第五百二十九話:現在の状態
主人公の親友、カインの視点です。
「うーん、これはちょっと予想外だね」
再び大穴に潜り、オールドのいる場所までやってきた。
アリスさんの様子を見せてみたが、オールドもグレンも、この状況は予想していなかったようで、困惑気味である。
本来なら、意識を封印する、つまり、意識がない状態で運ばれてくると思っていたところを、きちんと意識がある上、しかも記憶喪失の状態なんて誰が予想できるだろうか。
訳も分からず襲い掛かってくる、とかじゃないだけましかもしれないけど、これはこれでどうしたらいいかわからない。
この状況は、どうやったら改善するんだろうか?
「一応、意識の封印はできてるっぽい。体を操るには、その対象に仕込んだ目印を頼りに動かすみたいなんだけど、今操られてないってことは、それはきちんと機能停止させられたってことなんだと思う」
「なら、記憶がないのは?」
「多分だけど、君達はプレイヤーとして、中に別人の意識を持っているよね。その意識も一緒に封印されてしまったことで、設定としての意識が浮かび上がってきたってことなんじゃないかな」
「なるほど」
確かに、俺達には元の人格と設定としての人格の二つが両立していると言っても過言ではない。
今までは、元の人格が表に出ていて、それが体を操っていたけれど、その意識が封印されてしまったことによって、設定としての人格が目覚め、体を操るようになった、って考えれば辻褄は合う。
本来なら、今までの冒険をなかったことにはできない気もするけど、設定としての人格は元々は希薄なものなのかもしれない。
俺達で考えて、今まで全く表に出てこなかったことを考えると、意識はあっても、自我と呼べるほどのものではなかった。それがいきなり表に引っ張り出されたことによって、急造の記憶が作られ、この世界に来てからの冒険を忘れている状態なんだと思う。
まあ要するに、今のアリスさんは、俺達と出会ったばかりの頃のアリスさんってことだ。
「元に戻せませんか?」
「意識を封印している影響でこうなってるなら、封印を解けば元に戻るだろうけど、その場合、体の操作権も同時に解放されることになっちゃうと思うから、その瞬間に時代の粛正が始まると考えた方がいいね」
「となると、先にファーラーを潰さないとだめですか」
封印を解くこと自体はできるようだが、それではすぐにでも世界が終わってしまう。
アリスさんはレベル30と言っていたし、それなら今の俺達なら無理矢理抑え込むこともできるのではないかとも思ったが、オールドが言うには、現在のアリスさんのレベルは999であるらしい。自覚がないだけで、レベルはめちゃくちゃ上がっているようだ。
それに加えて、粛正の魔王としての能力も備わっているようで、これが完全に開放されれば、力を完全に取り戻しでもしない限りは、オールドでも太刀打ちするのは難しいようだ。
世界を壊さないようにするためには、先に元凶を潰す必要がある。
「神界へはどうやって行くんですか?」
「入り口自体はわかるけど、そこに辿り着く手段は限られているね」
オールドが言うには、神界への入り口は、天空にあるらしい。
霊峰スタルもかなりの標高を誇る山脈であるが、それよりもはるか高くに存在する場所のようだ。
行くためには、空を飛ぶ手段が必要になる。それも、生身ではなく、何かしらの対策は必須らしい。
粛正の魔王としての力があれば、その辺はすっ飛ばせるようだが、それ以外の者が行くには、その場所は過酷すぎる。
空気も限りなく薄いし、気温も低い。それらの対策をしっかりしなければ、辿り着くことすら叶わないだろうとのこと。
「仮に辿り着けたとしても、神界は神しか滞在できない場所だ。どうにかして潜り込んだとしても、数分で衰弱死してしまうと思う」
「どうしろって言うんですか」
どうにか入り口に辿り着けても、神界自体が入ったらすぐに死んでしまうような場所とか、どうすればいいんだろうか。
仮に、死ぬ覚悟で挑むとしても、数分でファーラーを見つけ、そして倒すなんてことできるんだろうか。
相手のデータがわかればまだ対策はとれるかもしれないけど、神様は基本的にステータスは公表されていない。
多分、データがないほどに強い、ってことなんだろう。
データさえあれば、ルールの穴をつけばどうにか倒せるかもしれないが、データがなければそもそも倒すことができない。
流石に、無策で突っ込むのは無謀が過ぎるだろう。
だが、以前オールドが神様を殺しまわったように、殺せないことはないはずである。多分、この世界の神様にはきちんとステータスがあるはずだ。
それがわかれば、一番楽ではあるんだけど。
「一応、俺ならいけないことはない。粛正の魔王として選ばれたということは、それは神に選ばれたということでもある。それ故に、粛正の魔王は神界に入ることが許される。まあ、抜け穴みたいな形だけどね」
「なら、あなたが行って倒してくるってことでいいですか?」
「それでもいいけど、そのためには流石に力がまだ足りない。今の俺は、最低限の力しか取り戻していないからね。完全に力を取り戻すには、世界中のスターコアを回収しないと」
入れても相手を倒せなければ意味がない。オールドだけにすべてを託すのは難しいか。
そうなってくると、後はスターコア集めに奔走するくらいしか手がないように思えるけど。
「スターコアを全部集めきって、俺が挑むというのでも構わないけど、ファーラー相手に一対一は自殺行為だよ。あいつに一対一で勝つのはほぼ不可能と言っていい」
「そんなに強いんですか?」
「神はみんな強いよ。俺が殺せた神は、ファーラーに嵌められたり、こちらを殺すのではなく、無力化しようとして手加減してくれた神だからね。神が本気でこちらを殺しにかかれば、普通は勝てないよ」
「なるほど……」
「それに、ファーラーは相手の判定を強制的にファンブルにさせるスキルを持ってる。だから一対一だとほぼ攻撃を当てられないよ」
そう言えば、そんなことを言っていた気がする。
言うなれば、ファンブルの化身を相手にしなければならないと考えると、確かに一対一で挑むのは無理がある。
そうなると、どうにかして複数人で挑まなければならないわけだが。
「俺としては、君達にファーラーを倒してほしいと思ってる。今のレベル的にも、最も可能性があるのは君達だしね」
「しかし、神界には入れないのでは?」
「そこを俺が何とかするんだよ。ちょっと時間がかかるけど、どうにか神界に入れるようにしてあげるから」
いったい何をする気かは知らないが、神界に入れるようにしてくれるなら話は簡単だ。
神界に行って、元凶であるファーラーを倒す。これができれば、アリスさんは元に戻るはずだ。
神様を相手にきちんと勝てるのかという不安はあるけど、どのみちやらなければアリスさんを助けられない。
今まで散々助けられてきたのだ。ここで恩を返さずにいつ返すというのか。
「わかりました。頼みますよ」
「俺としても、あいつのことは気に入らないから、ぜひ倒してくれることを祈るよ」
目標は決まった。後は準備ができるまで、こちらも準備を整えるだけだ。
そう思いながら、アリスさんの方を見た。
感想ありがとうございます。




