第五百三十七話:今できること
できることとは言ったけど、お互いに驚くほどできることが少なかった。
一応、動き回ることはできる。姿は光の玉だけど、普通に歩いたり、走ったりすることは可能だ。
会話に関しても、声を出すことはできないが、念話のような形で話すことは可能である。
ただ、それ以外に何ができるのかと言われたら、ほとんど何もできない。
例えば、持っていたはずのゲームマスターの能力だけど、使えなくなっていた。
キャラシを見ることもできないし、鑑定をすることもできない。
まあ、カイン達が自分のだけとはいえキャラシを確認できていたことを考えると、恐らく今の俺はキャラではなく、エキストラ、あるいは概念のようなものなんじゃないだろうか。
魂だけの存在だと考えれば、キャラとして成立していなくても納得はできる。
そして、クーリャ様の方だけど、あっちもあっちでほとんど何もできないらしい。
元々、クーリャ様はクリティカルを司る神である。だから、判定が絡むものであれば、問答無用でクリティカルにできるわけだけど、それすらできなくなっているようだ。
もちろん、この世界に判定が存在しないからという見方もできるけど、できないと考えて行動した方がいいだろう。
なので、今の俺達は普通の人間と同じような感じなんだと思う。
『こんなんで何とかなるんですか?』
『姉が介入してくるならわかりませんが、そうでないならこの世界で戦闘が起こることはないので、大丈夫だと思いますよ』
『それが一番怖いんですが……』
まあ確かに、今ファーラーはアリスの体を操って時代の粛正をしようとしている真っ最中だろうし、こちらにちょっかいかけてくる可能性は低いだろうけど、なんとなく心配である。
言っても仕方ないから深くは言わないけど、もし戦闘になんてなろうものなら今度こそお陀仏だろうな。
『大丈夫です、私を信じてください』
『はぁ……それで、何をすればいいんですか?』
『まずは力を取り戻すところから始めましょう』
『どうやって』
『そうですね、少し説明します』
クーリャ様の話だと、俺やクーリャ様の力は、この世界に封印されているらしい。
力を奪ったのなら、なんで同じ空間に封印しているのかとも思うけど、力がなくなったのは、ファーラーが何かしたからと言うわけではなく、この空間の性質のようなものらしい。
簡単に言うなら、一定以上の力を持った者がこの空間に入った場合、それらを一定以下になるように分割して、各所に封印すると言った形だ。
封印を解くためには、この空間を作った本人であるファーラーの許可が必要になるはずだが、クーリャ様は仮にもファーラーの妹である。似たような波長を持っているため、もしクーリャ様が近寄れば、あるいは封印が解けるかもしれない。
『……と言うことです』
『なるほど。自分で探そうとは思わなかったんですか?』
『私は元々、動くこともままなりませんでしたから。だから、時が来るまで、力を蓄えていたんです』
『それが、今だと?』
『はい。アリス、あなたが現れたから』
元々はもっと弱っていたけど、今まで我慢してたからそれなりに動けるようになったってことか。
まあ、ファーラーだって自分の妹のことなんだから力の把握くらいしているだろうし、そう簡単にここを抜け出されたら困るだろうから徹底しているか。
しかし、そうなると三千年以上もここにいたってことなのかな? ファーラーに騙されてここに閉じ込められたって感じだったし。
よくもまあそこまで待ったものだ。仮に成長しないんだとしても、こんな色も音もない世界で三千年とか、俺だったら発狂してると思う。
『なんで俺が現れるとわかったんですか?』
『外の世界の様子は把握できましたから。今、あなたの体を操って、時代の粛正を引き起こそうとしていることもわかっています』
『もしかして、この画面みたいなもの?』
『はい。私にも、同じような画面が見えています』
なるほど。こちらからは見えないけど、あっちにも俺と同じような画面があるってことか。
それで、ファーラーが俺を狙っていることに気づき、乗っ取られることを前提に待っていたってことね。
そこまでわかってるなら手助けして欲しかったけど、この世界から介入することは難しいだろうし、ここに来ない以上はこういう話もできなかっただろうから、仕方ないか。
しかし、俺が現れたのはここ最近の話。三千年前なんて、それこそ影も形もなかっただろうに、よく待ったものだ。
神様だから、その辺は鈍感なのかな? それとも、世界を救いたい一心だったのか。
どちらにしろ、強い神様だと思う。
『事情はわかりました。とりあえず、その封印された力を取り戻しましょうか』
『はい。場所はおおよそわかりますが、距離がありますので、覚悟しておいてください』
『それくらいなら大丈夫ですよ』
これまでも、何日も歩き続けてきた感覚があるが、別に疲れてないしな。
体がないからなのかわからないけど、ここでは疲労と言う概念がないのかもしれない。
時間はかかるかもしれないが、途中で疲れてへばるなんてことにはならないだろう。
『それにしても、思っていたのと少し違いますね』
『何がですか?』
『いえ、喋り方とか。なのってつけないんですか?』
『……それは設定の話です』
嫌な過去を思い出させないでほしい。
確かに慣れてきてはいたけど、あんな語尾にしたことは一生後悔するだろう。
なんだよ、なのって。キャラ付けにしてももっとましなのあっただろうが。
と言うか、クーリャ様は俺のことを知っているわけではないのか? 知っているなら、あれが設定によって無理矢理喋らされているものだってわかると思うんだけど。
『設定?』
『……いや、何でもないです』
この様子だと、多分わかってなさそうだ。
つまり、クーリャ様は正真正銘、俺のことをアリスとして話しているわけだ。
そりゃ、呼ぶ時もアリスって呼ぶよね。
なんだかショックだけど、別にアリスでも間違ってはいないから気にするほどのことでもないだろう。
俺が自分の名前を忘れでもしない限り、大丈夫のはず。
『可愛いと思いますよ?』
『うるさいっ!』
ええい、掘り返すな。あれはアリスだから許されるのであって、元の姿の俺が言ったらただの痛い奴である。
まあ、今の姿は光の玉だから、別に問題ない気はしないでもないけど、せっかく普通に喋れるようになったんだから少しくらい堪能させてほしい。
『そんなこと言ってないで、さっさと行きますよ』
『あ、置いて行かないでください』
先に進むと、慌てた様子でクーリャ様もついてくる。
いや、もう様付けする必要もないかな。あっちも様付けで呼ぶ必要はないって言ってたし。
クーリャと共に封印を探す旅が始まる。さて、うまく行くといいのだけど。
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