第五百三十四話:平和を望む者
主人公の親友、カインの視点です。
その後、無事に宮廷治癒術師は捕まった。
色々外堀から埋めていくのかと思ったけど、アリスさんは真正面からやって来て、宮廷治癒術師に罪状を白状させた。
最初こそ、そんなものは知らん、だとか、証拠はあるのか、だとか、色々言っていたけど、アリスさんがちょっと殺気をぶつけてやると面白いようにぺらぺらと喋ってくれた。
処罰に関してはナボリスさんに任せ、アリスさん自身はまた俺達に見本を見せるべく行動を開始する。
しかし、なんだか思った展開とは違うことになってきていた。
「ふぅ、今日も何とか解決できたの」
あれから数日。アリスさんは王都に住む人々の悩みを次々に解決していっていた。
以前あった、悪質な事件から、ちょっとしたお手伝いまで、アリスさんは面倒くさがることもなく、率先してやっていた。
そのおかげで、未だに王都から出ることなく、情報収集の段階で止まっているのである。
別に、話しかける人が全員悩みを打ち明けてくれたわけではない。普通は、王様に話しかけられて緊張し、聞かれたことに正直に答えているだけだ。
ただ、アリスさんが必ず、何か困っていることはないかと聞いて、言いよどむ住人を説得して悩みを聞き出し、それを解決するのである。
ここまでくると、わざとやっているのではないかとも思うけど、アリスさんとしては別に何とも思っていないようで、むしろこれが当たり前と思っているようだ。
恐らくだけど、これはアリスさんが生まれた意味が関係しているんじゃないかと思う。
元々、アリスさんが生み出された背景には、俺達が四人しかいなかったことが挙げられる。
『スターダストファンタジー』は、基本的にプレイヤーはパーティを組み、何かしらの依頼を受けるなどしてシナリオが進行していく。
そして、推奨されているパーティ人数が四人なのだ。
俺達の人数は四人、一人はゲームマスターをしなくてはならないから、このままではパーティが三人になってしまう。
別に、三人パーティでも、難易度を調整すれば行けないことはないが、秋一はそれをお助けキャラを追加するという形で調整してきたわけだ。
これによって、アリスと言うキャラは生まれた。
つまり、アリスさんの根本的な存在理由は、俺達を助けること、ひいては、誰かを助けることなのである。
それは、時代を粛正するという目的を持ってしまっても変わらない。だから、何か悩みがあると聞けば、助けずにはいられないのだ。
だから、みんなが悩みを抱えていて、それを打ち明けてくれる限り、アリスさんはそれを解決するために動き続ける。逆に言えば、その間は時代の粛正にかまけることはないだろう。
一時はどうなるかと思ったが、これならまだ何とかなりそうである。
「うーん……ちょっと寄り道しすぎたの」
しかし、流石に数日もやっていれば、自分がなかなか手本を見せられていないということには気づくのだろう。
なんでこんなに遅くなってるんだと疑問に思っているようだが、それでも俺達のために早くやらなければならない。
俺達としては、そのままずっと王都の人々の悩みを解決していてほしいけれど、その願いはむなしく、件の村へと向かうことになってしまった。
「まあ、後は村を破壊するだけなの。みんな、ちゃんと見ておくように」
「は、はい……」
一応、すでに行く予定の村にはクリーを向かわせてある。
クリーには村の人々に事情を説明して、避難してもらうように頼んであるので、うまく行けば人的被害は出ないだろう。
まあ、突拍子もないことなので、素直に避難してくれるかどうかはわからないが。
もし避難してくれなかったら、その時は何とか逃がすしかないね。
アリスさんの足なら、村まで一日もあれば着ける。ただ、それだと困るので、俺達の足が遅いことにして、それに合わせてもらう形となった。
アリスさんは俺達のことを初心者だと思っているし、足が遅いということにそこまで違和感は抱かないだろう。アリスさんより遅いのは確かだし。
ただ、これは時間稼ぎにしかならない。
クリーがうまく説得できているのなら、すでに村人の避難は完了していることだろう。長引かせたところで、あまり意味はないのかもしれない。
でもやっぱり、アリスさんが村を破壊するところなんて見たくなかった。
「さて、やっと着いたの」
そうやって時間稼ぎをしながら進むこと数日。ついに村へと辿り着いてしまった。
村を見た限り、人気はない。ちゃんと、クリーが避難させてくれたのだろう。
それに関しては一安心だけど、全員が避難したってわけでもなさそうだ。
村の中を観察してみると、畑仕事をしている人や、井戸から水を汲んでいる人の姿が見える。
やっぱり、いきなり王様が村を破壊しにやってくる、なんて言っても信じられない人が多いんだろう。
さて、これはどうするべきか。
ちらりとアリスさんの方を見てみる。
さっそく村を破壊するのかと思ったが、意外にもアリスさんはそうはせず、まず残っている村人に話しを聞くことにしたようだ。
「こんにちは。ちょっといいの?」
「おや、こんにちは。こんなところに旅人が来るとは珍しいねぇ」
村人はアリスさんを見ても特に動揺することなく答えた。
余所行き用にフードを被って顔を隠しているというのもあるが、恐らくだけど、この村人はアリスさんのことを知らない。
立地的にも、結構外れの村だし、王都の情報があまり入ってきてないのかもしれない。
名前は知っていても、顔は知らなそうだ。
「この村、人が少ないみたいだけど、いつもこんな感じなの?」
「いんや? なんでも、この国の王様がこの村を滅ぼしに来るとか言われてね、みんな避難しちまったのさ」
「おばあさんは避難しないの?」
「信じてないからねぇ。まあ、仮に本当だとしても、あたしはすでにこの年だし、生まれ育ったこの村で一生を終えられるのなら、それでもいいと思ってね」
「死にたいの?」
「死にたいわけじゃない。ただ、死んでも悔いがないってだけの話さ」
よく見てみると、残っているのはお年寄りが多い。
避難したくても、うまく避難できなかったというのもあるのかもしれないね。
その話を聞いて、アリスさんは少し俯いていた。
アリスさんには、自分がここの支配者であるということは伝えてある。すなわち、王様を示すのが自分だということも理解しているだろう。
村人が言っていることは何も間違っていない。実際に、村を破壊しに来たのだから。
アリスさんだって、そのつもりで来ているはずである。それなのに、すぐにそれを実行に移せなかった。
しばらく話を聞いていたが、アリスさんは村人から何か願いはないかと聞いていた。
それに対する回答は、非常にシンプルである。
「このまま何事もなく、平和に暮らしていけたらいいね」
正直、この願いを聞いた時、大丈夫かなと思ってしまった。
平和と言う言葉には色々な解釈がある。
一般的に示すようなものだとしたら、争いなど何もなく、平穏に暮らしていけることと言うことなんだろうが、アリスさんの目的である、時代の粛正も、拡大解釈すれば平和を願ってのことである。
だって、時代の粛正が起こる理由は、みんながこんな世界嫌だと願うからだ。つまり、今が平和じゃないから、平和になりたいと願っているのである。
だから、アリスさんの解釈のしようによっては、じゃあ滅ぼすね、となってもおかしくないのである。
だが、それは杞憂に終わった。アリスさんは村人に別れを告げると、何もせずにこちらに戻ってきたのだ。
「ど、どうでした?」
「申し訳ないけど、この村を破壊するわけにはいかなくなったの」
「そ、それはまたどうして?」
「何事もなく平穏に暮らすこと、その願いを邪魔しちゃいけないの」
そう言って、アリスさんはすたすたと村の外へと向かっていく。
やはり、アリスさんのお助けキャラとしての設定が、誰かを助けたいという願いに変わっているんだろう。
でも、違和感は感じているようで、その表情は何とも複雑なものになっていた。
このまま、諦めてくれたら一番いいけど、果たしてどうなるだろうか。
わずかな不安を抱えながら、俺達はアリスさんの後について行った。
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