第五百五十五話:わずかな可能性
主人公の親友、カインの視点です。
現状、神界で活動できる方法はない。俺達は神ではないし、神に認められると言っても、現在の神はファーラーしかいないような状況である。
まさか敵に塩を送る様なことはしないだろうし、仮にファーラーと戦う機会があるとしても、それは地上にいる依り代との戦いになるだろう。
何とか依り代だけでも倒すことができれば、本体にも何かしらのダメージが与えられるだろうか?
例えば、イベント的に考えるなら、力の一部を持った依り代を倒すことによって、ファーラー自体に弱体化が入るとか。
これがシナリオであるなら、絶対に勝てない相手を倒す手段として、力を少しずつそぎ落としていく、と言うのはよくある展開である。
ただ、これは紛れもない現実である。確かに、時たまゲームのイベントのような事態に遭遇したことはあったものの、そんな都合よくファーラーを倒す手段が転がっているはずもない。
依り代を倒したとしても、ファーラー自身はぴんぴんしていると考える方が無難だろう。
「何かいい手はないですか?」
「ふむ。正直可能性は低いが、ないこともない」
「え、ほんとですか?」
ダメ元で聞いてみたら、まさかの答えが返ってきた。
そんなものがあるなら、さっさと実行すればいいのに、なんで黙っていたんだろうか。
ちょっとイラつきながらも聞いてみると、そりゃ確かにすぐに実行には移せないなと言う内容だった。
「今の神界にはファーラーしかいない。いや、正確に言えば、ファーラーとファーラーに与する下級の神しかいない。もし、神に認められて神界に行くという方法を取る場合、奴らから許可を得る必要があるが、それは不可能なのはわかるだろう」
「それはそうでしょう。敵に塩を送る意味はありませんし」
「他の神も、オールドが大半を殺しつくしている。だが、ファーラーに叛意を持つ神が全くいないわけでもない」
「ほう」
オールドが神界に殴り込みに行き、騙されて参戦した神達はほとんどが殺しつくされた。
しかし、本来なら神は死んだとしても、すぐに復活できる存在である。いくら殺されたところで、本来ならば神界のバランスが崩れることはない。
だが、現在はファーラーが唯一神を騙るために、その復活を妨害し、最高神の座に収まっているわけだ。
これでは、ファーラーを倒さない限り、他の神も復活できないと思うだろうが、いくらオールドが神を殺しつくしたとは言っても、すべてではない。中には、戦いを避け、傍観していた神も存在する。
「そうした生き残った神は、恐らくファーラーによって殺されたか、封印されたかしたんだろう。いくら最高神が寛容だとしても、最高神であるスターダストを差し置いて、最高神を騙ることは、神の中でも許されざる行為だろうしな」
「では、そのスターダストを解放できればあるいは?」
「しばらくの間ファーラーが最高神として収まっていた影響で、信仰の大半はファーラーに向いている。だから、もしかしたらスターダストでも太刀打ちできない可能性もあるが、最低限、神として俺達を神界に迎え入れることくらいはできるだろう」
「なるほど。しかし、封印されているとしても、どこに封印されているんですか?」
「それがわかれば苦労しない。神界に封印されている可能性も高いし、見つけたとしても手を貸せるかどうかもわからない」
「そんな……」
生き残った神達を解放すれば、ファーラーのことを何とかしてくれるかもしれない。しかし、そもそも殺されているかもしれないし、封印と言う形になっているとしても、それがどこにあるのかわからない。
それを見つけるのは、闇雲にスターコアを探していた時よりもよっぽど低い確率だろう。
確かに、可能性がないことはないが、すぐさま実行に移せるかと言われたら微妙な案である。
「一応、スターコアを回収する合間に、探してはいる。だが、それらしき場所は未だに見つからない」
「可能性としてはどれくらいなんですか?」
「よくて1パーセント。いや、それ以下だろうな。少なくとも、最高神であるスターダスト、そして、ファーラーの対の神であるクーリャは恐らく殺されてはいないだろうが、それらが地上に封印されていて、私がそれを見つけられる可能性は限りなく低い。そして、仮にお前達に手伝ってもらったとしても、その確率はほとんど上がらないだろう」
「そうですか……」
正直、そんな可能性の低いものに賭けるくらいなら、それこそ敵を全滅させてとか、逃げ回るとか、そう言った手段を取った方がいい気がしないでもない。
しかし、それも絶対ではないと気が付いた。
確かに、敵を全滅させるのも、逃げ回るのも、俺達からすればそんなに難しいことではない。
相手は俺達の足元にも及ばないようなレベルだし、ポータルを用いれば人気のないところに瞬時に移動することも簡単だ。
だが、忘れてはならないのは、依り代のファーラーの存在である。
あれには、今のところ勝ち目はない。攻撃をすべてファンブルにさせられてしまったら、どうあっても勝つことはできないのだから。
敵を倒している最中にそいつが現れたら? 逃げている最中に出くわしたら? そのままうまく逃げられればいいが、仮にも相手は神である。そう簡単に逃がしてくれるかはわからない。
それでアリスさんが殺されてしまうのが一番問題だし、そうでなくても、俺達の誰か一人でも殺されてしまえば、アリスさんの心は砕けてしまうかもしれない。
そう考えると、殲滅するのも逃げるのも確実とは言い難いのだ。
それに、仮にうまく行ったとしても、それはせいぜい時間稼ぎにしかならない。
もしファーラーが手を出してこないのだとしても、いつまでもアリスさんが殺されないようなら、別の手段を考えてくるだろう。
それこそ、魔物をけしかけてきたりするかもしれない。
今だって大変なのに、魔物の襲撃まで加わったら堪ったものではない。
根本的な解決を目指すのなら、どんなに確率が低くても、封印されている神を見つけ出すしかないのではないだろうか。
「ひとまず、捜索は続ける。そちらで何か困っていることがあるなら、そちらも対応しよう。困りごとはあるか?」
「……アリスさんの精神状況が心配です」
「ふむ。それは難しい問題だな」
アリスさんの精神状態は非常に悪い。
いつもなら自信たっぷりのアリスさんだけど、世界を敵に回したという事実に、度重なる敵からの罵声の嵐、つい先日はファーラーに俺が負けてしまうという事件もあったし、アリスさんとしては、自分さえいなくなれば争いは収まるのではないか、と言う気持ちが日に日に強くなっていると思う。
それを誤魔化すように、自分にできることを精一杯こなし、挙句の果てに倒れてしまう。
このままでは、仮にこの後回復しても同じことを繰り返し、いずれどうにかなってしまうのは目に見えているだろう。
前にも進めず、退くこともできず、ただ世界に罵られながら、世界を救うために苦悩する。
俺は、アリスさんを助けたいと思っている。けれど、何をしても、どうにもならない事実が腹立たしい。
すべてはファーラーのせいだ。あいつさえいなければ、アリスさんはこんなに悩むことはなかったし、そもそもこの世界に来ることすらなかった。
あいつさえ、いなければ……!
俺はぎりっと歯を食いしばった。




