第五百二十一話:不思議な場所
「さて、行くことになったけど、ほんとに行くのか?」
「もう行くしかないの」
いざ大穴を前にして、他のみんなが少し不安げな顔をこちらに向けてくる。
いや、カインだけは特に表情も変わっていなかったけれど。
大穴の周りにいる竜人達は相変わらず跪いたまま動かない。
よくよく考えると、跪くってことは、敬意を払ってるってことなのかな?
全く面識もないし、仮にグレンに対してやっていたとしてもそのグレンはもういない。それなのに、なんでこんなことしてるんだろうか。
「ねぇ、この穴の中って何があるの?」
「……」
サクラが話しかけても竜人は答えないまま。
これは聞くだけ無駄かなぁ。何もしてないのに敬意を払ってきてるというのが怖い。
大穴のそばまで近寄ってみたが、相変わらず底は見えない。暗闇無効がついていても、【暗視】がついていても、その先を見通すことはできないようだ。
もしかしたら、これは巨大なポータルなのかもしれない。それなら、先が見えないのも納得だ。
「【ライフサーチ】も【トラップサーチ】も反応なし。降りれる場所もなし」
「飛び降りるのか?」
「んー、まあ、それしかないんだろうけど」
一応、【ドラゴンウィング】で飛んでいくという手もあるけど、どっちでもあんまり変わらない気はする。
まあ、心理的な安全は欲しいし、ここは飛んで降りていくことにしようか。
「なんだか緊張しますね」
「なあ、他の奴らに連絡しておいた方がいいんじゃないか?」
「それもそうなの。現状は伝えておくの」
もし仮に、この穴の先で何かが起こっても、みんながどうにかできるようにはしておくとしよう。
もしかしたら、この穴の先では【テレパシー】が使えなくなる可能性だってあるわけだし。
「……連絡はこれで良し。それじゃあ、行くの」
「おう」
全員で【ドラゴンウィング】を使用し、大穴をそっと降りていく。
慎重に降りていくが、相変わらず景色は真っ暗のままだ。
本当に、この先続いているんだろうか? ちょっと降りたら地面だったとかないよね?
「なにもない……ッ!?」
警戒しながら降りていると、不意に強烈に下に引っ張られる。
まるで、いきなり大きな重力がかかったかのように、穴の底に向かって一気に加速することになった。
とっさに翼を広げるが、それでも落下速度は変わらなかった。
「くっ、みんなはぐれないようにするの!」
罠があるのはわかっていた。このまま地面に叩きつけられたら相当なダメージだろうが、何とかタイミングを合わせて対処するしかない。
俺は周囲を確認し、なるべくみんなを集める。
手を握り、はぐれないように対処をしたところで、不意に意識を失った。
目を覚ますと、そこは森の中だった。
ただの森じゃない。森のように木々が生えてはいるが、その木々は結晶質になっており、まるで水晶細工のようだ。
それどころか、地面に生える草花も、その地面ですらも、水晶のように結晶質になっている。
鬱蒼とした森であるのに辺りは明るく、それが逆に不気味に思えた。
「ここは……み、みんなは!?」
とっさに辺りを見回してみるが、みんなの姿は見えない。
【ライフサーチ】を試みてみると、反応はあるが、結構離れた場所にいるようだ。
まあ、【ライフサーチ】で拾える範囲にいてくれるのなら合流は容易だろう。
少し慌てたが、ほっと安堵する。
それにしても、ここは何なんだろうか?
こんな結晶質の森、見たことも聞いたこともない。結晶花が近いと言えば近いかもしれないが、それが森単位であると考えると、ここは相当魔力が濃いということになる。
森一つを結晶にしてしまうほどの魔力の持ち主なんて、どう考えても化け物だ。仮に、エルフが数百人いたとしても、こうはならないだろうし。
もし、ここが穴の中なのだとしたら、ここがグレンの塒か? グレンであれば、何かしらの絡繰りを使ってこんな芸当をすることもできるかもしれない。
「……誰か来るの?」
そう思っていると、背後から誰かが近づいてくるのを感じ取れた。
カイン達だろうかと振り返ってみると、そこにいたのは、黒いローブに身を包んだ謎の人物だった。
「……誰なの?」
「私が誰かは今は関係ない。私はただ、ここにゴミ捨てをしに来ただけよ」
声からして女性だろうか。なんか、どこかで聞いたことがあるような気がしないでもないけど……。
女性はローブの端から何かをその場に投げ捨てる。とっさに目で追ってみると、どうやらそれは小さな鍵のようだった。
いったい何の鍵なんだろう。綺麗な鍵ではあるけど。
「あっちの方にあなたの仲間がいた。会いたいなら早く行くといい」
「ちょ、ちょっと……!」
女性はそれだけ言い、いずこかに去って行ってしまった。
い、一体何だったんだ?
グレン、ではないよね。声が違ったし。何となく聞き覚えがあるような気はするんだけど、一体誰だっただろうか。
とりあえず、今はみんなと合流するのが先だろう。
「……と、その前に」
俺は女性が捨てていった鍵を拾い上げる。
見たところ、何の変哲もない鍵のように見える。銀色の小さな鍵。
鑑定もしてみたけど、心の扉を開く鍵、とか言う謎の文章が書かれているだけだった。
心の扉とは何ぞや。
でも、わざわざ俺の前で捨てたのだし、拾わせたかったと考えるべきだろう。これが一体何の役に立つかは知らないけど、一応、持っておこうかな。
鍵をポケットにしまい、みんなの下へと歩き出す。
しばらく歩いていくと、気が付けば森はなくなり、洞窟のような場所へと立っていた。
「あ、あれ?」
「あ、アリス、無事だったか」
とっさに振り返るが、そこにもすでに森はない。
みんなとは無事に合流できたが、さっきのは夢でも見ていたんだろうか?
「どうした?」
「あ、ううん、何でもないの」
一応、キャラシも確認してみるが、特に妙な状態にはなっていなかった。
ただ、拾った鍵はそのままだったので、あれはきちんと現実で起こった出来事だったということはわかる。
あの女性は一体誰だったんだろうか。何のために鍵を渡してきたのか。
わからないけど、今はグレンの挑戦を片付けることにしようか。
「この洞窟、結構入り組んでるみたいですね」
みんなと合流してから辺りを調べてみたが、ここはどうやら洞窟の途中らしい。
ただ、結構入り組んでいるようで、ちょっと歩いただけで方向感覚がなくなっていくような錯覚を覚えた。
本来なら真っ暗な洞窟のようだけど、それは暗闇無効があるから問題ないとして、単純に迷路は時間がかかる。
とはいえ、こればっかりはどうしようもない。強力な魔物が出るという話だし、ここは慎重に進んでいくとしよう。
そう考えながら、隊列を組んで進んでいった。




