第五百五十七話:非情な処刑
主人公の親友、カインの視点です。
それから三日三晩走り続けた。
道中、敵を見つけても蹴散らして進み、とにかく足を止めないようにぐんぐん進んでいった。
本来なら、サラエット王国まで辿り着くには俺達の足でも一週間以上はかかる。それを、睡眠や食事を犠牲にして、強引に短縮し、何とかサラエット王国の王都まで辿り着くことができた。
正直、もう倒れてしまいたいくらいだけど、ここまで来てアリスさんを失うわけにはいかない。
ここにいると信じ、俺達はアリスさんの捜索を開始する。
「……捜索、するまでもなかったな」
「ええ。まさか、本当にこんなことになっているとは……」
王都にある広場には、人だかりができていた。
その中心には、巨大な刃を備えたギロチンがある。そして、その下に固定されているのは、アリスさんだった。
「諸君、今日は素晴らしい日だ! あのにっくきヘスティア王国の王であり、神に背いた逆賊である下劣な兎を、今日この時、処刑することができるのだから!」
観衆に向かって、何者かが声を張り上げている。
よく見れば、王様らしき人物も見えるので、恐らく国の重鎮か何かなんだろう。
アリスさんのことを何も知らないで、よくもまあそんなことが言えたものだ。
空腹と寝不足でイライラしているのもあって、ぎりりと歯を食いしばる。
「逆賊アリスよ。最後に何か言い残したいことはあるか?」
「ごめん、なさい……」
「なに? よく聞こえんなぁ? 本当に申し訳ない気持ちがあるのなら、誠心誠意声を出して謝罪するべきなんじゃないのか?」
「ごめん、なさい……! 私のせいで、多くの人を不幸にして、ごめんなさい……!」
涙ながらに謝罪を口にするアリスさんに向かって、心無い声が飛び交う。
お前のせいだ、お前さえいなければこんなことにはならなかった、そんな言葉と共に、石が投げ込まれる。
アリスさんの防御力をもってすれば、そんなもの蚊が止まった程度のものだけど、アリスさんはあえて防御を捨てて、そのまま受けていた。
顔に石が当たる度に、血が滴り、地面を赤く汚していく。
その姿を見て、俺はもう我慢できなくなってしまった。
「……シリウス、サクラ、行くぞ」
「ああ、こいつらは許しておけねぇ」
「もう全員殺しちゃっていいよね」
それぞれの得物を構え、観衆の下に向かっていく。
俺達はこの国に無断で入り込んだ身だ。国境には検問もあったが、俺達はそれを力づくでなぎ倒してここに来た。
恰好からしても、この国のものでないのは明白。
すぐに近くにいた者が俺達に気づき、やがてそれは連鎖して、声を張り上げていた連中の下へと届く。
「な、なんだ貴様らは! この神聖な儀式に横やりを入れて、ただで済むと思っているのか!?」
「神聖な儀式? これが? はっ、笑わせてくれる。アリスさんが何者かも知らないで、ただ人伝の言葉を鵜呑みにして処刑しようとするその姿勢、呆れてものも言えん」
「俺達はアリスの仲間だ。悪いが、返してもらいに来たぜ」
「さっさと道を開けないと、ここら一体が瓦礫の山と化すよ」
俺達の登場にざわつく観衆。
アリスさんのことは割と知れ渡っているけど、俺達のことはそこまで広く知れ渡っているわけではない。
そりゃ、ヘスティア内であれば、優秀な治癒術師だとか、前王を下した強者だとか、色々囁かれているかもしれないが、あれから戦争もしていないし、俺達はほとんど旅に出ていたので、近隣国は逆に情報が少ない。
そのせいもあって、俺達のことを舐めた視線で見てくる奴は多かった。
旗頭に立っていた人物も、俺達が三人だけだと気づいたのか、すぐに平静を取り戻し、大声で怒鳴り散らしている。
「たった三人で何ができる! そもそも、この処刑を望んだのは、こいつ自身だ。それを処刑して何が悪い!」
「そうするように仕向けたのはあなた達でしょうに。たとえアリスさんがそう望んでいたとしても、私はそれを認めない」
「ふん! なら、その未練、ここで立ち切ってくれる!」
そう言って、扇動していた奴はギロチンの側にいた兵士に指示を出す。
恐らく、すぐさま処刑を実行し、もう後戻りできないようにするつもりなのだろう。
そのあまりの行動の素早さに、俺達も一歩出遅れた。
だって、これは仮にも特定の人物を殺害せよという神託が下ったのだ。それには神の言葉が宿っており、当然ながら、それは神に捧げるものである。
この世界のまともな信者ならば、あくまで神聖な儀式でなければならないわけで、実際あいつもさっき神聖な儀式がどうのこうのと言っていた。
それを、俺達を諦めさせるためとはいえ、雑に処刑しようとするなんて思わなかった。
仮に、そうされたとしても、俺達の足なら間に合う自信もあったしね。
だが、あまりに行動が早く、ワンテンポ遅れてしまった。これでは、間に合わない可能性もある。
とっさに駆け出すが、警備と思われる兵士が邪魔をする。いくら俺達からすれば雑魚であっても、一手使わされるというだけでこの状況では致命的だ。
兵士が剣を抜き、ギロチンを支えるロープを見据える。
頼む、それだけはやめてくれ!
「カイン、シリウス、サクラ」
と、その時、アリスさんが俺達の名前を呼んだ。
先程まで涙していたせいか、目は赤いし、頬は濡れているけど、今のその表情は、とても明るい笑顔だった。
「今までありがとう。さようなら……」
「アリスさん!」
てっきり助けでも求めるのかと思っていた。けれど、アリスさんが口にしたのは、感謝の言葉と別れの言葉。
すでに覚悟は決まっているということだろう。自分が死ねば、世界が救われると本気で思っている。
そんな、そんなこと絶対に許されない。アリスさんがいなくなったら、俺は一体どうすればいいのか。
それは俺としても、カインとしても同じ気持ちだった。
もちろん、俺だけでなく、シリウスも、サクラもそう思っているに違いない。
「死ねぇ!」
兵士の剣が振り下ろされる。
ギロチンのダメージってどのくらいなんだろうとつい冷静に考えてしまったが、それはもはや現実逃避に等しかった。
アリスさんの防御力なら耐えられるかもしれない? いや、仮にそうだったとしても、アリスさんがそれを望んでいなければ意味がない。
実際、投げられた石によってアリスさんの顔は血に濡れている。それに鎧を着ている部分と言うわけでもないし、力を込めて防御姿勢を取るということもしなければ、いくらアリスさんとて首を落とされるだろう。
なりふり構わず駆けだす。
途中で剣を突き刺されようが、槍を突き刺されようが、すべてをシリウスに任せて駆けだす。
まだ助かる。俺がギロチンが落ちるより先に辿り着いて、盾でギロチンを防げば、まだ!
距離自体はそう遠いわけではない。ほんの十数歩の距離である。
しかし、それが遠い。なぜだ? なぜこんなにも足が遅い?
視界の端に、何かが映った気がした。
それは、ニタニタとした気味の悪い女性の笑み。ファーラーの笑み。
ああ、こんなところで、ファンブルなのか……。
最後の最後でファンブルする、それはよくあることではある。最後にそこで成功していれば、ハッピーエンドだったのに、なんてことはよくある。
だけど、それをこんなところで引きたくはなかった。
俺は必死に手を伸ばす。しかし、その手が届くことはなかった。




