第六話:町の手掛かり
ご指摘を受けて、「500メートル以上は飛んでいる」、を「50メートル以上は飛んでいる」に変更しました。
あれから数日が経った。
いや、冗談じゃなく厳しい。まさかこんなにも見つからないとは思わなかった。
常識はずれなスタミナを利用して走っては休みを繰り返した結果移動距離はかなり伸びたはずだった。しかし、それでも町は見当たらない。
ここまで来たら恐らく方角が間違っているのだろうと渋っていた進路変更を行ったが、それでも未だ見つからず彷徨うばかり。
小食なのが功を奏してまだ食料は残っているが、それも残り二、三日と言ったところだろう。
そろそろ見つけないとほんとにやばい。そう思い、藁にも縋る想いで使えそうなスキルを確認していたが、ほとんどは戦闘用のスキル。この状況では役に立ちそうにない。
しかし、一つだけまだ役に立つのでは? というスキルがあった。
【ハイジャンプ】
文字通り、高くジャンプすることが出来るスキル。兎の獣人を選んだ時に自動でついてくるパッシブスキルだ。
どれくらい跳べるかはわからないが、ジャンプすれば多少なりとも視界が広がり、遠くにあるものも見えるのではないか、とそう思ったのだが、どうだろうか。
いや、今の時点で【イーグルアイ】を使用して見渡しても何もないのだから無意味なのかもしれないけど、試すだけならタダだしいのかもしれない。
「普通にジャンプすればいいの?」
パッシブスキルだから特に意識しなくても発動するはずだが、とりあえず頭の中で【ハイジャンプ】と念じておく。そして、勢いをつけて飛び上がった。
「わわっ!」
次の瞬間、俺は遥か上空へと移動していた。ふと下を見てみれば一面に広がる草原が見て取れる。
距離感がよくわからないけど、50メートル以上は飛んでいるだろうか。いくらなんでも飛びすぎだろ……。
僅かな浮遊感を味わった後、重力に従って落下していく。あれだけの距離から落下すれば怪我するんじゃないかと身構えたけど、膝を曲げて柔らかく着地し、衝撃で足が痺れることすらなかった。
流石兎、ジャンプに関してはエキスパートのようだ。
「普通の兎はこんなに跳ばないの」
どうにも感覚が狂うが、とりあえずあれだけ飛べれば多少なりとも見渡せることはわかった。
改めて【イーグルアイ】を使用して視力を強化した後、もう一度跳び、辺りを見回してみる。
先程少し見ただけでも周囲には草原しか広がっていないことはわかっていたが、本当に辺り一面草だらけである。人の気配は全くなく、町の影すら見えない。
これはまだまだ辿り着けないのではないかと思っていたら、ふと視界の先に何かが映った。
「今のは?」
滞空時間が限界だったので一度着地してからもう一度跳び、違和感を感じた方向へと視線を移す。
そこには草原を割るようにして茶色い地面が覗いていた。たまたまそこだけ草が生えていないのではないかとも思ったけど、地平線の先まで続く蛇のように長いそれは、まさに道と呼ぶにふさわしかった。
どうやら、地上にいた状態では草が邪魔で道を見つけることが出来ていなかったようだ。思わぬ発見に俺はようやく安堵することが出来た。
道があるということは近くに町があるということである。道を辿っていけば、いつか町に辿り着くことが出来る。
数日間の野宿はキャンプのようで楽しかったとはいえ、流石に一生これをやるにはしんどかったので喜びもひとしおだ。
ようやく活路を見出した俺はその道に向かって移動する。
一応草は根元から刈り取られ、道という体は成しているが、草の繁殖力が凄いためか半分以上は隠れてしまっている。どうやらあまり整備は行き届いていないらしい。
それでも、薄っすらと残る轍は随分前にここを車……馬車? が通ったと示している。現役の道ではなさそうだが、一応道と言う体は成していた。
「ここはこっちに進むの!」
俺は迷わず方向を選ぶ。それは今まで進んできた方角と同じ方向だ。
まあ、あえて逆を選んだところでどうせ今まで歩いた距離に町はないだろうから時間の無駄である。歩いてきた分を無駄にしないためにもここは一択だ。
心なしか足取りも軽く、機嫌よくスキップしながら歩く。
とはいえ、まだ安心できるわけではない。途中で道が途切れているかもしれないし、町はあれどすでに人のいないゴーストタウンだったという可能性もある。
食料の残り的にこの道の先に町がなければ後は狩人よろしく魔物を狩って、その肉を食う他なくなってしまう。
ちなみに、獲物の解体の仕方などは熟練冒険者という設定のせいか把握できている。だから、一応食料がなくなってもすぐに餓死ってことにはならない、はず。
いや、水の方が先に尽きるだろうからどっちにしろ時間の問題か。
水は食料と同じく持っていたが、飲み水と軽く体を拭くのに使っただけですでに半分を切っている。
だいぶ節約を心がけていたのだが、この草原で水を確保するのは難しいだろうし、これがなくなったらいよいよ危ないだろう。
水だけなら恐らくあと五日分くらい。食料がなくなったとしても、少なくともそれまでには見つかって欲しいところだ。
そうして希望を持って歩き続けて早二日。町は未だに見えない。
食料の残りが少なくなっていくという焦りと、流石に熟練冒険者と言えどきつくなってきたのか、テントでの生活に嫌気がさしてきたのが一つ。そして何より、毎夜毎夜襲い掛かってくる魔物の処理に辟易してきたのでだいぶ参ってきていた。
いや、道に入ってからはそこまでの頻度ではなくなったけど、それでも来る時は結構来る。
最初こそ無駄に命を取るわけには……と葛藤していたが、実際に襲い掛かられたこともあって、もはや魔物は俺の中でも討伐対象となってしまった。
いくらむやみに命を取ることがいけないことだとはいえ、流石に自分の命を脅かされたら反撃せざるを得ない。
もちろん、初日のようなスプラッタな場面は見たくないのでスキルなどは使わず、普通に矢で射ている。流石にスキルなしなら爆散することもなく、普通に矢が突き刺さって相手を絶命させていた。
いやまあ、すべての敵が一撃で倒れているからとんでもない威力なんだろうけど、スキルのありなしでここまで変わるかとちょっとびっくりしたものだ。
ちなみに、倒した魔物は非常食として収納に入れてある。矢もできる限り回収し、再利用するように心がけている。備えあれば患いなしってね。
しかし、その備えはできれば使いたくはない。いい加減町が見えてきてくれたらいいんだけど……。
そう思いながら地平線の先を見据えたその時だった。
「!? あれはっ!」
代り映えのなかった景色にわずかな変化が訪れる。
地平線の先にぼんやりと見えるそれは【イーグルアイ】をもってしてもはっきりとは見えない程遠かったが、何やら壁のようなものがあることが見て取れた。
その規模からしても自然にできた岩壁などではなく、人工物であることがわかる。つまり、誰かがいる可能性が高い!
「ようやく見つけたの!」
思わず歓喜の声を上げガッツポーズを決めてしまう。
ようやく、ようやく見つけた! この草しかない何もない場所から抜け出せるかもしれない光景。喜ばずにはいられなかった。
俺は思わず駆けだした。強化された視界でもぼやけて見えるほど遠い場所ではあるが、この体の最高時速は車並みだ。どう遅く見積もっても今日中には確実に到達できる。
ぐんぐんと近づいていく町らしきものに期待が高まっていく。ああ、人に会ったら何を話そう。
高鳴る鼓動を押さえられず息を荒くしながら、俺は道を突っ走っていった。
感想ありがとうございます。