第五百六十一話:不穏なひと時
第十九章、開始です。
アリスの体に戻ってから、しばらくが経った。
画面越しでは見ていたけど、よく状況が理解できていなかったので、カインに聞いてみたんだけど、どうやらヘスティア王国は周辺諸国から袋叩きに遭っていたらしい。
ファーラーが神託を出し、アリスを殺すように全世界の人々に語り掛けた。その結果、不可侵条約を結んでいたはずのサラエット王国とかはもちろん、遠方の国からも多数の兵士が送り込まれていたようである。
ただ、全員が全員敵になったというわけではなく、例えばクリング王国は逆に助太刀に来てくれたし、魔女であるルミナスさん達も助けに来てくれた。
神託による神様の声ではなく、アリスと言う人物の方を信用してくれたことが、とても嬉しかった。
ただ、それらの助けがあっても前線を押し止めるのは難しく、今や王都に迫る勢いだったようだ。
このままの状態が続いていたら、いずれ王都を制圧されて、どのみちアリスは処刑台に上ることになっていたことだろう。
現在は、クーリャの神託のおかげもあって、ほとんどの兵士達は撤退していっているようである。
流石に、神様の意思に逆らってまで俺を殺したいとは思っていないようだ。
まあ、一部は、自分達がやってきたことを正当化したいのか、未だに侵攻しようとしているようだけど、それらもヘスティアの兵士やプレイヤー達によって制圧されつつある。
今後どうなるかはわからないけど、ひとまず戦争は終わったと言っていいだろう。
「問題は、ここからどうするかなの」
侵略によって被害を被った町や、畑なんかの補填もしなくちゃいけないけど、それよりも気になるのは、今後のファーラーの動きである。
ファーラーの目的は、時代の粛正を引き起こすことであり、粛正の魔王として選ばれたのが俺だった。
しかし、俺の体を操るつもりだったけど失敗し、使えない駒になった俺を処分しようと神託を下して、俺を殺そうとしてきた。
アリスの意識だったら、そのまま死を受け入れていたかもしれないと言ったところだけど、俺の意識がある今、ファーラーが確実に悪いとわかっているのに、あえて殺されてやる気なんて全くない。
そりゃ、無駄な殺生はしたくないけど、自分が殺されるかもしれないとなったら、容赦なく攻撃を当てに行くつもりではある。
俺を精神的に揺さぶられるとしたら、カイン達が死ぬとかだろうけど、カイン達が早々やられるとは思わないし、仮にファーラー自身がやってきたとしても、その時はすぐに駆けつけられる自信がある。
今はクーリャの助力もあるし、強制的にファンブルさせてくる効果はそこまで怖くない。
「ここまで何もないのは不気味ですよね。姉なら、すぐに何か仕掛けてくると思ったんですけど」
「何かろくでもないことでも企んでるの?」
クーリャに関しては、城に戻ってから数日後に合流した。
最初は、俺と接触すると居場所がばれる可能性があるとも考えたようだけど、それよりも離れていることによって俺が危険に晒されることの方が問題だと判断したらしい。
クーリャの持つ、クリティカルさせる能力を用いれば、ファーラーのファンブルさせる能力を打ち消すことができるらしい。
確かに、TRPGの処理でも、複数人がダイスを振って、ファンブルとクリティカルが同時に出た場合は、打ち消しあうという処理をすることはよくある。
システム的に言うなら、クリティカルもファンブルも発生しない状態に持ち込めるようだ。
これがあれば、ファーラーと対峙しても、何もできずにやられると言ったことは避けられる。逆に、クーリャがいなければそうなる可能性があるので、合流を優先したってことだね。
「このまま諦める、なんてことはねぇよな」
「それは絶対にないですね。そこまで諦めのいい性格ではありませんし」
「だよなぁ。となると、ますます何もしてこないのが不気味だが」
状況を判断し、ヘスティアに侵攻してきた敵兵の排除や侵略された町の復興など、色々やってる間に一か月以上経っているが、未だに動きがない。
ファーラーの目的は時代の粛正を引き起こすことだが、それをするはずだった俺はもう使えないし、殺すこともできないから新しく粛正の魔王を立てることもできない。
ファーラーとしては、俺をどうにかしない限り、先に進めない状況になっているはずである。
しかし、現在の俺の能力値は桁外れている。
なにせ、粛正の魔王としてのステータスが上乗せされているままなのだ。レベルもカンストっぽくなっている。
元々、粛正の魔王は、相手にするのが馬鹿らしいと思えるほどのステータスをしていた。これを真正面から倒すには、最低でもレベル500は超えている冒険者が複数パーティ必要になるだろう。
一応、この世界には俺がレベル上げをしたプレイヤー達がレベル500を超えているけど、彼らが全員一斉に敵対でもしない限り、俺を倒すのは不可能だと思う。
あるとしたら、自ら死を選ぶくらいなものだ。
後は、ファーラー自身が直接俺を殺しに来るというパターンもあるけど、依り代ってどれくらい強いんだろうか?
もし、依り代も粛正の魔王と同じくらい強いのなら、ワンチャンやられる可能性もあるけど、クーリャの能力値を参考にする限り、それはない気がする。
もちろん、依り代の能力値はその神様が決めるらしいから、ありえないほど強い奴が出来上がる可能性もなくはないけど、一応無制限に何でもできるわけではないらしいので、恐らく常識の範囲に収まっているはずである。
ファンブルさせる能力がないなら、たとえファーラーの依り代が相手でも、速攻で負けることはないはずだ。
こうなってくると、ファーラーとしては打つ手がない。俺を倒さないといけないのに、倒す手段がないのだから。
進展がないのは、どうするのか思いついていないから、とか?
そうであるなら、楽でいいんだけど。
「とにかく、今のうちに神界に行く方法を模索すべきでは?」
「まあ、それもそうだよね」
「神界なら行こうと思えば行けますよ?」
「……え?」
カインの言葉に、クーリャが何となしに返す。
まあ、神様なんだし、神界に行くくらいは訳ないだろう。むしろ、そこが実家なわけだし。
と言うか、何で神界に……ああ、ファーラーを倒すためか。依り代は地上にいても、本体は神界にいる可能性が高いし。
「ほ、ほんとですか?」
「はい。あ、でももしかしたら姉が妨害してくるかも。それがなければ簡単ですよ?」
「オールドいらないんじゃ……」
話によると、俺が異空間に飛ばされていた時、俺を助けるためにどうにかファーラーを倒そうとしていたらしい。で、ファーラーは神界にいるだろうから、どうにかして神界に行く方法を探していたんだとか。
その方法を考えていたのがオールドさんで、未だに音沙汰がないから、どうしたものかと考えている時に、クーリャからあっさり行けると言われたわけである。
それは確かに、オールドさんの存在意義を疑ってしまうか……。
まあでも、オールドさんがいなければ、あのままファーラーに体を操られて時代の粛正まっしぐらだったわけだし、いた意味はあったと思う。むしろ、いなければ世界が滅んでいたかもしれないんだから、超重要キャラだよね。
とにかく、神界に行く目途は立った。後は、どうやってファーラーを倒すかだな。
なんだか微妙な空気になりつつも、ファーラーの対策を話し合うことにした。
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