第五百三十五話:何もない世界にて
この世界も案外退屈なものだ。
いや、辺り一面真っ白なのだから、当たり前と言えば当たり前なのだけど、もう少し色があってもいいと思う。
青とか、緑とか、それだけで少しは心安らぐと思うんだけどな。
まあ、そんなないものねだりしてもしょうがないから、ただただ歩き続けることしかできないんだけど。
いったいどれほど歩いただろうか。景色が全然変わらないからよくわからない。
色があればまた別だろうかとも思ったけど、この様子だと、色があったとしても多分わからなそうだ。
一応、道らしきものは見つけたので、それに沿って歩いているのだけど、まじで景色が変わらない。
この世界は、現世を忠実に再現した場所で、もしかしたらヘスティア王国だってあるんじゃないかと思っていたけど、期待しすぎだっただろうか。
唯一楽しみがあるとすれば、ずっと隣についてくる画面に映る、現世の俺の姿。
最初は見るだけで吐き気がしていたが、見ているうちに、なんとなく慣れてきた。
と言うのも、画面の向こうの俺の周りにいるカイン達の反応が、なんか違ったからだ。
画面の中の声は聞こえないので、何を言っているのかはわからないけど、なんとなく、俺に遠慮しているように思える。
友達特有の気安さがなくなったというか、何なら若干怯えている風にも見える。
つまり、カイン達はちゃんと俺と偽物の区別がついているということだ。
流石は俺の親友達である。俺が偽物に完全に負けたわけではないと知れて、ちょっと気分がよくなったという話だ。
画面の中の俺、恐らくアルメダが操っているんだろうけど、確かに俺、と言うかアリスらしさはある。
他人を放っておけない性格は、まさにアリスと言った感じだろう。
ただ、それはあくまでアリスってだけだ。
これが、カインやシリウス達も中の人などおらず、設定だけの人物だったなら、気が合っているのだろう。
特にアリスは、カインやシリウスの顔に惚れているわけで、時折笑顔を見せるのは芸が細かいと思う。
ただ、それはあくまで設定だけの話だ。
中の人ありきで考えるなら、俺の足元にも及ばない。
夏樹も冬真も春斗も、アリスではなく俺を見てくれている。
だからこそ、気安い喋り方もできるし、冗談なんかも言い合える。
声が聞こえていなくとも、そういう話ができていないのは一目瞭然だ。
だからこそ、カイン達も距離を測りかねて、あんなふうに怯えてしまっているのだろう。
ざまあないぜ。所詮は偽物は偽物なんだよ。
「……」
まあ、吠えたところで、結局俺が油断して死んだ事実は消えないんだけどさ。
それにしても、こいつは一体何をしたいんだろうか。
アルメダの目的は、もう一度時代の粛正を引き起こして、人々が再建する様を見たいというものだった。
そのために、アリスを粛正の魔王に仕立て上げ、世界を破壊させることでその条件を満たそうとしているわけである。
なのに、一向に世界を滅ぼす気配がない。
いやまあ、何かしらの準備が必要なのだとしても、すでに結構な日にちが経っている。宣戦布告として、どこかの町を吹き飛ばすくらいはしてもいいだろう。
それなのに、やっていることと言えば、王都で人助けやらをしているばかり。
どっかの村に行った時は、ついに始まるのかとも思ったけど、結局手を下すことなく帰ったし、本当に意味がわからない。
いや、俺だって時代の粛正が起こることは何としても止めたいところだし、何もしないならそれはそれで構わないんだけどさ。
でも、何となく違和感があるのは事実。
もしかしてだけど、俺の体の制御がうまく行ってないのかな?
「……」
何とか体を取り戻したいところだけど、どうすればいいのかは未だにわかっていない。
こんな画面があるのだし、飛び込んだら行けるのではないかとも思ったけど、そんなことはなかった。
そもそも、この画面は俺と一定の距離を保っていて、ある程度近づくと離れて行ってしまう。だから、飛び込むことは難しい。
それに、ここは恐らく死後の世界だし、生き返るには相応の手順が必要になってくるだろう。
本当に生き返れるかは知らないが、あるとしたらね。
だから、俺にできることは、その何かを探すことくらいである。
『……』
「……?」
とにかく、歩き続けていれば何か見つかるだろうと再び足を伸ばそうとした時、何かが聞こえた気がした。
この空間、音すら何もないから、わずかな音でも耳につく。
まあ、今の俺に耳があるかは知らないが、感覚的にね。
この世界に来て、初めて聞いた音。どこから聞こえたのかと辺りをきょろきょろしてみるが、音の発生源らしきものは見つからない。
気のせい? そう思ったが、耳を澄ませてみると、また何かが聞こえてきた。
『……アリス』
「……」
どうやら俺の名前を呼んでいるようである。いや、俺はアリスではないけど、キャラ的にはそうだからそういうことにしておこう。
音、と言うか声は、案外近くから聞こえてきた。
音を頼りに探ってみると、草むらの陰に、何かがあるのを発見する。
それは、光の玉だった。
この白の世界では少し珍しい、青色を基調とした光の玉。
今の俺の姿が光の玉であることを考えると、もしかしてこの世界の住人か何かだろうか。
ちょっと警戒しつつも近づいていく。
話しかけようとも思ったが、よく考えると俺は声を出せなかった。どうしよう?
『アリス……ああ、ようやく会えた』
「……?」
『あなたが来るのを待っていました』
待っていた? こんな場所で?
ここが死後の世界だということを考えると、こいつは俺が死ぬのを待っていたということか。
そう考えると、一気に信用できなくなってきた。
恐らく、この人? は、この世界における重要人物の一人だろう。
色のない世界で、色らしきものを持っていることからも、現世と何かしらの関わりを持つ存在なのではないかとも思う。
ただ、なんでこんなところにいるのかも、なんで俺のことを知っているのかもわからない。
そもそも、ここは本当に死後の世界なのだろうか? こいつを見つけるまで、何にも会わなかったけど。
「……」
『声が出ないのですね。大丈夫です、心で念じれば、伝わります』
『……こんな感じ?』
『はい、それで大丈夫です』
お互いに人の姿ではないから、普通の言葉は喋れないけど、念話みたいなものはできるってことなのか。
地味に、喋れないってきつかったんだよね。
色もない、音もない世界だから、無音が凄い心に来る。
一応、画面を見て動きを楽しむことはできたけど、それも声は乗っていないし、独り言でもして気を紛らわせたかったけど、それもできなかったから。
こうして念話っぽいものでも、誰かと話せるようになったのはかなりの前進かもしれない。
こいつを全面的に信用することはまだできないけど、情報を得るためにも、ここは会話をした方がいいだろう。
俺は一定の距離を置きながら、この謎の存在に耳を傾けることにした。
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