第五百二十八話:予想外の展開
主人公の親友、カインの視点です。
霊峰ミストルの山頂まで戻った後、俺達は即座にポータルを繋げて霊峰スタルの山頂まで移動した。
特定の可能性があると言っていたし、本来ならもう少し離れた方がいいのかもしれないけど、今はそれより早くアリスさんに会いたかった。
霊峰スタルの山頂には、相変わらず神秘的な祭壇がある。
アリスさんはどこにいるのかと辺りを見回してみると、端っこの段差に腰かけて、夜空を見上げているアリスさんの姿があった。
「アリスさん!」
無事に見つけられたことに安堵し、近づいていく。
しかし、なんで起きているんだろうか?
オールドの話では、意識を封印したから、倒れていると言っていた。
意識の封印がどういうものかはよくわからないけど、要は意識がなくなっている状態と考えればいいと思う。
それなのに、なぜかアリスさんはきちんと意識があり、夜空を見上げている。
これは、オールドが嘘をついていたということなんだろうか? それともファーラーの力が強すぎて、封印しきれなかったとかそういう感じだろうか。
とにかく、少し警戒した方がいいかもしれない。
俺はシリウスに目配せし、軽く陣形を整えた。
「ん? ああ、カイン、それにみんなも。どこに行ってたの?」
「アリスさん、ですよね?」
「? それ以外の何に見えるの?」
アリスさんはきょとんとした顔をして首を傾げている。
見た感じ、いつも通りのアリスさんに見えないこともないけど、何かがおかしい。
なんというのだろう、いつもは中身である秋一の要素が強く、友達と言う感じが表に出ている。しかし、今のアリスさんは、どちらかと言うと、仲間と言う感じに接している気がする。
もちろん、友達も仲間も大差はないのかもしれないけど、微妙な気安さの違いとか仕草の違いとか、いつもアリスさんを見ている俺には何となくわかった。
アリスさんであるのは間違いない、けれど、アリスさんではない何かなような気もする。
もしこれが、ファーラーの演技だとしたら大したものだが、そう考えていいんだろうか?
「ごめん、気が付いたらこんな場所にいて困ってたの。村の近くに山なんてないのに、ここは一体どこなの?」
「どこって、来たことありますよね?」
「そうだっけ? まあ、昔ドラゴンを見た時は近くに行ったような気もするけど、山頂までは登ってないの」
「うーん?」
何かがおかしい。
設定が口を突いて出てくること自体は、今までにも何度かあったからそう珍しいことでもないけれど、村って何のことだ?
村らしいところには寄ったことはあるかもしれないが、ここで話題に出すような村なんてあっただろうか。
「アリスさん、少し質問してもいいですか?」
「いいけど、どうしたの?」
「ええと、アリスさんはここに来る前にどこにいましたか?」
「どこって、みんなの村にいたの。ちょうど、旅の途中に寄って、そこでカイン達を見つけて……ひ、一目惚れして、だからついて行こうって決めたの」
「……」
それって、一番最初の設定じゃないだろうか?
俺達のパーティは、設定上は同じ村の出身だ。人間、ホビット、エルフと、一緒にいるのが珍しいメンツではあるけど、冒険者パーティが同じ村出身なんて言うのはよくある設定である。
で、アリスさんはお助けキャラとして、その村にたまたま訪れた熟練冒険者で、俺達のキャラが気に入って、一緒に冒険することにした、と言う経緯がある。
そういう設定があることは間違いないし、俺も、シリウス達も、そういうことがあったなとなんとなく思っているから、設定的にもそれが事実だとして捉えているんだろう。
ただ、それは最初の設定である。
あの後すぐにこちらの世界に来てしまって、セッションは中途半端に終わってしまったが、こちらの世界に来てから、すでに五年以上も過ごしているのである。
その時間は確かに俺達の記憶に刻まれているし、アリスさんだって、それらを冒険として見ていたのは確かだ。
それが、いきなり最初の設定に逆戻りである。
これは、記憶喪失でも起こっているのだろうか?
「なら、アリスさんのレベルはいくつですか?」
「レベル? レベルは一応30だけど」
「私達以外に知り合いはいますか?」
「うーん、いるけど、そっちの二人は知らないの。誰なの? 新しいメンバーなの?」
これは、完全に記憶がないようである。
いや、セッション開始時点の記憶はあるのだから、記憶が逆行しているというべきか。
恐らくだけど、こちらの世界に来てからの時間は今のアリスさんの記憶にはないんだろう。
セッションが始まった当時の状態に戻っていると考えるべきか。
いや、だとしても発言がおかしいか?
設定を口にしてしまうのは特に珍しいことではないとは言ったが、俺達は口調こそキャラのものになってしまっているけど、ちゃんと中身は別人だということを理解して話している。
だけど、アリスさんは設定の通りのことしか話してない。
記憶喪失で中の人の記憶まで失ってしまったのか?
「では、アリスさんの中の人はわかってますよね?」
「中の人? なんのことなの?」
「ああ、いえ、もういいです」
これは記憶喪失で確定だな。
意識を封印されたから、その影響で記憶喪失になったと考えるべきだろうか?
流石に、これがファーラーの演技だとは思えない。いくらファーラーが神だとしても、ここまで綿密に設定を話すことはできないだろうし。
どういうわけか、アリスさんは記憶喪失になり、中の人である秋一の記憶すら失ってしまっている。その結果、設定上のアリスさんの記憶だけが残り、アリスさんのようにふるまっている。
言うなれば、今のアリスさんは、正しくNPCと言っていいのかもしれない。
「ええと、とりあえず戻りましょう。この状況は流石に予想外です」
「あ、一回村に戻るの? まあ、初心者冒険者にはここは結構危険そうだし、それが良さそうなの」
「はい、ですからついてきてくださいね」
「わかってるの」
特に抵抗することもなく着いてくるアリスさん。
意識が全くないよりはましなのかもしれないけど、これはこれでちょっと距離間を測りかねる。
アリスさんのことを尊敬している心に嘘はないが、友達としての部分が困惑している。
とりあえず、この状況をオールドに問いたださなければならない。
元はと言えば、オールドが意識を封印するとか言ったのが原因だし、サポートするとも言ったのだから何とかしてくれるだろう。
そんなことを考えながら、アリスさんの手を引いてポータルを通る。
さて、どうなることやら。
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