第五百三十八話:進捗状況
主人公の親友、カインの視点です。
王都に戻った後、アリスさんはしばらく引きこもってしまった。
村を破壊できなかったことを悔やんでいるのか、それとも俺達に見本を見せられなかったことを悔やんでいるのか、理由はよくわからないけど、しばらく一人にして欲しいと言うので、ここ最近はアリスさんに会っていない。
いつ暴れ出さないとも限らないという意味では、誰も監視できていない今の状況は少し怖いけど、今のアリスさんが暴れ出すとも思えない。
なので、時間を有効に活用することにした。
『やあ、ようやく連絡をくれたね』
念のため、人気のないところに行ってから連絡用のスターコアの欠片を取り出す。
言わずもがな、オールドと連絡が取れるものだ。あの洞窟から去る際に、連絡用としてもらったものである。
オールドには、神界に行く方法を模索してもらっている。
今、アリスさんを操っているのは、アリスさんとしての設定ではあるけど、元々はファーラーが操る予定のものだった。
それを、オールドの力が籠ったスターコアを通じて、意識を遮断することで操れなくした結果、今のよくわからない状況が生まれているのである。
もし、オールドが意識の封印を解いたら、今度こそファーラーがアリスさんの体を操ることになり、この世界は終わりを迎えるだろう。
これを阻止するには、元凶であるファーラーを倒す必要がある。
しかし、ファーラーは仮にも神。その所在は神界にあり、神界は神しか入れない。
だから、どうにかしてそれを潜り抜ける方法を探し、ファーラーを倒すことができれば、アリスさんも元に戻るし、世界も壊されない、ハッピーエンドとなるわけである。
あれから一か月ちょっと。早ければ、何かしら情報を掴んでいてもおかしくない。
そういう意味で連絡したのだけど、オールドは相変わらず飄々とした態度で掴みどころがない。
結構苦手なタイプかもしれないな。
「進捗どうですか?」
『ぼちぼちかな。まず入り口に辿り着く方法だけど、それに関しては特に問題はない。一時的でよければ、今の俺ならカバーできる。まあ、寒さ対策くらいはして欲しいけどね』
オールドの話によれば、神界の入り口は天空にあるらしい。
今まで行った中で最も高い、霊峰スタルよりも高い位置にあるらしいので、空気は薄いし、気温は低いだろう。
だから、そこにある程度の期間滞在できるような装備でなければ、そもそも入り口にすら辿り着くことができない。
一応、防寒具に関しては問題ない。以前、アリスさんに作ってもらったものがあるし、あれを流用すれば問題はないだろう。
まあ、あの時山を登っていた人数の関係上、用意されているのは数着だけだが、グレン戦に向けて作った防具も全領域で戦えるようにある程度の寒さ対策はしてあるはずなので、全員で乗り込めないこともないだろう。
『問題は入り口の開き方と、神界に入ってからだね』
「入り口は普通には開かないのですか?」
『開かないね。そもそも、神は地上にあまり干渉してはいけないという決まりがある。まあ、一部守ってない神がいるけど、そういうわけだから、本来なら地上と神界を繋ぐ出入口なんて必要ないんだよね』
それは、確かにそう思う。
一応、神が人の姿を借りて地上に降りることはあるらしいけど、基本的には不干渉が基本だ。
できることは、さっきも言ったように人の姿を借りて地上に降りるか、あるいは神託のように声を届かせることくらい。
大きく世界を揺るがすようなことは、神でもできないようになっている。
時代の粛正のようなことが起こるのは、人々の願いがあるからだ。神自身は願えないけど、人々が願うことを叶えることはできる。だから、人々が願わない限り、神が世界をどうこうすることはできない。
ファーラーはその規則を破り、私利私欲のために時代の粛正を引き起こしたようだけどね。本当にろくでもない。
『俺が行った時は、強引にこじ開けた。いや、実際はこじ開けさせられたって感じだけど、今残っているのは、その名残と言っていい。だから、開けるためには強力な攻撃を加える必要がある』
「それは今の私達でも出せる火力ですか?」
『うーん、どうだろう。全盛期の俺の最大の一撃と言っても過言ではないから、一人では無理かも。ああでも、レベル600越えのプレイヤーが何人もいるなら、協力すれば行けるかもね』
粛正の魔王の最大の一撃となると、相当な威力だ。
流石に、詳しい火力までは覚えていないけど、粛正の魔王の一撃は文字通り桁が違ったはず。
火力特化にしたサクラの一撃ならもしかしたら届くかもしれないが、その後にファーラーとの戦いが控えていると考えると、シナリオ一回のスキルを使うのはちょっともったいないか。
いや、そんなこと言ってる場合でもないな。入れなければ何の意味もないのだから、ここで使うのが適当だろう。
他に届きそうな奴と言ったら、クリーくらいか? めちゃくちゃいいナイフがあればいけるかも。
ラズリーさんにとびっきりいいナイフを作ってもらえれば、大半の火力は任せられるかもしれない。
「そちらは手伝っていただけるんですか?」
『んー、三分の一くらいは行けるかも。残りの火力をどうにかできれば、同時攻撃で開けると思う』
「では、その方向で行きましょう」
『オッケー。なら、後は神界に入ってからだね』
仮にも元粛正の魔王の協力があるなら、火力に関しては何とかなるだろう。
残る問題は、神界に入ってからだ。
『神界は本来、神しか滞在できない領域。俺の時は、粛正の魔王が神の意思で作られたものだから行けたけど、君達が行くのは難しい』
「それを何とかするのがあなたの仕事でしょう」
『まあ、それはそうなんだけどね? 確かに何とかするとは言ったけど、流石にこれは時間がかかるって』
「今のところはどうなんですか?」
『ほとんど進捗なし。神の協力者でもいれば一発だけど、そんなのいるはずもないし、君達を神に偽装しようにも、今の俺の力じゃ難しい。粛正の魔王となったアリスならいけるだろうけど、アリスだけ行けたところで意味はないし、正直八方塞がりだよね』
まあ、確かに難しい問題ではあると思う。
いくら粛正の魔王だったとは言っても、その力はだいぶ削がれているようだし、全盛期の力を取り戻しでもしない限りは難しいだろう。
何か神の遺物とか、神に関連する物でもあれば話は別かもしれないが、今のところそんなものは見つかっていない。
せいぜい、霊峰スタルの山頂にあったあの祭壇くらいか?
ただ、あれの一部をはぎ取って持っていったところで、神に偽装できるかどうかは怪しい、と言うか無理だろうし、何かしら特別な措置が必要なのは確かだろう。
あんまり時間をかけてほしくはないが、こればっかりは仕方ないと思う。
それを言うことはないけれど。
「早めに何とかしてください。今のところは、設定のせいもあってか大人しいですけど、いつ崩れるかわかりません」
『わかってるよ。ああ、そうそう、もし何かあったら俺の友人を頼っていいからね。多少であれば、抑えられるかもしれないから』
「使わないことを祈ります」
『そうだね。じゃあ、色々考えるからこの辺で失礼するよ』
「ええ。頑張ってください」
『じゃあねー』
そう言って連絡は途切れた。
どうにも危機感がないように見えるけど、あれでも精一杯頑張っているのだろう。
できることなら、自分達の手で何とかしてあげたいけど、状況が状況だけに難しい。
せめて、もう少し時間を引き延ばせないだろうか。
そんなことを考えながら、城へと戻っていった。
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