第五百二十二話:塒へ
洞窟はめちゃくちゃ広かった。
と言うか、これ多分ダンジョンじゃないか?
広い部屋みたいなところもあったし、階段もあった。罠もそれなりにあったし、多分ダンジョンで間違いない。
ただ、不思議なのは、魔物が全然出てこないことだ。
あれだけ、ここには俺達といい勝負できるような魔物がいるって言ってたのに、全然会わない。
はったりだったのか? 流石に、運が良すぎて会わないってわけではないと思うんだけど。
「なんか、この洞窟おかしくねぇか?」
「まあ、ある意味でおかしいの」
さっき、運が良すぎるってことはないと言ったけど、ある意味では運がめちゃくちゃいいのではないかと思えてしまう。
と言うのも、これだけ入り組んでいる以上、普通なら行き止まりに当たるとかするはずだ。それなのに、今のところ一切迷っていないのである。
もちろん、迷ってないと思っているだけで、実際は同じ場所をぐるぐる回っている可能性もないことはないけど、微妙な景色の違いくらいは分かるし、方向感覚的にUターンしているというわけでもないと思う。
分かれ道があったら、全部正解の道を引き当てているって感じ。
それに、おかしな点はもう一つ。罠が貧弱すぎるという点だ。
仮にも俺達をおびき寄せる場所なのだから、俺達を消耗させなければ意味がない。
スターコアを奪いたいなら、弱っている時に狙うのが一番いいはずなのだから。
それなのに、あるのは【毒針】とか【強風】とかしょぼいものばかり。
確かに、リソースを削れないことはないけれど、他の凶悪な罠と比べたら相当見劣りする。少なくとも、あのダンジョンでレベル上げをした俺達からすれば、お遊戯レベルだ。
お守りは持ち込んでいるし、仮にお守りがなくても何とかなるレベルの罠ばかり。これでは、ほとんど消耗は見込めないだろう。
罠作成の技術がなかった? そうだとしても、魔物を配置するくらいできるだろう。
グレンならば、その辺の魔物を使役することくらい簡単なはずだし、雑魚でも何でも置いておけば、もしかしたらリソースを削れるかもしれないのだから。
魔物はおらず、罠は貧弱なものばかり。ラスダンかと思って挑んだら、序盤の簡単なダンジョンだった気分だ。
「どう思う?」
「これは、多分目的が違うんでしょうね」
シリウスとカインがそんな話をしている。
そう、目的が違う。
俺達は今まで、グレンは俺達が持つスターコアを奪い、魔王を復活させる気でいるのかと考えていた。
しかし、それにしてはやる気がなさすぎる。これでは、消耗させるのが目的と言うより、塒に来て欲しいというのが本当の目的のように思える。
塒まで案内して何をさせるつもりなのかはわからないけど、それならこちらを消耗させる必要はないし、むしろさっさと来て欲しいなら罠も魔物も最低限にする方が楽だろう。
まさかとは思うけど、本当にスターコアを渡すだけが目的じゃないだろうな?
いや、それはない。もしそうなら、わざわざこんな場所に連れてこなくても、その場で二つ渡していればいいだけの話だ。
単純に、塒にスターコアを保管しているから取りに来て欲しいという可能性もあるけど、普通に考えて、自分の塒を教えるデメリットの方が大きいだろう。
すぐに来られる場所ではないとしても、下手したら塒を失うことになるかもしれないのだから。
スターコアを奪うのが目的ではなく、塒に案内するのが目的。
そこがラスボス部屋で、そこで魔王を復活させるつもりとも考えたけど、それもちょっと変な話だよな。
使わないと復活しないなら、消耗させた方がいいのは確かだし。
それとも、やっぱりグレン自身が戦い、正々堂々と奪うつもりとか?
魔王の関係者とは思えないほどの考え方だけど、ありえない話ではない。
とにかく、恐らく道中での妨害はないだろう。塒に辿り着いてから何をする気なのかはよくわからないけど、戦うことになるのだとしたら予定通りと言えばそうだし、問題はない。
「……と、あれじゃないか?」
しばらく洞窟を進んでいると、広い空間が見えてくる。
どうやら地底湖のようだ。ほとんどのスペースを湖が占めており、ひんやりとした空気が体を撫でていく。
その湖の畔に、グレンがいた。
「よく来てくれた。しかし、ちょっと遅くないかな? こんなに簡単にしてあげたというのに」
グレンは不敵な笑みを浮かべながら、こちらを見据えている。
簡単にしてあげたってことは、やっぱり道中に魔物が登場しなかったのは、グレンの差し金だったということなのだろう。
さて、ここから一体何をするつもりなのか。
「ここが塒で間違いないの?」
「ああ、そうだ」
「なら、さっさとスターコアを渡すの。条件は満たしたはずなの」
「もちろん、すぐにでも渡してあげよう」
そう言って、グレンは懐からスターコアを取り出す。
両手に一つずつ。確かに二つのスターコアがそこにはあった。
「さあ、アリス、取りに来なさい」
「……」
俺はみんなに目配せした後、グレンの下に歩き出す。
念のため、【ライフサーチ】と【トラップサーチ】も使っているが、引っかかるものは特にない。
この場には、俺達とグレンだけ。罠の類もない。
ここまでくると、本当に渡したいだけなんじゃないかと思えるが、そんなことはないはずだ。
俺はなるべく気取られないように普通に進み、グレンの前までやってくる。
グレンが差し出すスターコアを手に取り、確認した。
確かに、スターコアで間違いないようである。もう一つも同様に調べたが、こちらも本物のようだ。
「おめでとう。これで君は、スターコアを七つ揃えた」
「そりゃどうもなの」
「さて、それでは……」
その瞬間、グレンから殺気が溢れ出す。
つい先ほどまで露ほども殺気を出していなかったにもかかわらず、一瞬にして溢れかえったそれに、俺はゴクリと息を飲んだ。
しかし、これは想定されていたことである。
俺はとっさにスターコアを【収納】にしまい、後ろに大きくジャンプする。
それに追随するようにグレンの手が迫るが、即座にカインがカバーに入り、盾でその手を振り払った。
「はぁ、やっぱりそう簡単にはいかないか」
「それはそうでしょう。胡散臭すぎますからね」
カインが俺の前に入り、他のメンバーもそれぞれ戦闘態勢に入る。
グレンはやれやれと言った様子でため息をついていたが、戦闘する意思はあるようで、片手をこちらに向けて威嚇してきた。
「一応言っておくが、そのスターコア、返してくれないか?」
「渡しておいて返せとか意味わからないの」
「まあ、それはそうなんだが……こちらにも事情があるのでね」
グレンの目的はスターコアを取り返すことらしい。
まじで意味がわからないんだけど、こいつは一体何を言っているんだろうか。
それとも、やっぱり俺達が持っているスターコアもろともいただくつもりになったってことなんだろうか。
最初は俺がスターコアを七つ揃えることによって目的が完了すると思っていたけど、それは叶わなかったから無理矢理奪う形にシフトしたとか?
それにしては判断が早すぎる気がしないでもないけど……。
まあいい。どちらにしろ、こいつと戦うことは想定の内だ。
俺は弓を構え、グレンを見据える。
まずはこいつを動けなくしてから考えよう。
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