第五十八話:素手での戦闘
「なっ!? 貴様、麻痺しているはずでは!」
「あの程度で拘束できたと思ってるならおめでたい頭してるの」
異変に気付いた宰相が素っ頓狂な声を上げるが、俺はその声を無視して近くにいる騎士を殴り飛ばす。
そもそも、麻痺は確かに『スターダストファンタジー』でも存在していたが、そこまで使い勝手のいいものではなかった。
状態異常って言うのは、かけられる側は体力の、あるいは状態異常の種類によって決められた能力値を参照した抵抗値を基準に抵抗判定を行い、成功すれば状態異常にはならない。この時の達成値はかける側の精神力、もしくはスキルに準じた能力値と状態異常の種類によって決定され、麻痺は状態異常の中でも達成値がかなり低かった。
つまり、簡単に抵抗できる状態異常ってことだ。
もちろん、強い敵ならそれを補って有り余る達成値で強引に麻痺にしてくることもあるが、麻痺の効果は一ターンの間行動不能というもの。ゲームによっては一ターン行動不能は中々強い状態異常だが、『スターダストファンタジー』における一ターンは大体10~12秒程度。
もちろん一ターンは一ターンだから強いっちゃ強いけど、これを現実に置き換えると、たとえ麻痺になったとしても速攻で攻撃されない限りはすぐに動けるようになるのだ。
だから、たとえ【状態異常無効】がなくてもこの状況は必然だったと言える。
まあ、悠長に連行しようとしていたところを見ると、もしかしたらこの世界の麻痺はもっと持続が長いものかもしれないから完全に信用はできないけど、どちらにしろ俺には効かないから関係ないな。
さて、素手での戦闘だが割と力加減が難しい。
普通に考えて素手で鎧を着た騎士に殴りかかるとか無謀としか思えないから割と本気で殴り付けたんだけど、凄い勢いで壁に飛んで行ってクレーターを作り上げてしまった。
当然、飛んでいった騎士はそのまま気絶。見てみれば、鎧がひしゃげて大変なことになっていた。
いや、確かにステータスについては化け物じみているとは思っていたよ? でもまさかあんなに威力が出るだなんて思わなかった。
これは、もう少し加減しないと死人を出してしまう。それは避けたい。
いや、宰相だったら別に死んでもいいかなぁとか思ってるけど、流石に殺人はまだ抵抗がある。魔物相手は残念ながら少し慣れてしまった感が否めないけど、一応俺にも良心というものがあるのだ。
「ええい、何をしている! 獣人の小娘如きさっさと鎮圧せんか!」
すでに騎士は抜剣して容赦なく斬りかかってきているが、ここは多少横幅が広いとは言っても廊下のただ中。俺と一度に相対出来る騎士の数は決まっており、また味方に当てる可能性が邪魔をして碌に剣を振れていない。そんな騎士の攻撃なんて当たる方が難しかった。
適当に剣を往なして腹に掌底を当てて吹き飛ばしたり、足払いをして足を踏み潰したり、殺さない程度に痛めつけて無力化しておく。
こちらに殺意を向けてきているのだから、それくらいしても正当防衛が成立することだろう。それに今の俺なら死ななきゃいくらでも治せるし、いざとなれば治してやれば問題ない。
まあ、悲鳴や痛みに呻く声は決して気分のいいものではなかったから、あまりやりたいとは思えないけど。
「ば、馬鹿な……」
気が付けば、騎士達は全滅していた。もちろん全員生きているが、気絶していたり足を潰されたりしていてとてもじゃないが攻撃できる状態のものはいなかった。
残るは宰相のみ。さて、どうしようかな?
「貴様、治癒術師ではなかったのか!? 屈強な戦士ならともかく、兎族如きがなぜそこまでの力を持っている!?」
「それに答える必要はないの。でも強いて言うなら、兎だからって舐めないで欲しいの」
確かに兎はイメージとしてはそこまで強くはない。攻撃力や防御力で見れば、他の獣人の方がよっぽど有用なスキルを得ることが出来る。
俺が兎の獣人を選んだのは完全に趣味だが、別に兎の獣人が弱いということはない。というか、レベルが上がればどんな種族だって強い。
この世界では兎の獣人は繁殖のために子を孕むのが仕事のようだけど、だからと言って戦ってはいけないという法律などないだろう。俺は確かに特殊ではあるが、そういう考えを持ってる兎獣人もいるかもしれないのに、それを考えなかった方が悪い。
「くっ……だが、貴様はもう助からんだろう。すでにエリクサーとやらはない、誓約によって貴様はいずれ命を差し出さねばならなくなるだろう。ここでのこともただ罪人が暴れたというだけの事、私の勝利に揺るぎはない!」
「別にあれくらいすぐに作れるの。材料もまだ残っているし、無くなったらなくなったで育てればいいだけの話なの」
それにこいつの言う勝利って言うのは、王様が死んで後釜になった人を裏で操って何かするってことなんだろうけど、ここで俺が殺すと宣言したらどうするつもりなんだろうか。
絶対に逃げれる自信があるとか? いや、それならとっくに逃げてるか。すでに手下は全滅してるし。
謎の自信を持つのはいいが、それはすでに破綻しているということを教えておくか。
「エリクサーがそう簡単に作れるわけないだろう! あの毒はその辺の解毒ポーションではどうにもできないはずだ!」
「なんなら今作ってあげるの。 ほい、【ポーションクリエイトⅣ】なの」
俺は【収納】から素材を取り出し、目の前でエリクサーを作って見せる。
そういえば、マンドレイクはともかく、他の素材はこの城の工房のものなんだよな。貰っていいとは言われてるけど、後で何かしらお返ししておかないといけないだろうか。
まあ、エリクサーを数本置いていけば十分かな?
「ば、馬鹿な……い、いや、どうせただのはったりだろう! 私は騙されんぞ!」
「別に信じなくてもいいの。私はまたこれを王様の下に持って行くだけなの」
これだけ騒げば流石に他の人も気づいてくるだろうし、早くエミリオ様に知らせて後始末を頼みたいところ。
ただ、このまま宰相を野放しにしておくって言うのもできない。ここはひとつ、他の騎士と同じように足でも潰しておくか?
「ま、待て! 貴様、私と手を組まんか?」
「は?」
「私と共にクラウスを殺し、国を乗っ取るのだ! そうすれば、ここでの事は水に流してやるし、相応の地位もくれてやろう。どうだ、悪い話ではあるまい?」
俺を倒せないとわかって今度は懐柔しにかかってきたか。
とはいえ、その内容はお粗末極まりない。未だに上から目線がにじみ出ている。
というか、この惨状は確かに俺が作り出したものだが、その原因は宰相の方だろうに、なぜ俺が悪いことにされてるんだろうか。全く理解できない。
「そういうのは間に合ってるの。だからおとなしく捕まるの」
「……チッ、兎族如きが調子に乗りおって! 死ぬがいい!」
その瞬間、ぶわりと風が凪いだかと思うと、突風が俺に向かって押し寄せてきた。いきなり風が吹いてきたことには驚いたが、それだけ。別に吹っ飛ばされたわけでもないし、痛くもない。
今のって、もしかして魔法か? あれは攻撃なんだろうか。ただの突風にしか思えなかったけど。
「ははは! まんまと時間稼ぎにかかりおって! この魔法を食らって膝をつかなかった者は今までに一人も……なにぃ!?」
なんか口上を垂れてたけど、無傷で突っ立っている俺の姿を見てあんぐりと口を開けて驚いていた。
んー、これはこいつの魔法がしょぼいのか、俺の魔法防御が高すぎるのか、どっちだろうか。ステータス差を考えるとどっちもかな?
ともかく、切り札も使い果たしたようだし、さっさと無力化してしまおう。
「な、なぜ……」
「さあ? 自分で考えるの」
俺はそう言って宰相に強烈な腹パンを食らわせて意識を刈り取った。
血こそ出ていないけど、床の絨毯は乱れ、壁にはクレーターが出来、割と散々な惨状だ。
耳を澄ませてみれば遠くの方でざわめきが聞こえてくる。多分、戦闘中に誰かが通りかかって慌てて知らせにでも行ったのだろう。
このままじゃ誤解されそうだし、早いところエミリオ様に知らせないとな。
俺は宰相をその場に放り捨てると、すぐさま王様の寝室へととんぼ返りした。
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