第五十七話:強硬手段
入ってきた騎士達は瞬く間に俺の周りを囲い、剣を突きつけてくる。それと同時にエミリオ様とフローラ様の間に割って入り、分断してきた。
いくら広い部屋とはいえ、流石にこれだけの騎士が入ってくると結構手狭に感じる。
それにしても、ここで仕掛けてくるとは。もう少し余裕があると思ったんだけどな。
「セレン、これはどういうつもりだ」
エミリオ様が警戒しながら話しかける。
まあ、流石に王子様と王女様に手出しするような真似はしていないようだけど、目的によってはエミリオ様達も危険かもしれない。
とはいえ、こうして分断された以上は身を任せる他ない。俺はどうとでもなるけどエミリオ様達が助かるかどうかは奴の手腕次第だった。
「寝室に押し入ってしまい申し訳ありません。ですが、こうでもしなければ止められなかったことでしょう。どうかお許しを」
「止められない? 一体何を止める必要があるというのだ?」
「もちろん、陛下の暗殺でございます。いやはや、まさかこんなにも早く本性を現すとはとても思わず、対処が遅れてしまいました。重ね重ね申し訳ありません」
暗殺ねぇ、まあ、こいつの中ではそういうことにしたいのだろう。
元々、王様の毒が今まで発見できなかったというのがおかしかったのだ。今までにも治癒術師は来ていたと言うし、薬師だって病状を見ていたはずなのに誰一人として王様の毒に気が付かなかったなんてあるわけがない。
恐らく、秘密裏に口封じとして殺していたか、口止めとして賄賂でも渡していたのだろう。あるいは、初めから宰相の仲間だったのかもしれない。
まあ、俺を呼んだのは王様、というかフローラ様のようだから後からきた治癒術師とかは仲間というわけではなさそうだけど、結局同じように手を出すことが出来なかったのだろう。
今回、俺を口止めではなく殺そうとしたのは獣人だからかな? 一応、エリクサーを作れると言っているのだから普通は製法を聞き出すとかしそうなものだけど、それをしないってことはそもそも信じてなかったってことだろう。あるいは、その製法が他国に渡るのを恐れたのかもしれない。
獣人差別のある国だから、簡単に殺せるとでも思ってたのかもしれないな。
しかし、刺客として差し向けたアーノルドさんは結局俺を殺すことはなかった。だからこそ、こうして王様に近づく隙を与えてしまったわけだ。
しかも、今回俺は材料を手に入れ、エリクサーを作る準備が整ったと宣言している。どういう絡繰りであれ、万が一にも長い時間をかけて投与してきた毒が治療されてしまえば、せっかくの苦労が水の泡になる。だからそうなる前に、強引でもいいから俺を殺しに来たってことか。
「む、それが毒だな。フローラ様、それをこちらに」
「セレン、何を言っているの? これはエリクサーよ。これがあればお父様を助けることが出来るの」
「エリクサーなど存在しません。フローラ様は騙されているのです。おい、早く取り上げろ!」
「いや! やめて!」
近くにいた騎士の一人が謝罪を述べながらフローラ様が持っていたエリクサーを取り上げる。
フローラ様も取られまいと抵抗したが、流石に力で敵うはずもなく、あっという間に取り上げられてしまった。しかし、その時手元が狂ったのか、騎士は瓶を取り落とし、床に虹色の液体をまき散らすことになった。
「ああ、そんな……」
「貴様、フローラに何をする!」
エミリオ様がフローラ様を庇うが時すでに遅し。本当にエリクサーだとしたら国宝級とまではいかなくても相当貴重なものなんだけど、それを落として台無しにするってどういう神経してるんだ。
明らかに、落としたのはわざとのように見えた。平均的な騎士のステータスならフローラ様の抵抗を受けてなお落とさずに取り上げるなんて簡単だろうに。
よほど王様を治療されたくないようだ。言質はとっていないけど、これはもう犯人確定だろう。
「セレン、こんなことをしてただで済むと思うのか!」
「今はなんとでもおっしゃってください。エミリオ様もフローラ様も騙されているのです。いずれわかる時が来ます」
「俺は騙されてなどいない! 誓約もあるんだぞ、アリスに陛下が殺せるはずない!」
「誓約など、少し頭を捻ればいくらでも抜け道はありますよ。さて、陛下の寝室を賊の血で汚すわけにもいかん。牢屋に連れていけ!」
「はっ!」
エミリオ様たちの声も届かず、騎士達はじりじりと俺を拘束しようと迫ってくる。
うーん、どうしたものか。
俺の戦闘スタイルは弓だから、屋内での戦闘はかなり分が悪い。今は弓は【収納】にしまってあるけど、流石にそれを取り出したらすぐにでも飛び掛かってくるだろうし、出したところで弓を引く時間があるとは思えない。
だが、抵抗自体はできるだろう。俺のステータスはここにいる騎士なんかとは比べ物にならない。やったことはないけど、素手での戦闘も可能かもしれない。
ただ、そうなるとエミリオ様達が少し心配だ。
今のところ、二人には手を出していないようだけど、怒らせたらどうなるかわからない。今の今まで暗殺していないことを考えるとエミリオ様やフローラ様を利用して国を動かそうとしているとは思うんだけど、まだ憶測でしかないからな。
エミリオ様達を守りつつ、こいつらを無力化するとなると……そういえば、今は結構スキルが増えているんだった。なら、いけるかもしれない。
「ねぇ、エミリオ様」
「な、なんだ?」
「この人達蹴散らしたらまずいの?」
だが、一応確認は取っておく。
この騎士達は明らかに宰相の手下だけど、一応は国の戦力だし、下手に抵抗して反逆罪とか言われても困る。
エミリオ様も軟化してきているとはいえ元々は獣人嫌いっぽいしね。
「……いや、ここでは止めてくれ。陛下の身に何かあったらまずい」
「そう、ならここじゃなきゃいいの?」
「ああ。必ず助けるから待っていてくれ」
「ありがとなの」
この部屋だと王様が危険だからこの部屋ではやめて欲しいってことね。
まあ、エミリオ様もフローラ様も王様も傷つけるつもりは微塵もないけど、確かにこの場で戦うよりは場所を移した方が楽か。
下手したら、戦いのどさくさに紛れて王様を、なんてこともあるかもしれないし。
「何をしている! 早く拘束しろ!」
宰相の掛け声に騎士達が詰め寄ってきて両手を押さえられた。
この場を出ていくとなると一度拘束される必要があるのが少し心配だけど、まあ多分大丈夫かな。
後ろ手に捻り上げられ、両腕を縄で縛られる。そして、さらに騎士の後ろから魔術師風の男がやってくると、俺の顔目掛けて魔法を放ってきた。
「パラライズ!」
どうやら麻痺系の魔法らしい。俺には【状態異常無効】があるから状態異常は効かないけど、まあ、ここは効いたふりをしておくことにしよう。
ちゃんと魔法名を言ってくれてよかった。そうでなきゃ、何されたかわかんなかったからな。
がくりと床に突っ伏してやれば、宰相の下卑た笑い声が聞こえてきた。
「よし、連れていけ。言っておくが、助けなど来んぞ。貴様はそのまま処刑されるのだからな」
「おい、裁判はどうした」
「薄汚い獣人風情に裁判など不要でしょう。今までもそうしてきたではありませんか」
「うぐっ……」
ここに来てエミリオ様はまずいと思ったようだが、どうすることもできないらしい。
わざわざエミリオ様を立てて素直に捕まってあげたのだから、もう少し声を上げてくれてもいいと思うけど。
というか、言葉が通じない魔物とか明らかな凶悪犯罪者とかならともかく、本当かどうかもわからない毒殺未遂で処刑ってやばいと思うけど。
まあでも、国王陛下に対する毒殺未遂だから当然と言えば当然なのか? まあ、どっちにしろやられるつもりはないけどな。
「てこずらせおって、獣人風情が」
宰相が俺の事を蹴り飛ばし、その後騎士の一人が俺を担いで部屋を出る。
まあ、蹴り飛ばされたと言っても装備の防御力だけで弾けるほどの弱さだったので痛くもなんともないが、体が軽いせいもあってか割と派手に飛ばされたせいもあってフローラ様が悲鳴を上げていた。
これ、トラウマになったりするのかな。だとしたらちょっと悪いことしちゃったな。
「獣人如きが陛下の毒を治療できるとも思えんが、万が一ということもある。長年に渡って実行し続けてきた計画を獣人などに邪魔されたとあってはたまったものではないからな。貴様はこの国には必要ない畜生なのだよ」
こいつ今毒って言ったぞ。
王様の毒に関しては世間では病気と発表されている。毒だと知っているのは俺以外だとエミリオ様とフローラ様のみ。つまり、宰相が知っているはずはない。
これで自白も取れたな。まあ、俺しか聞いてないから意味ないかもしれないけど。
というか、騎士達もいるのにそんな話をするってことは騎士達もグルか。騎士団がまるまるってことはないだろうけど、ざっと十人くらいいるぞ。
これは、王様には治ったらきっちり粛清してもらわないと。
「今更後悔しても遅いぞ。貴様は色々知りすぎたのだ、その身を呪いながら死ぬがいい」
うん、まあ、色々言っているけどもう部屋からもだいぶ離れたしいいだろう。
両手を縄で縛られているけど、俺の筋力であればこの程度軽く引きちぎれる。麻痺だって効果はない。
つまり、存分に暴れられるってことだ。
俺は思いっきり足で騎士を蹴り上げ、担がれた状態を脱する。すぐさま縄引きちぎり、ファイティングポーズを取った。
さて、素手での戦闘は初めてだけど、どこまでやれるかな? ちょっと不安に思いながらも騎士達に襲い掛かった。
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