」
「それは、そうなんだけどね。でも、ここは無茶するべき場面じゃないかなって思うよ」
「……どういう状況なの?」
俺の中にいるアリスも何かを感じ取ったのか、少し警戒態勢を取る。
オールドさん自身に、こちらを害そうと言う気がないのはわかる。けれど、ではこの殺気は何なのか。
戦闘狂、ってわけじゃないだろう。そうだとしたら、もっと積極的に話しかけてきそうだし。
「そうだね、順序立てて話そうか。まず、アリス。君は、ファーラーによってその体を粛正の魔王へと仕立て上げられ、体を乗っ取られようとしていた。これは理解しているかな?」
「話は聞いているの。その後、どうなったのかも大体は」
「それなら話は早い。俺は君が粛正の魔王にならないように、妨害したつもりだった。けど実際は、君の中にあるもう一つの意識が表に出てきて、ややこしいことになった。結果として今の君の意識が戻り、事なきを得たが、その結果、粛正の魔王の器としては使い物にならなくなった」
元々、ファーラーは俺の体を乗っ取り、時代の粛正を起こそうとしていた。けれど、オールドさんの介入や、俺の意識が戻ったこと、そして、クーリャの手助けにより、俺は粛正の魔王としての体を保ったまま、元の意識を取り戻した。
こうなってくると、ファーラーとしては面倒なことになっている。
時代の粛正を起こすためには粛正の魔王が必要だが、俺はすでに完全にコントロールを取り戻しており、操られることはほぼないし、では新しく別の粛正の魔王を立てようにも、俺がいることによってそれは叶わない。
つまり、ファーラーからしてみれば、にっちもさっちもいかない状況に追い込まれたわけである。
だからこそ、次にやるのは、別の魔王による世界の滅亡だと思ったわけだけど、オールドさんは別の考えがあるんだろうか?
俺は警戒を解かないまま、オールドさんの話に耳を傾けた。
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