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第五百五十六話:残された手紙

 主人公の親友、カインの視点です。

 結局、現状できることなど限られている。

 アリスさんが倒れた今、まずは回復するまで時間を稼ぐこと。

 本当なら、アリスさんを戦わせたくはないけれど、その方がアリスさんは苦しむだろう。

 酷なことを言っているようだが、早いところアリスさんには回復してもらって、再び前線を押し返す必要がある。


「ふむ、前線を多少押し返すくらいならやってやろう。アリスが起きるまでの時間稼ぎ程度にしかならないとは思うが、お前達も疲労が溜まっているはずだ」


「一人でそんなことできるんですか?」


「能力は使いようだ。うまく使えば、できないことはない」


「……まあ、あなたならできてもおかしくはないですね」


 グレンの強さは異常だ。こいつが粛正の魔王と言われても納得できるくらいには強い。

 いや、強いというか、不気味と言った方がいいだろうか。

 【ボディスワップ】のように、魔物の固有スキルを覚えているということは、恐らくこいつはNPCなんだろう。

 これ一つだけなら、ゲームマスターが特別に許可したものって可能性もあるが、他にも見たことも聞いたこともないような状態異常にするスキルを多数使ってきた。

 しかし、こいつをただの敵キャラとして作ったにしては、強さがおかしい。こんなの、普通のシナリオやってたんじゃどうやっても勝てない。

 となると、可能性があるとすれば、負けイベントの専用キャラか、あるいはアリスさんと同じようなゲームマスターが操るお助けNPCと言う可能性だと思う。

 こいつがゲームマスターの能力を使うところは見たことがないし、恐らく前者な気はするけど、だからこそ、アリスさん並みに戦闘力が高いのは確かだ。

 攻撃せずとも、あの妙な状態異常スキルをばらまいていれば、敵は不気味がって下がっていくだろう。多少であれば、前線を押し返すことも可能かもしれない。


「では、お願いします。私達も、今のうちに体調を整えておきます」


「他のプレイヤーにも通達しておくといい。そうだな……一週間は守って見せよう」


「しくじったら崩壊ですから、しっかりやってくださいね」


「オールドの頼みは断れない。きっちりやるさ」


 信用しきっていいものか微妙なところではあるが、まあ、多分大丈夫だろう。

 俺達も、連日の夜間パトロールで疲れも溜まっている。一度しっかり寝て、体調を万全にしておいた方がいいだろう。

 他のプレイヤー達も頑張ってくれているし、いい加減休ませてあげないといけない。


「これでひとまずは……」


「シリウスー!」


 ふっと安堵しかけた時、唐突に叫び声が聞こえてきた。

 振り返ってみると、慌てた様子で走ってくるアルマの姿があった。

 ……ちょっと待て、なんでアルマがここにいる?

 アルマには、アリスさんの看病を任せていた。戦えるシリウスと違って、アルマは治癒能力に長けてはいるものの、戦闘力自体はそこまでない。

 まあ、それでも、今回の戦争はほぼすべての兵士が参加している大規模なものなので、宮廷治癒術師として戦場に駆り出されていたわけだが、戦闘には参加せず、ずっと本陣に籠っていたはずだった。

 だからこそ、アリスさんの看病を任せたわけだけど、それが何でこんなところにいる。アリスさんはどうした。


「アルマ、どうした?」


「はぁはぁ……こ、これを!」


 肩で息をしながら、アルマはシリウスに紙切れを差し出す。

 どうやら手紙? のようだが、受け取ったシリウスはそれを見て、次の瞬間には、はぁ!? と素っ頓狂な声を上げていた。


「し、シリウス、なんて書いてあったんですか?」


「お、お前も見てみろ!」


 そう言って手紙を押し付けてくる。

 何事かと思い見てみると、その内容に思わず息を飲んだ。

 筆跡からして、これは恐らくアリスさんが書いたものなんだろう。本陣に都合よく紙が落ちてるわけもないし、恐らく収納にしまってあったものを使ったんだと思う。

 で、その内容だけど、このような感じだ。


『これ以上迷惑をかけるわけにはいきません。私の命一つでこの戦争が収まるなら、私は命を捧げます。ここまで私を助けてくれてありがとう。さようなら』


 一言で言うなら、それは遺言とも取れるような内容だった。

 アルマが慌ててこんなところに来た理由もわかる。


「あ、アルマ、アリスは!?」


「わ、わからない。部屋にはいなかったけど、窓が開いてたから多分そこから……」


「くそっ!」


 いつの日か見た光景。

 アリスさんはとても思い詰めていた。以前も、自分の役割のことで葛藤し、一人になろうとしていた。

 今回の状況は、あの時と非常に似ている。

 この内容を見る限り、アリスさんは今度は一人になるではなく、死にに行ったんだろう。

 その場で命を絶たなかったのは、恐らく敵に殺されるためなんじゃないかと思う。

 憎んでいた相手が勝手に死ぬのと、自分達の手で殺すのでは、後者の方が当事者的にはスカッとするだろう。いや、人に寄ることではあると思うけど、この世界ではそちらの方が可能性が高そうだ。

 アリスさんも、それは当然わかっているはず。だからこそ、自ら死ぬのではなく、敵に処刑される道を選んだ。

 正直、何を馬鹿なことをと言うのが本音ではあるが、アリスさんの精神状況を考えれば、そんな選択をしてもおかしくなかった。

 恐らく、俺の言葉が唯一アリスさんを繋ぎとめていたんだろう。しかし、倒れて本陣に下がり、俺と離れてしまったことで、そう言った言葉をかける人がいなくなってしまった。

 思い悩んで、結果的に最悪の選択を選んでしまった、と言うのが真相だと思う。


「ふぅ……アリスさんを最後に見たのはいつですか?」


「お風呂に入れた時にはいたわ。それから、まだ一時間も経ってないと思う」


「となると、まだ近くに……いや、アリスさんの足の速さからしてそれはないか。とにかく、急がないと間に合わなくなるかもしれません」


 アリスさんの行動力は相当なものだ。それがいい方向に運んでいる時はそれでいいとしても、悪い方向に運ぶ時まで全力を出さなくてもいいのにとは思う。

 とにかく、まだそこまで時間が経っていないのなら、まだ追いつける可能性はある。急いで追いかけなければ!


「アルマ殿は本陣に戻って、何か他にも手掛かりがないか探してみてください。もしかしたら、攫われたって可能性もあるかも」


「わ、わかったわ」


「グレン、あなたはしばらくの間前線の維持を。自分で言ったんだからできますよね?」


「当然だ。そちらはさっさとアリスを連れて帰るといい」


「言われなくても。シリウス、サクラ、行きますよ!」


「お、おう!」


「急がなくっちゃ!」


 俺はそれぞれに指示を出し、急いで駆け出した。

 正直、アリスさんがどこへ向かったかはわからない。仮に敵に処刑されに行ったとしても、敵はヘスティアを囲むように迫ってきている。

 国の場所でいいなら、恐らく今回の戦争の筆頭であるサラエット王国ではあると思うけど、まさか王都にそのまま行ったんだろうか?

 ありえない話ではない。アリスさんなら、迫りくる兵士達の目を盗んで抜けていくことなんて簡単だろうし、正式に処刑されるとなれば、敵からしたらきちんとしたイベントとしてやらなければならない。当然、行われるのは王都だろうし、移送の手間を考えるなら、直接王都に向かった方が早い。

 なんでアリスさんがそんなことを考えなくちゃいけないんだとは思うけど、アリスさんとしては、自分のせいで迷惑をかけているという認識だから、少しでも手間を省かせたいんだろう。

 この推理が合っているかはわからないが、今は当てもない。アリスさんのことを一番に思っているカインの思考なのだから、あながち間違ってもいないはずだ。

 無事でいてくれと思いつつ、夜闇の中を駆けていくのだった。

 感想ありがとうございます。

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