第五百四十八話:神託を下した者
主人公の親友、カインの視点です。
自分が負けるわけないと思っている連中の相手をするのは本当に大変である。
単純に、相手との力量の差を把握していないだけの馬鹿なら、力を持ってわからせてやればいいが、それでもわからないような奴にはどうやっても太刀打ちできない。
いくら跳ね返しても、自分こそが正義だ、自分が負けるわけないんだ、と思われてしまうと、対処するには殺す以外に方法がない。
そうでなければ、こちらの兵士も本当に自分達が正しいのか疑ってしまって士気に関わるし、疲労を無視できるわけでもないからだんだんと押されて行ってしまう。
実際、すでに前線はかなり押し込まれていた。
多くの砦はすでに破壊されてしまったし、兵士達にもそれなりの犠牲者が出始めている。
今は下がることで何とか死を免れている状態だが、こんなことがずっと続けば、王都まで下がるのは時間の問題だろう。
何とかしたいが、打開策などない。せいぜい、オールドが何とかして神界に行く方法を見つけ、ファーラーをさっさとぶちのめすことくらいである。
オールドには連絡しているが、未だに進展はない。
簡単なことではないとわかっているが、ついつい無能が、と思ってしまう。
「神界に行くのはほぼ不可能。相手は無尽蔵に攻めてくる。こちらの兵士の士気も下がり始めているし、状況は絶望的か……」
一番心配なのは、やはりアリスさんである。
アリスさんは、今も俺と一緒に前線を押し止める戦いを繰り広げているが、流石に疲労の色が見え始めている。
それはそうだ。相手は昼夜問わず攻めてくるのだから。
本来なら、夜に攻めるなんて愚の骨頂である。
夜襲をするとか、不意打ちをするとか、そういう目的があるならまだわかるが、何の考えもなしに、ただ夜も攻めれば昼と合わせて二倍攻められる、みたいな頭の悪い考え方で攻められては堪ったものではない。
夜は見通しも悪いし、明かりがないところでは誤って味方を攻撃することもあり得るから、物理的に攻められない。
兵士達だって疲労はあるんだし、夜は休息を取るのも当然の話だしね。
しかし、相手は一刻も早くこちらを落としたいのか、数にものを言わせてそれを可能にしている。
当然、こちらの兵士も夜相手にしなくてはならないけど、そんなことを続ければ疲労は爆発的に溜まっていく。
なので、アリスさんはそんな兵士達を気遣って、夜の間は自分だけで守ると言ってのけたのだ。
兵士達は最初こそ賛同しかねていたが、あまりに夜襲が多すぎるのもあって、最終的にはその案を受け入れた。
その結果、アリスさんは徹夜で戦い続けているのである。
いくら睡眠耐性があるとは言っても、生理的な眠りが必要ないわけではない。普通の人よりは無茶できるとは言っても、限度がある。
そろそろアリスさんを休ませないと、本当に倒れてしまうかもしれない。けれど、休ませようとしても、自分は大丈夫だからと休んでくれない。
その気持ちもわかるから、強くは言えないけど、どうにかして気絶でもさせて無理矢理休ませないと、本当にやばいかもしれない。
「いっそのこと、相手を殺しつくせば楽になるが……」
いくら相手が無尽蔵の兵士を出してくるとは言っても、瞬間的に退場させることはできる。
圧倒的な一撃で、前線にいる兵士をすべて薙ぎ払えば、多少の時間は稼げるだろう。
ただ、それをやってしまったら、本当の意味で終わってしまう。
アリスさんは自分のせいで人が犠牲になったと闇落ちしてしまうかもしれないし、ファーラーからしたら世界の滅亡が一歩近づいたと喜ぶかもしれない。
いっそのこと、神託を偽装するのは、とも思ったけど、各地の神官達に話を通したところで、頷いてくれるわけもない。
そもそも、神託の偽装は重罪だ。裏では、もしかしたら何回か偽装しているかもしれないが、表向きはそういうことになっている。
だから、そんなことをしてしまえば、今度こそ罪人扱いだ。余計に立場を悪くするだけである。
「ははは、いい顔をしているじゃない」
「ッ!? 何者!?」
一時撤退し、つかの間の休息をとっていた時のこと。そいつは現れた。
曲がりなりにも、ここは本陣である。敵が入り込んだら即座に知らせが来るだろうし、本来ならこんなところに敵が来るわけがない。
しかし、こいつは明らかに敵だと本能が告げていた。
白交じりの真紅の髪に、金色の瞳。扇情的な赤いドレスを身に纏い、手には赤い宝石のはまった杖を持っている。
この世界で、ドレスは珍しくないとはいえ、こんな貴族令嬢のような奴が戦場にいるのは明らかにおかしいし、何より、そのこちらを見下したようなにやついた目が、こいつは敵だと言っている。
「そんなに満身創痍になって、人を守って、楽しい?」
「それ以上近づくな!」
俺はとっさに前に出て、盾を構える。
すでに【テレパシー】でシリウスとサクラにも状況を伝えた。あちらも戦場を受け持っているから来れるかはわからないが、情報共有は大事である。
突如として現れたその女は、にやついた笑みを崩さないままアリスさんを見ている。
「それにしても、まさか弾かれるとは思わなかったわ。多分、あの死にぞこないが何かしたんでしょうけど、随分と苦しそうね?」
「うっ……」
女はそこから一歩も動いてはいない。けれど、アリスさんは苦しげな顔でその女を見ていた。
知り合いか? いや、仮に知り合いだったなら、俺達が知らないはずがない。
アリスさんがこっそり会っていた可能性もあるけど、よほどのことがなければ、俺達に報告しているはず。
一体こいつは誰だ。
「あなたは一体誰なのかしら? アリスの意識は封じ込めたはず。それなのに、あなたはまだアリスのまま、その上私の操作を受け付けない。他の神が介入したわけでもないでしょうし、正直予想外過ぎてびっくりしているわ」
「……貴様、ファーラーか!」
アリスさんの意識を封じ込めるなんてことをしでかしたのは、厳密にはオールドだが、その原因を作り、アリスさんを粛正の魔王に仕立て上げようとしたのは、ファーラーである。
てっきり、アリスさんを操れなかった今、地上には降りてこられないと思っていたが、よく考えれば、神は依り代を使うことで地上に降りることが可能だったはずだ。
つまり、こいつはファーラーの依り代と言うことになる。まさか、こんなところで出てくるとは思わなかった。
「どう? 全世界を敵に回す気分は。なかなか面白いと思わない?」
「こいつ……!」
アリスさんを使って時代の粛正を引き起こそうとした挙句、それに失敗したら神託を使ってアリスさんを殺そうとする。それのどこが楽しいのだろうか?
アリスさんは、植え付けられた偽りの役割を何とか押しのけて、正しい選択を取った。それなのに、その褒美がこれか? 馬鹿げている。
こいつはここで殺さなければならない。仮にこいつがただの依り代で、本体には何のダメージもないのだとしても、こいつだけは殺さないと気が済まない。
「……アリスさん、下がっていてください」
「カイン……?」
「こいつだけは、許してはおけません」
アリスさんを下がらせ、剣の切っ先をファーラーに向ける。
ファーラーが何の目的でここまで来たのかはわからない。しかし、アリスを殺せと神託を出しておいて、わざわざここまで来たということは、自分自身もアリスを殺すために動いてきたってことだろう。
ただ嘲りに来ただけで、何もせず帰るという可能性もあるが、たとえそうだとしても、生かして帰すつもりはない。
依り代とはいえ、神相手にどこまで戦えるかはわからない。けれど、ここで退いてしまったら、俺はアリスさんを本当の意味で守れたとは言えなくなる。
全力で、こいつを殺す。今は、それだけを考えろ。
そう思いながら、ファーラーを睨みつけた。
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