第五百五十四話:助っ人
主人公の親友、カインの視点です。
相手を皆殺しにすること自体は簡単だろう。そもそも、この世界のレベルアップ方式で、アリスさんからの正式なレベルアップを受けた人間に勝てるわけがない。
そりゃ、例えばレベル100とか、それくらいあるんだったら多少は渡り合えるかもしれないが、相手の兵士達のレベルはせいぜい10から20、あっても30ってところだ。しかも、俺達の基準に当てはめるなら、レベル5にも満たないような奴らばかりである。
めちゃくちゃ優れた軍師でもいるなら、驚くような方法で倒される、なんて可能性もあるかもしれないが、基本的に戦力で相手に勝ち目はない。いくら束になってこようが、簡単に蹴散らすことができる。
逃げるにしても、他のプレイヤーに情報収集を任せ、俺達で常に周りを囲んでいれば、不意打ちなどで殺される心配もないし、隠れる場所なんていくらでもある。
相手が神託のことを忘れるかどうかはわからないが、仮に忘れなかったとしても、何年かすれば、ああまた言ってるよ、くらいには優先度が下がるかもしれない。
と言っても、ファーラーのことだから、もしかしたらこちらの居場所を正確に把握し、ピンポイントで襲わせてくる、なんて可能性もあるかもしれないけどね。
確率だけでものを言うなら、全滅させた方が早いし確実である。しかし、それをしてしまえば、どうなるか。
戦争は終わるだろう。戦う相手がいないのだから。しかし、残された家族なんかからは恨まれるだろうし、そのヘイトは神託で指名されたアリスさんに向くことになるだろう。もしかしたら、死に物狂いで殺しに来る可能性もあるかもしれない。
それに、仮にこの大陸の兵士を全滅させたとしても、まだ他の大陸にもいる。わざわざ船で来る可能性は低いとはいえ、神託となれば時間が経てばどうなるかわからない。
そもそも、この大陸の兵士をすべて排除するということは、この大陸を平定しなければならない。それをできるだけの人材はいないし、信心深い人ならば、自分は間違っていないと歯向かってくる可能性の方が高い。
まず間違いなく、国は崩壊する。ファーラーが言うところの、時代の粛正の始まりになってしまうかもしれない。
逃げるにしても、結局のところアリスさんが原因で争いが続くのは変わらない。アリスさんへのヘイトはどんどん増加し、本当の意味で魔王と呼ばれてしまう日も来るかもしれない。
いずれにしても、アリスさんは死なないだろう。だけど、結果として世界は滅びるし、命は無事でも心は守れない。アリスさんが自死を選ぶ可能性はぐんと上がる。
つまり、俺達に選択肢はないと言っているようなものなのだ。
「一番いいのは、ファーラーをぶちのめして、神託を撤回させることでしょうが……」
「それができたら苦労しねぇよ。神界に行く手段もわかってないって言うのに」
どうにか、アリスさんの心を救うためには、世界中の人々に、間違っているのは神の方で、正義はこちらにあると示すことだ。
それをするには、神界に行ってファーラーを倒す必要がある。
けれど、神界に行く方法はまだわかっていないし、そもそも行けたとして、相手をファンブルさせる能力を持つ神を相手にどうやって太刀打ちしたらいいかもわからない。
元粛正の魔王として神界に赴き、多くの神を殺して見せたというオールドなら何か案があるかもしれないが、それ前提で話を進めるのは無謀だろう。
というか、できるなら既にあちらから提案をしていそうだし、すべての力が取り戻されでもしない限り、そういうことはできないんだと思う。
では、すべての力を取り戻すのが正解か? わからない。
仮にそれが正解だとして、世界中のスターコアを手に入れるのに、いったいどれほどの月日がかかるだろうか。
すでに大国に所有されているスターコアすら取り戻すのだとしたら、他の大陸にも行かないといけないだろうし、余計に戦争が大きくなるだけな気もする。
秘密裏に集めるというのも無理があるし、そこまでしても、結局オールドは負けているわけで、確実な方法とは言い切れない。
「失礼する」
「む、お前は……」
夜も更けてきた頃、そいつは音もなく唐突に現れた。
あの時は、苦汁を舐めさせられたものだ。最初はアリスさんを兎と入れ替えられたところから始まり、つい最近では意味不明な能力でこちらを完全に無力して見せた相手。
団長ことグレンは、あまり表情の読めない顔でこちらに近づいてきた。
「何の用だ」
「いやなに、少々手伝いをしてあげようと思ってね」
「今更出てきて何を言うかと思えば……」
確かに、オールドからは、もし何かあったら手を貸してくれるとは言われていた。
実際、こいつの戦闘力は尋常じゃない。今のレベルに達した俺達ですら、こいつには勝てないと思ってしまうほどに。
そんな奴が味方に付いてくれると考えれば嬉しいことではあるけど、こいつは得体の知れないところが多すぎる。
常に神出鬼没でどこにいるかわからないし、そのくせあり得ないほどの戦闘力を持つ。
いや、戦闘力と言うよりは、意味不明な状態異常を使ってくるという不気味さだろうか。
いずれにしても、あんまり関わり合いにはなりたくない相手である。
「それより、オールドの状況は?」
「現在のスターコアの収集状況からして、入り口を無理矢理こじ開けるくらいは何とかできそうだ。だが、神界に滞在できる時間を考えると、ファーラーを倒すのは難しいというのが今のところの結論だな」
入り口を開くには、単純な火力が求められるらしいから、オールドの粛正の魔王としての力と、こちらの高火力を合わせれば、恐らく入り口を開くこと自体は可能なのはわかっていた。
ただ、やはり問題になるのは神界と言う特殊な環境である。
例えば、いるだけで徐々にHPを削られていく、みたいな場所だったら、ポーションとかをがぶ飲みしてごり押しもできるが、そもそも滞在できないとなったらどうしようもない。
神界に入ることができるのは神のみ。あるいは、神が認めた者ならば、入ることができるかもしれないが、唯一神を気取っているファーラーがそんな許可を出すはずもない。
粛正の魔王として認められたアリスさんだけならば、もしかしたら入ることはできるかも知れないが、今のアリスさんの精神状況で送り込んだところで、どう考えても勝てるとは思えない。
そもそもの差として、ファンブルさせる能力をどうにかしないといけないし、神界と言う相手のホームグラウンドであることも加味しなければならない。
いくらアリスさんが強いとは言っても、流石に一人で相手をするのは難しいと思われる。
「確実にどうにかできるという方法はない。何らかの方法を取るとしても、そこには必ず失敗する確率が存在する」
「そんなことはわかってますよ。だから、それをどうにかできないと考えているんでしょうが」
今、アリスさんが助かる、と言うか、世界が助かるには、ファーラーをどうにかするほかない。
そのためには、少なくとも神界で活動できる方法が必要になってくる。
あるいは、アリスさんが超絶強化されて、ファーラーをぶちのめしでもしない限りは現状の打破は難しい。
何か、いい手はないのだろうか。
俺は横目でグレンの方を見ながら、腕を組んで思案した。




