第五百四十話:与えられた役割
主人公の親友、カインの視点です。
アリスさんは一人になりたがっている。それはこれまでの様子から推察することができるだろう。
そして、今のアリスさんが知る中で、他に誰も寄り付かないような場所と言ったら……霊峰スタルの山頂しかない。
もちろん、ポータルを用いれば、全く知らない場所にも行くことができるだろう。今のアリスさんからしたら、いつの間にか設置されていたポータルなのだから、飛び込めば誰も知らない場所に行けるかもしれないと考えるかもしれない。
だが、ポータルの仕様上、それは無理だ。ポータルで別の場所に移動するには、行先を思い浮かべている必要があるからね。
ポータル移動を考えた時、今のアリスさんがまともに移動できる場所は、霊峰スタルの山頂しかないわけである。
もちろん、王都にだって人気のない場所はあるだろうし、なんなら先日行った村の道中にある森の中とか、細かいところを上げればいくらでもあるけど、俺の予感がそれはないと言っている。
最初に目覚めた場所、と言うこともあるし、霊峰スタルで間違いないだろう。
「……ほんとにいたな」
シリウスとサクラと共に、ポータルをくぐり、霊峰スタルの山頂へとやってくる。
神秘的な雰囲気が漂う祭壇の下に、アリスさんは立っていた。
祭壇に向かって、まるで祈るように手を合わせている。
設定的には、アリスさんは何かを信仰していると言ったことはない。あるとすれば、獣人の信仰対象であるガイダオーガだろうけど、種族全体からしてそこまで頻繁に祈りを捧げるような種族ではない。
そんなアリスさんが、祈りを捧げている。それは、それほど追い詰められているということでもある。
アリスさんとしての役割と、粛正の魔王としての役割、どちらを果たせばいいのかわからない。
一人になりたかったのは事実だろうが、それはこうして祈りを捧げるためだったのかもしれないね。
「……なんで来たの?」
一歩近づくと、アリスさんはこちらを振り返ることなくそう呟いた。
アリスさんの耳ならば、姿を確認しなくても気配でわかるのだろう。
別に、こちらも気配を隠して近づこうなどと考えていなかったので、これは想定内だ。
「……アリスさんを迎えに来たんですよ」
「どうして? 私は、こんな役立たずなのに……」
アリスさんの肩は震えていた。
役立たず、と言うのは適切な表現ではないと思うが、アリスさん的には、自分の意思すらまともに通せない役立たず、と言う印象なのだろう。
大層な目的を掲げたくせに、結局自分の我儘で実行に移せない愚か者。
時代の粛正と言う目的を刷り込まれたことによる弊害だ。
「アリスさん、そんな風に自分を卑下しないでください。そんなことされたら、私は悲しいです」
「だって、実際その通りなの。世界を正すためには、世界を破壊しなくてはならない。けれど、それをすると困る人がいて、それを放っておけない。それは間違ってるってわかってるのに、どうしてもあと一歩が踏み出せないの……!」
アリスさんは振り返る。その目には、涙が溜まっていた。
その姿を見ると、こちらも胸が痛くなってくる。
そもそも、アリスさんがこんなことになってしまったのは、俺が神の調査を後回しにしたからだ。
一応、違和感は持っていた。元々多神教だったはずのこの世界で、なぜ一神教、それもファンブルを司るファーラーが唯一神となっているのか。
イグルンさんと協力して、色々調べてはみたけど、結局詳しいことはわからなかった。
だから、そこで調査をやめてしまった。違和感を持っていたはずなのに、まあ後で調べればいいかと甘く見ていた。
あの時、もっと深く調べていて、ファーラーが時代の粛正を引き起こした犯人だと見抜いていれば、もしかしたらアリスさんがこうなる前に止められたかもしれない。
自分が至らなかったから、アリスさんにこんなつらい思いをさせてしまっていると思うと、胸が張り裂けそうになる。
とにかく、今はアリスさんを落ち着かせなければならない。アリスさんが求める答えは何だ?
「……アリスさん、世界を正すことが、そこまで重要ですか? それは、そこまで苦しい思いをしてまで達成しなければならないものなのですか?」
「時代の粛正を成すことが私の義務なの。私は、そのためだけに生きてきたの。だから……」
「なら、どうしてそう志したのか、思い出せますか?」
「え……?」
アリスさんはとっさに答えることができなかった。
時代の粛正を引き起こすことこそが、アリスさんの存在意義。アリスさんの中では、そう定義づけられているようだ。だが、それはアリスさんの意思など全く無視したものであり、当然そこに感情は入ってこない。
アリスさんは、どうにか解釈を一致させようと、時代の粛正を世界を正すことと変換して無理矢理自分を納得させている。
しかし、いくら解釈を捻じ曲げたところで、どうしてそんなことをしようとしたかの理由などあるはずがない。
どこまで効くかはわからないが、もう少し攻めてみよう。
「私の知る限り、アリスさんは世界を破壊しようなんて思う人じゃないです。むしろ逆、人々を助け、導くこと。それがアリスさんに与えられた役割だと思っています」
「それは、そうなの。私は誰かを、カイン達を助けないといけない。新米冒険者であるみんなを導くことが、私の役割……」
「であるなら、なぜそこに無駄な目的を挟むのですか? アリスさんは言いました、一緒に冒険しよう、と。それは、私達に世界を破壊させることが目的だったんですか?」
「ち、違う、そうじゃない……いや、そうなの? みんなが世界を正すことを見守るのが私の役割で……あれ……?」
だいぶ混乱しているのか、頭を抱えて蹲る。
精神に根付いた役割はそう簡単に変えることはできない。
これが、完全に役割を上書きしていたなら説得など不可能だろうが、役割が両立している状態なら、一つを諦めさせることで説得が可能かもしれない。
もちろん、どちらも選択しないで、何もせずにじっとしているという手もあるだろう。
実際、アリスさんはきっとその手段を取ろうとしていた。
でもそれでは、アリスさんが可哀そうすぎる。勝手に考え方を捻じ曲げられて、それに苦しんで、自らを封印するような真似はして欲しくない。
できることなら、元のアリスさんに戻って欲しい。それが難しくても、せめて俺達を頼って欲しい。
今は設定だけだとしても、アリスさんは俺達の友達なのだから。
「思い出してください。どうして、俺達を選んだのか。アリスさんの本当の目的を」
「私の、目的……うっ、うぁあ!」
苦しむアリスさんは見たくない。けれど、これを乗り越えなければ、アリスさんはアリスさんではなくなってしまう。
酷なようだけど、アリスさんには、どうにか乗り越えてほしい。
そう願いながら、苦しむアリスさんのことを見つめていた。
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