第五百二十四話:真の狙い
何とかしなくてはならない。そう思った時にはもう手遅れだったのかもしれない。
なにせ、防御に徹しようが何の意味もないのだから。
そもそも、グレンは囮以外で一度もダメージを与える攻撃をしていない。
単純に、火力が高いとか、追加効果がうざいとか、そういうのだったらまだ対処にしようはいくらでもあるけれど、謎の状態異常をばらまいてくる上に、ほぼ回避が意味を成さないと考えるとどうしようもない。
グレンに触れられないように距離を置いたところで、あいつは瞬間移動してくるし、行動を読んで回避しようにも、そう何度も連発できるものじゃない。
敏捷特化であり、回避特化である俺ですら避けられる気がしないのだ。他のみんなが避けられるはずもなく、次々と討ち取られていった。
シリウスは豆粒のように小さくされて行動不能にされたし、サクラは頭に妙な茸を生やされて、前後不覚に陥って攻撃できず、シュエは操り人形のようにされた挙句、グレンの盾に使われる始末。
シュエが操ることによってようやく動けていたカインも戦闘不能同然だし、クリーさんも同様。もうまともに動けるのは俺しか残っていなかった。
「いったい、なんなの……」
俺はすでに戦意を喪失していた。
元々、俺の役割は、みんなを守ることだった。
その成長を見守るという意味もあるけど、いざと言う時は手を貸して、みんなが安全に帰れるようにサポートする。それが俺の役割だった。
それなのに、この惨状はどうだ。
確かに、みんな死んじゃいない。キャラシを見てみれば、謎の状態異常が書かれているから、恐らく状態異常を治すようなアイテムを使ったりすれば、きちんと元に戻るだろう。
しかし、そもそもそんな状態に陥らせてしまったというのが俺にとって、アリスにとって衝撃的なことだった。
何がお助けキャラだ。何が熟練冒険者だ。たった一人を相手に、ここまで壊滅させておいて、何を保護者面しているんだ。
こんなことなら、さっさとスターコアを渡しておけばよかった。そうすれば、みんながこんな目に遭うこともなかったのに。
「さて、勝負はついたと思うが、まだ渡す気はないかな?」
「……渡すの」
「うん? 声が小さいな。もう少し大きな声で言ってくれ」
「渡すの! だから、みんなを戻してほしいの!」
俺は気が付けば泣いていた。
自分の至らなさを痛感したし、ここまで準備すれば余裕だと思っていた自分を殴りたい気分だった。
グレンは所詮前座で、本命は魔王だと考えていた自分が馬鹿らしい。
魔王の関係者を名乗る奴が、そんな弱いはずないのにね。
「よろしい。安心してくれ、私は君達を殺したいわけじゃない。ただ、返してほしいだけだ」
「だったら最初から渡さないでほしいの……」
未だに、なぜ渡してきたのかがわからない。
あの判断の早さからして、こちらが揃えた時点で魔王が復活すると思っていたってわけではない気もするし、渡した後回収することに意味があるとしても、それが何なのかは見当もつかない。
まあ、こうしてこちらをいたぶって、精神的な苦痛を与えるのが目的かもしれないけどね。
もうどうでもいいことだけど。
「……」
俺は【収納】から七つのスターコアを出す。そして、それを渡そうと顔を上げた瞬間、景色が変わっていた。
「……は?」
辺りに広がるのは、神秘的な空間。先程までの薄暗い洞窟とは打って変わり、綺麗な夜空が広がる場所。
この空間には、見覚えがある。そう、霊峰スタルの山頂にあった、あの祭壇の場所だ。
「え、え? ど、どういうことなの?」
いきなり全く違う場所に飛ばされて困惑する。
確かに、ここにはポータルを設置しているが、俺自身は別にポータルを使った覚えはない。そもそも、戦闘中にそんなものを使う余裕はないし。
仮に使う余裕があったとしても、わざわざここに逃げるはずもない。行くなら城だろう。
では、なんでこんな場所にいるのか。原因がさっぱりわからなかった。
「グレンの、仕業なの?」
確か、俺は心折られて、グレンにスターコアを渡そうとしていた。
あの場に俺をどうこうできる人なんてグレンくらいしかいなかったし、ここに飛ばしたのはグレンと考えるのが自然だろう。
そうなると、この祭壇にスターコアを嵌めろと言うことなんだろうか?
俺は祭壇の方を見てみる。そこには、あの時と変わらず、七つのくぼみがあった。
なんだか淡く光っているし、いかにも嵌めてくださいって言っているような感じがする。
もしかして、初めからこの祭壇に嵌めさせるのが目的だったんだろうか? いや、だとしたら色々とおかしい気もするけど……。
まあ、どちらにしろ、ここにスターコアを嵌めるのは最初から考えていたことだ。
下手に使って魔王が復活するより、明らかに神様の手が入っているこの場所に嵌めた方が、何倍も安全である可能性が高い。
たとえそれがグレンの差し金なのだとしても、なんかもうどうでもいい気がしてきた。
俺は、スターコアをくぼみに嵌めていく。サイズとか合わないんじゃないかとも思ったけど、案外すんなりと嵌めることができた。
最後の一つを嵌め終えると、祭壇はまばゆい光を発する。まるで神の降臨かの如き神々しい光は、俺の体を包み込み、さらにその光度を増していく。
なんだか暖かい。そう思ったのもつかの間、唐突に体が動かなくなった。
「……ッ!?」
とっさに声を上げようと思ったが、それすらも叶わない。
いったい何が起こっているのか。それを認識するよりも早く、体が勝手に動き始める。
まるで、自分の体を確かめるように手を握ったり開いたりしながら、辺りを見回す。
その視界は、強い光に充てられたかのように周囲が白くぼやけており、うまく把握することができない。
何が起こっているのかとパニックに陥っていた時、不意に頭の中に声が聞こえてきた。
『ありがとう。スターコアを七つ揃えてくれて』
その声には聞き覚えがあった。
スターコアを集めるごとに、その声を聞いていた。文字通り、天からの言葉を授けるその存在は、まさしく神様と言って差し支えない。
その声は、まぎれもなくアルメダ様のものだった。
「ぁっ……ぅっ……」
『ああ、喋る必要はないわ。もう会話をする必要もないしね』
上機嫌な様子のアルメダ様の声につられて、口元が緩む。
もしかして、俺の体を操っているのか? しかし、何のために。
『私はね、ずっとこの時を待っていたの。あなたが挫折する、その瞬間を』
アルメダ様が言うには、アルメダ様は誰かが挫折したり、失敗したりする姿を見るのが大好きらしい。
正確には、その失敗を経て、這い上がってくる姿が好きなのだとか。
かつて、この世界を滅ぼした時代の粛正。それは文字通り地上のほぼすべてをは粛正したが、わずかな生き残りはそれを乗り越えて、今の文明を作り上げた。
その姿は、アルメダ様にとってとてもいい養分になったようで、ぜひまた見てみたいと思うほどだったという。
だから、その時思ったのだ。同じことをすれば、また面白いものが見られるのではないかと。
だが、それはリスクも大きいことだった。
元々、前回の時代の粛正は、イレギュラーなことが多かった。ある程度予想していたとはいえ、粛正の魔王は多くの神を道連れにし、自分の身すら危うかったのだから。
だが、他の神がどうなろうと、アルメダ様は知ったことではないという。自分さえ楽しめればそれでいいと、本気で思っているようだった。
アルメダ様は、もう一度同じことをするために、異世界から俺達を呼び出した。そして、その中でも素質がありそうな俺に目をつけたのだという。
もう一度同じことをする、つまり、俺を粛正の魔王に仕立て上げることによって、世界を滅ぼし、人々が再建する姿を見たかったのだ。
だが、俺もイレギュラーな能力を持っていた。だからこそ、普通に手を下したのでは、弾かれる可能性がある。だからこそ、段階を踏むことにした。
スターコアと言う星の力を集めたものを、神に捧げる祭壇に嵌める。それは言うなれば、神に忠誠を誓う行為であり、契約を成立させるためには必要なことだった。
そして何より、俺が挫折したことが重要だった。
常時であれば、俺は自らの意志で契約を撥ね退ける可能性があった。だが、一度挫折してしまえば、そこは自分の領域である。
簡単に言えば、弱った心に付け込んで無理矢理契約を迫る形にしたわけだ。
『おかげで、あなたの体を手に入れることができた。礼を言うわ』
「か、ぇ……」
『返すわけないでしょう? これから、あなたはこの世界を滅ぼすの。どんな愉悦が見られるのか、今から楽しみだわ』
抗いたくても、俺の体は動かない。
俺は、とんでもないことをしでかしてしまったと戦々恐々するしかなかった。
感想ありがとうございます。




