第五百五十話:ファンブルの脅威
主人公の親友、カインの視点です。
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そこからは、一方的な戦いが続いた。
こちらの攻撃は確実に当たらず、逆にあちらの攻撃は必ず当たるのだから、当然と言えば当然だが。
ファーラー自身の攻撃力はそこまで高くはなかった。
型としては、恐らく【ウィザード】のような魔法系に、【ダンサー】、【ニンジャ】などのスキルを少し合わせたような形だと思う。
これらにはそれほどシナジーがあるわけではないが、純粋に【ダンサー】で攻撃力を底上げして、魔法で攻撃するって言うだけでもコンボにはなる。
まあ、それをやっても、俺の防御を大きく抜くほど攻撃力は高くなかったので、耐えること自体は簡単だったが、だからこそ屈辱的でもあった。
「ほらほら、どうしたの? 私を殺すんじゃなかったの?」
「はぁはぁ……くそっ」
クリファンシステムを導入しているTRPGでは、時折事故が起きる。
例えば、初心者冒険者が、最初にスライムみたいな弱い魔物と戦う場面があったとしよう。
この戦闘の目的は、プレイヤーに戦闘のルールを覚えてもらうためのチュートリアルのようなものだ。だから、基本的に普通に攻撃していれば、問題なく勝てる調整になっている。
ただ、ここにクリティカルやファンブルが加わると、それが崩れる場合がある。
究極的に言えば、相手が攻撃をすべてクリティカルで回避し、攻撃もすべてクリティカルで当ててきたりしたら、冒険者サイドは負けるだろう。
もちろん、確率的にそんなことはほとんどないが、極稀に、運悪くクリティカルなどが連発し、冒険者が負けてしまってゲームオーバー、みたいな展開もあり得るのだ。
今の状況は、まさにそんな感じだと思う。
相手は別に攻撃をクリティカルしているわけではないけど、こちらがすべてファンブルしているから、似たようなものだろう。
これの悪いところは、相手の攻撃力が高くないというところ。
それ故に、一撃でお陀仏、なんてことはなく、じわじわと嬲り殺しにされるわけである。
攻撃力だけ見れば、自分でも十分に勝てる相手なのに、どうしても勝てない。それは精神的に屈辱を与える行為であり、仲のいい友達同士での出来事ならともかく、こんな相手にされてははらわたが煮えくり返る思いだった。
「さて、そろそろ飽きてきたし、終わりにしましょうか」
「くっ……」
「盾なんて構えても意味ないわよ? どうせ当たるんだから」
じわじわとこちらに近づいてくるファーラー。
今まで盾での防御を試みたことは何度もあったけど、結局それが機能したことは一度もなかった。
防御すること自体は判定もいらないので、ファンブルすることはないけれど、攻撃されたら回避するという考えが染みついていて、どうしても回避をしようとしてしまう。
回避は判定を行うものだから、ファンブルにされて、結局攻撃を当てられるのだ。
今考えれば、回避を放棄すれば、余計なダメージを食らわなかったのではと思わなくもないが、素で食らう以上、そこまでダメージ量は変わらない気もする。
それでも、何もしないよりはましなはずだ。
ファーラーはにやりと口の端を吊り上げたと思うと、杖を振り上げ、そして……巨大な竜巻に巻き込まれた。
「何……きゃっ!?」
「間に合った!?」
そこに現れたのは、頼れる仲間の姿。
急いで走ってきたのか、息を切らせて肩で息をしているが、それでも的確にスキルを発動させ、一度も攻撃を当てることができなかったファーラーに一撃加えて見せた。
「大丈夫か?」
「え、ええ、なんとか……」
慌てて駆け寄ってきたシリウスは、俺に【ヒールライト】をかけて回復させてくれた。
結構体力を削られていたので、このままでは危なかったかもしれない。
奇襲で危機を救ってくれたサクラと、怪我の治療をしてくれたシリウス。
アリスさんも含めれば、ここに四人パーティは揃った。
「やってくれたわね……」
ファーラーは、あれほどの一撃を受けたにもかかわらず、立ち上がってきた。
やはり、相当な高レベルらしい。ファンブルさせる能力が目立つが、体自体も結構強いようだ。
サクラもやって来て、三人でアリスさんの前に立ち、ファーラーと対峙する。
これで三体一。少しは状況が好転するだろうか?
「……まあいいわ。今日はこのくらいにしておいてあげる。命拾いしたわね」
そう言って、ファーラーは杖を振るう。その瞬間、ファーラーの姿はその場から消え失せていた。
「……逃がしちゃいましたか」
セリフから、逃げることはわかっていた。けれど、とっさに体が動かなかった。
なにせ、手も足も出なかったのだ。多少攻撃をいなせたかもしれないけど、攻撃自体は全くと言っていいほど通らなかった。
サクラの攻撃が通ったのは、恐らく意識外の攻撃だったからだろう。
常時発動しているタイプのスキルではなく、任意のタイミングで発動させるスキルってことだと思う。
だから、こうしてサクラの存在がばれた今、再び戦っても勝ち目は薄かったかもしれない。
でも、それでも、アリスさんをこんな酷い目に合わせた奴を目の前にして、逃げるのを追わなかったというのは、かなり心に引っかかっていた。
たとえ勝てないのだとしても、最後まであがくべきだったのではないか。そう考えると、気分は暗かった。
「大丈夫か?」
「ええ、ありがとうございます」
「それならいいんだが……あいつがファーラーか?」
「はい。恐らく依り代でしょうが、操っているのは本人でしょう」
逃げたのは、サクラの攻撃が思いの外痛かったのか、それとも興がそがれたからなのか。どちらかはわからないけど、一度現れた以上はまた現れる可能性がある。
基本的に、神は地上に干渉してはいけないというルールがあるとはいえ、ファーラーが今更それを守るとは思えないし、自らの手でアリスさんを殺しに来た可能性は非常に高い。
今後は、それも含めて対策を取らないといけないかもしれないな。
「……あの、カイン」
「あ、大丈夫でしたか? アリスさん」
「私は大丈夫だけど……」
おずおずとアリスさんが話しかけてくる。
その目は伏し目がちで、明らかに苦しげだ。
まあ、あんなことを言われたのだから、当然と言えば当然だけど、心のケアもしないといけない。
「ご、ごめんなの……。私のせいで、カインが酷い目に遭って……」
「何を言うんです。これは、私がしたくてしたこと。アリスさんが気に病む必要はありません」
「それでも、助けが来なければ、死んでいたかも……」
「それで死ねるなら本望です。アリスさん、あなたは何も間違っていない。悪いのは、ファーラーなのです。私のことを悔やむのではなく、あいつを倒すことを考えてくれると嬉しいです」
「う、うん……」
顔色は優れないが、ひとまずは納得してくれた様子。
さて、ここからどうしたものか。再びあいつが現れたら、アリスさんを守り切れるかわからない。
一応、奇襲は有効のようだから、一人が守って、【テレパシー】で仲間に伝え、仲間は気づかれないようにファーラーを攻撃するって言う戦法を取ればいけるだろうか?
まあ、奇襲は一回限りになりそうだけど。認識されたら、恐らくファンブルさせられる。
こんな調子で、本体を叩くなんてできるのだろうか。
若干の不安を抱えながら、先のことを考えていた。




