第五十四話:王都へ帰還
翌日、俺はエリクサーを作るのに十分なマンドレイクを手に入れて森を後にした。
結局、お礼に関しては今のところ思いつかないので、いつか困ったことがあったら手を貸して欲しいという曖昧な約束をして別れてきた。
俺としても、ルナサさんをあの状態のまま放置する気はない。どのみちエリクサーを作るのには【アルケミスト】にならなくてはならないし、ああして命を繋ぎ止めた以上は責任を持つべきだろう。
もちろん、人形に魂が宿っている状態でも会話はできるし、今までの全く会えなかった状態に比べたら今の状態でもかなりの待遇ではあるだろうが、そこらへんは俺がもやもやするからちゃんとした体を用意してあげたいところだ。
ただ、ホムンクルスを作るにしてもその素材をどうやって集めたものか。
必要な素材はいくつかあるが、割と簡単に作れるゴーレムと違ってホムンクルスは稀少な素材を要求される。
主に必要なのは魔力を豊富に蓄えた血、有力候補はドラゴンとかだろうか。最低でもレベル30は超えていて欲しいところ。
冒険者にレベルがあるように、魔物にもレベルがある。だが、冒険者のレベルと魔物のレベルはその脅威度にかなりの差があり、冒険者レベル1と魔物のレベル5~10くらいが同じぐらいの強さだ。この開きは冒険者のレベルが高くなればなるほど開いていくので正確には測れないが、とにかくレベルだけで言えば、魔物は人間よりも圧倒的に高いってことだ。
で、レベル30って言うのは中堅のボス程度の実力。ドラゴンとなればもっと上になるけど、まあ最低限を目指すならこの程度ってことだ。
そういう意味ではデスマンティスの血はもしかしたら使えるかも? いや、でもあれはどちらかというと物理型だし、魔力が豊富という条件には当てはまらないか。魔石は使えるかもしれないけど。
他にも核となる心臓や魔法を使えるようにするための魔力回路の代替品となる精霊結晶、そして元となる種族の遺伝子。それらを合成して、ようやくホムンクルスが出来上がる。
もちろん、代替品は数多く存在するから絶対にこれじゃなきゃいけないってわけではないけど、ホムンクルスを作るのは上級職だけあって、それなりのレア度の素材を要求されるのだ。
『スターダストファンタジー』だと、スキルを使えば一瞬でできるけど、仮にも人を作るわけだしそれなりに時間がかかったりするんだろうか? その辺りはやってみないとわからないな。
まあ、その辺りは素材が手に入ってから考えるとしよう。スキルを先に取得しておけば、いつでも製作は可能だし。
「さて、やっと戻ってこれたの」
ルミナスの森は王都からもだいぶ離れていたけれど、俺の足なら一日あれば戻ってこられる。というか、レベルが上がったせいで余計に敏捷が上がっているので行きよりも早く着くことが出来た。
この調子でレベル上がっていったらいつか一日で世界一周できそうな気がする。やらないけど。
さて、王様は無事だろうか。とりあえず城へと向かう。
「止まれ! 獣人風情が城に何をしに来た!」
で、城に入ろうとしたらいつだったかのやり取りが再現された。
あのさぁ、俺がまだ王様の客じゃないって知られていなかった時ならともかく、今の俺はエミリオ様から正式に協力するように頼まれた治癒術師だ。普通、こういうのは門番だろうが、いや、門番だからこそ知らされているものだろうし、そんな大事な客人をこんな風に門前払いするのってどう考えても非常識だと思うんだけど。
仮に俺の顔を知らないから突っかかってるんだとしても、獣人の治癒術師が来たってことくらいは知っているはずだし、まずは確認するのが筋って物じゃないだろうか。
獣人差別するのは勝手だけど、あんまりふざけた態度取ってると俺も怒るよ?
「おい、待て、こいつは……」
「なんですって? いや、まさか……」
突っかかってきた門段の背後から先輩らしき兵士が声をかける。
どうやら俺の事を知っている奴もいたようだ。だが、どうにも信じられないようで、訝しげに俺の方を見ている。
「あー、とりあえずこれがエミリオ様から貰った滞在証なの。早く薬を作りたいから入れて欲しいの」
ダメ押しとばかりに懐から一枚の紙を見せてやれば、相当驚いているのか口をパクパクとさせている。
また偽造だ、と疑われるのではないかとも思ったけど、どうやらそういうわけでもないらしい。
「き、貴様は死んだはずでは……」
「ん? ああ、そういうことなの」
その言葉でなぜこんなにも驚かれているのかがわかった。
元々、俺は旅に出る際に監視役として一人の騎士がついていた。しかし、その騎士は夜森に入ろうとする俺についてこず、役目を放棄してそのまま帰還した。その時言っていた言葉は、「お前は死んだと報告する」だ。
つまり、死んだはずの俺が目の前に現れたから驚いてるってわけだ。
いやまあ、確かにあれから一週間近く経っているし、アーノルドさんが帰っていてもおかしくはないけど、まさか本当に死んだと報告するとは。
よほど俺の事を見くびっていたらしい。まあ、確かにこの世界の人のステータスからしたら、夜に危険な魔物がいる森に入るのは自殺行為なんだろうけどさ。普通は次の日の昼にでも確認しに来て、死体を見つけてから報告するのが当たり前だと思うんだけど。
魔物に食われているだろうから死体が残っているはずがないと思ったのか、それとも獣人だから死体を回収してやる義理もないとでも思ったのか知らないけど、甘く見すぎだ。
とはいえ、本当に死んだことにされているのは少し困るな。早くエミリオ様に会わないと。
「この通り、ちゃんと生きてるの。だからさっさと通すの」
「あ、ありえない。アーノルド副長の話では夜の奈落の森に入っていったと……」
「入ったけど、死ななかったの。何ならその森で狩った魔物でも見せたら信じてもらえるの?」
今までに狩った魔物はコクロン砦で買い取ってもらったものを除いてすべて【収納】にしまっている。出そうと思えばいつでも見せることが可能だ。
「そんなことできるはずが……」
「じゃあ、はいなの」
もう面倒くさいのでワイルドスパイダーの死骸を出してやった。
まあ、奈落の森とやらにいる強敵がワイルドスパイダーだって知られていなければあまり意味のない行為だけど、少なくとも俺にはこいつを狩るだけの力があると認めてもらえれば少しは信用してもらえるだろう。
ただ、いきなり出したからか門番は驚いて気絶してしまった。
まさか生きているとでも思ったのだろうか。いきなり目の前に魔物が出てきたら驚くよね、ごめんごめん。
まあでも、これで邪魔者はいなくなった。無断で入ることになるが、そもそも城の出入りに関しては自由にしていいとエミリオ様から認められている。だから、これは無断侵入には当たらない。
「早く王様を助けておさらばしたいの」
シュテファンさんの屋敷はそこそこ居心地がよかったから王都も少し期待していたのだが、蓋を開けてみれば獣人差別ばかり。これではこの地を離れたいと思うのも仕方のないこと。
ただ、初めからそうしなかったのは夏樹達の情報を得たかったからだ。王様を助けて恩を売り、王様の権力を利用することが出来れば多少は力になるかもしれない。
まあ、そこまで期待はしていないけど。
その後、その辺にいたメイドさんに話を通し、エミリオ様に帰還を告げたら一度謁見の間に来いと言われた。
俺としてはさっさとエリクサーを作って王様に渡したいところなんだけど、何か聞きたいことがあるらしい。
まあ、王様も別に今日明日死ぬってわけでもないだろうし、急ぐことはない。
俺は一応身だしなみに気を配ってから謁見の間へと向かった。
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