第五百二十三話:得体のしれないスキル
俺は即座に矢を放つ。
恐らく、グレンは俺達と同等かそれ以上のレベルだろうと推察できる。
普通に考えるなら、ゲームマスターがいない状態でこんな馬鹿げたレベルになるとは考えにくいけど、そうでなければドラゴンを瞬殺できた理由がわからない。
一応、そういうスキルがあるんじゃないかとも考えられるけど、どちらにしろ、格上相手でも瞬殺できる可能性があるスキルを持っていると考えるなら、警戒するに越したことはない。
だから俺は、一切躊躇することなく、全力で矢を放った。
【イーグルアイ】に【ストロングショット】も乗せた、久しぶりの本気の攻撃。
その矢は瞬きの間にグレンの頭へと向かっていき、そして……消え去った。
「……は?」
矢が弾かれたとか、躱されたとかならまだ理解できるけど、矢が消えるのは理解できない。
何かのスキル? とっさに考えるが、それらしいスキルは思い浮かばない。
「【アサルトマジック】、【テンペストレイド】!」
続けて、サクラが魔法を放つ。
嵐と見まがうほどの暴風がグレンの下に叩きつけられ、そして、やはりいつの間にか消え去ってしまった。
「攻撃が、効かない?」
「その程度か? 遊んでいるようならこちらから行くぞ」
そう言って、グレンは片手を広げると、そこに闇色のエネルギーを集束させていく。
膨れ上がり、形を保てなくなったそれは、弾けるようにしてこちらに襲い掛かってきた。
「【マルチカバー】!」
「【プロテクション】!」
とっさにカインが庇う体勢に入り、シリウスが防御スキルを唱える。
今のカインの防御力を抜ける攻撃などそうそうない。たとえそれがボスの攻撃であろうとも、ダメージは軽微に済むだろう。
一瞬、グレンであればそれすらも覆してくるのではないかと思ったが、攻撃はすべてカインの盾にいなされ、ダメージは皆無のようだった。
「隙あり」
あまりにしょぼい攻撃に疑問を浮かべていると、その隙を縫ってグレンが接近してきていた。
どうやらあれは囮だったらしい。それなら、ダメージが低いのも納得だ。
「【ラピッドショット】」
「これは……受けるか」
ぽつりと呟いた後、グレンは攻撃を避けることもなくそのまま受ける。
肩に矢が刺さり、一瞬体が傾いたが、グレンが歩みを止めることはなかった。
「まずは動きを封じようか」
正面にいたカインの下まで辿り着くと、グレンはそっとその体に触れる。
その瞬間、ぽふんと軽い音がしたと同時に、カインの体に異変が起こった。
「ナッ!?」
俺も一瞬何が起こったのかわからなかった。
カインの体は、まるで昔のゲームに出てくるキャラのようにカクカクとしたポリゴン状になり、それに合わせて動きもカクカクとしたぎこちない動きに変わっている。
言葉すらも、機械音声のような棒読みじみたものに変わっており、その姿と相まって、まるでギャグ世界にでも迷い込んでしまったかのような惨状になっていた。
「カイン、下がるの!」
「ハ、ハイ……」
レベル600ともなれば、その敏捷の高さは折り紙付きだ。
仮に特化していなくても、この世界に来たばかりの俺よりも早いだろう。
しかし、今ではその敏捷がまるで飾りかの如く、ゆっくりとした動きになっている。
まるで、一つの関節を動かしたら別の関節は動かせなくなってしまっているかのように、ただ下がるだけの動作にめちゃくちゃ時間をかけていた。
「まずは一人」
「か、カインに何をしたの!?」
こんな状態異常聞いたことがない。
そもそも、みんなには状態異常耐性に関するスキルはほぼすべて習得させてある。
もちろん、習得させたからと言って確実に状態異常を防ぐというわけではないが、取らないよりはよっぽどかかりにくい状態になっているはずである。
それを、こうも簡単に通した挙句、しかもそれは見たこともない状態異常。
恐らく、誓約状態と似たような、この世界特有の状態異常なのかもしれないけど、だとしてもぶっ飛びすぎだ。
理解が追い付かない。俺達は、一体何を相手にしているんだ。
「そう喚くな。死にはしないから」
「ッ!? くそ、気づいてるのかよ」
話している最中、クリーさんが背後から忍び寄って攻撃をくらわそうとしていたが、それを読んでいたかのように、グレンはサイドステップでそれを躱す。
クリーさんは闇に溶けるのがうまいから、完全に不意打ちが決まったと思っていたけど、それすらも避けるのか。
「カインさんは私が何とかするよ。大丈夫、倒せば治るはずだよ」
シュエが糸を使ってカインを操作し、強引に後ろに下がらせる。
こういう時も、【マリオネッター】の能力は有効らしい。
自力で自由に動けないのはやばいけど、戦闘不能になったわけではないし、多分まだ何とかなる。
しかし、未だにほとんどダメージを与えられていないというのが問題だ。
攻撃の無効化の謎を解かないと、この戦闘は一生勝てない気がする。
「大丈夫、殺す気はないよ。ただ、スターコアを返してさえくれれば、すぐにでも戦闘を終了しよう。どうかな?」
「意味わかんないこと言ってんじゃないの」
俺はもう一度矢を放つ。しかし、グレンはそれを軽々と避け、不敵な笑みを浮かべるだけだ。
まじで意味がわからない。なんで渡してから返してほしいなんて言うんだ?
考えられる可能性があるとしたら、こっちがスターコアを揃えれば魔王が復活すると思っていたけれど、結局復活することはなかったから無理矢理奪って自分で復活させようと企んでいるってくらいか。
あるいは、一度でも俺が所有者になっている必要があったとか?
でも、所有者の有無を気にするようなルールなんてあっただろうか。
『スターダストファンタジー』では、所有者は基本的にそのアイテムを持っている人になるけれど、だからと言ってそれを生かすルールは特にない。
まあ、たまに武器とかに、これは所有者以外は扱うことができない、みたいなルールをつけて、妖刀ごっこするくらいはあるかもしれないけど、それはほとんどフレーバーみたいなものだ。
それとも、この世界では所有者が重要になる何かがあるのか?
わからない。
「渡す気がないのなら……そうだな、次はそこのこそこそしてるのを狙おうか」
「げっ」
そういうや否や、グレンはクリーさんの下へと瞬間移動し、軽く触れる。
その瞬間、さっきも聞いたぽふんと言う軽い音が響くと同時に、クリーさんの姿が一瞬にして鈍い銀色の輝きを放つものへと変わっていた。
多分、鉄、だろうか? 全身が鉄の塊へと変貌している。
動けなくなるかと思っていたが、どうやら動くことはできるようで、自分の体をペタペタ触りながら、なにやら驚いたような仕草を取っている。
しかし、その顔は目や口などのパーツがすべてなくなり、のっぺらぼうのようになっている上、声も出せないようで、その感情を読み取るのは難しい。
動く度にカシャカシャと金属のこすれあう音が聞こえて、それがより一層この状況のカオスさを物語っていた。
「なんなの、こいつ……」
得体の知れない状態異常。攻撃が通らない事実。もう俺はパニック一歩手前だった。
このままでは間違いなく全滅する。その前に、どうにか打開策を見つけなければ。
そう思うものの、なかなか妙案は浮かんでこなかった。
感想ありがとうございます。




