幕間:アリスの体に
主人公、アリス(秋一)の視点です。
神界からアリスの体に戻る。言葉にするとそんなに難しくないように思えるけど、俺からしたら割と難しい注文だった。
そもそもの話、戻る方法を知らない。今は魂だけの状態だから、触れたらその体に乗り移れるとか、そんな簡単なものでいいんだろうか?
仮にそうだとしても、今のアリスの体には、何者かの魂が存在している。
そんな状態で俺が乗り移ったりしたら、どうなるか。
相手の魂を消滅させてしまうだとか、一つの体に二つの魂が存在するだとか、そういう状況になってもおかしくない。
俺としては、きちんとやり方を教わった上で、安全な状態で戻りたかったのだけど、時間がなかったからそれはできなかった。
確かに、アリスの防御力はかなり高いし、即死耐性もあるけれど、本人にその意思がなければ意味がない。
『スターダストファンタジー』では、攻撃を受けた際、そのダメージから防御力を差し引いたダメージを受けることになっている。
それはどんな状況でも同じ処理であり、例えば、ガチガチに防御態勢を取っていようが、攻撃後の隙を晒している状態であろうが、防御力は同じ数値を適用することになっている。
まあ、システム上、そこまで複雑にするとゲームマスターの負担が半端ないから当たり前ではあるんだけど、とにかく防御力が高ければ、どんな攻撃でもある程度の軽減はできる。
しかし、この世界ではそのルールが微妙に違う。
恐らく、リアルになった影響なのだろう。先ほど言ったような状況であれば、防御を固めている状態なら防御力が上がるし、隙を晒した状態ならその分防御力は低く計算されているように感じる。
魔物との戦いならともかく、対人戦をしている時にダメージ計算が狂うのは、そういう原因があるんだと思う。
つまり、防御の意思がなく、弱点を晒している状態である今のアリスは、ほぼ防御力を計算されないのではないか。
いくら数値上の防御が高くても、防御の意思がなければそれは適用されないと考えられる。つまり、ギロチンのダメージはそのまま通ることになるだろう。
同じように、即死耐性に関しても、パッシブスキルは意図的にオフにすることができる。今のアリスが死ぬ気であるなら、無意識のうちにオフにしていてもおかしくはない。
だから、あのギロチンが落ちた時点で、アリスは死ぬことになってしまう。
それを阻止するためには、ギロチンが落ちる前に、戻る必要があった。
「……」
『……』
アリスの体に戻ることには成功した。思ったより、体に乗り移るのは簡単らしい。
いや、元々自分のキャラだから相性がよかった、と言う可能性もあるが、クーリャの演出と共に戻ることができた。
しかし、案の定の問題として、謎の魂の存在があった。
恐らく、ここは俺の心の中とかそんな感じの空間だろう。相手の姿はアリスの姿そのままであり、俺の姿は光の玉の状態である。
なんで俺の方がアリスの姿じゃないんだと思いたいが、それはそれでちょっと複雑だしまあいいや。
「……あなたは、誰なの?」
『俺は秋一。一応は、この体の持ち主ってことになるかな』
「そんなはずはないの。この体は、私のなの」
『そんなこと言われてもな。まず、名前を教えてくれないかな? そうじゃないと、俺もどう接したらいいかわからない』
「……アリスなの。それ以外の何者でもないの」
『アリス、ねぇ……』
その言葉を聞いて、ああ、なるほどと思った。
恐らくだけど、こいつはアリスで間違いない。俺が操るアリスではなく、設定として描いたアリス、それがこいつの正体だ。
おかしいと思ってたんだ。もし、ファーラーがそのままアリスの体を操っていたなら、あんな回りくどいことせずさっさと時代の粛正を引き起こしていたことだろう。それをしていなかった時点で、操っているのがファーラーでないことはわかっていた。
では、他に誰がいるのか?
俺はこの通り、魂だけの状態でさまよっている。俺がアリスの体を操っている認識もないし、俺が操っているわけではない。
かといって、他に候補もいない。あの時、ファーラーは俺の体を掌握したはずだった。それが、何らかの理由でできなくなり、新たに入り込んだ魂があった。
いや、入り込んだのではなく、目覚めたのだろう。
アリスは俺が作ったキャラではあるが、別にこの世界の神様のように、俺の依り代として作ったわけではない。アリスはアリスであり、そこには明確な意志が存在していたはずなのだ。
しかし、俺がアリスの体に入ったせいで、アリスの魂は表に出てこられなくなっていた。俺は無意識のうちに、アリスの魂を封印していたのだ。
それが、俺と言う邪魔者がいなくなったことで目覚めた。そう考えれば、辻褄は合う。
『アリス、確かにこの体は君のもののようだ』
「当たり前なの。わかったならとっとと出ていくの」
『そうはいかない。俺だって、この体を使う権利がある』
「何を言うかと思えば……なんでそんなことが言えるの?」
『俺はこの体を作った本人だから。アリスにもわかりやすく言うなら、神様みたいな存在ってこと』
「神様……」
自分で言ってて、なんか恥ずかしいな。
確かに、ゲームマスターはそのシナリオにおいては神様にも等しい権限を持っているけど、俺自身が神様かと言われたらそんなことはない。
感じのいい言い方をするなら、神様の代行者とか、そんな感じだろうか?
あくまでゲームマスターの力は借り物であり、俺はそれを使わせてもらっているだけに過ぎない。
それにそもそも、だから何って話でもある。この体は俺が作ったから、操作権をよこせと言っても、アリスは納得しないだろうな。
「もしかして、私を助けてくれたの?」
『うん? まあ、一応そうなのかな? ギロチンにかけられようとしていたところに介入して、その命を救ったという意味なら、助けたって言ってもいいかもしれない』
まあ、やったのはクーリャだけど。俺はただ、アリスの体に乗り移ったに過ぎない。
「なんで、助けたの? 私は、死ぬべき存在だったのに……」
『そもそも、どうしてそう言う思考になっているのかがわからない。何があったの?』
「だって、私の役割は……」
そう言って、アリスは事の顛末を話してくれた。
今のアリスは、確かに俺が作ったアリスの設定通りのアリスである。しかし、一部改ざんがあり、その役割をカイン達のお助けキャラではなく、カイン達を使って世界を正すこと、にされているようだった。
恐らく、ファーラーの意思が混じった結果だろう。あいつの時代の粛正をしたいという意思が中途半端な形で混ざり、こんな訳の分からない思考に陥っているんだと思う。
ただ、アリスはどうしてもそれを実行することができず、その結果、業を煮やしたファーラーによって神託が出され、世界中を敵に回すことになった。
自分が世界を正すべく動いていても、そうでなくても、結局自分のせいで多くの人が不幸になった。
アリスはそれに責任を感じ、死のうという選択をしたわけだ。
ファーラーも色々やってくれる。純粋なアリスだったなら、こんな思考に陥ることもなかっただろうに。
『なるほど、話はわかった。でも、それで死ぬのは間違いだと言わせてもらう』
「どうして? 私は、たくさんの人を不幸にしたの」
『いや、不幸にしたのはファーラーのせいであって、アリスのせいじゃないよね? アリスは人々を傷つけたくなくて、自分の役割に背いてまで守ろうとした。それは称賛されることであって、貶められるようなことじゃない。むしろ、アリスは多くの人を幸せにしたと言っていい』
実際、アリスのおかげで救われた人々は多いだろう。
俺も片手間でしか画面を見ていなかったから、全部を知っているわけではないけれど、王都の人とか村の人とか、多くの人を救ってきたはずだ。
それを、いきなり手のひら返されて殺されろと言われて納得しちゃうなんて、アリスらしくない。
俺の作ったアリスは、そんなに弱くない。
俺は不安げに瞳を揺らすアリスを元気づけるべく、道を示すことにした。
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