第五百十九話:不気味な誘い
わざわざこの山を指定した以上、何かしら仕掛けてくると思っていたんだけど、思った以上に何もなくてびっくりしている。
いやまあ、指定しているのは山頂だし、山頂だけに何か仕掛けているって可能性はあるけど、それにしたって何もなさすぎだ。
魔物すら出てこない。霧でこちらを視認できなくて襲ってこないとかじゃなくて、そもそもいない。
間引きでもされてるのか? それとも運がいいだけか?
よくわからないけど、なんだか不気味だ。
「この調子なら、予定より少し早く着きそうなの」
「なんだか拍子抜けだな? 強い魔物がいるとか言ってなかったっけ?」
「そのはずだけど、なぜかいないの」
一応、この山に住んでいる竜人達が間引いたって可能性もある。
エルフのように結界を使えるならそれで何とかしているのかもしれないけど、そうでないなら物理的に排除しなければ安全な暮らしなんてできないだろうしね。
まあ、だとしても範囲が広すぎる気がしないでもないけど。
まだ登り始めたばかりでこれなのだから、もし間引きだとしたらどんだけ狩ってるんだと言いたい。
「気配は感じ取れないんですか?」
「さっきから【ライフサーチ】も使ってるけど、特に反応はないの」
あるとしたら、【ライフサーチ】でも感知できないほどの隠密系のスキルを使っているかだけど、この世界の人達がそんなスキルを使えるとは思えないし、使うとしたらグレンくらいだろうか。
もしかしたら、どこかで監視しているかもしれない。あんまり下手な言動はしない方がいいかも。
「もう、山頂までは何もないんじゃない?」
「だといいけど」
罠や魔物が見当たらないからと言って警戒は緩めない。
もう、ここは敵の本拠地だと思っていた方がいいだろう。
理不尽なギミックなんていくつも見たことがあるし、ここも変なフィールド効果があってもおかしくない。
なるべくキャラシも確認して、変なことがあったらすぐに気づけるようにしておかないと。
「……さて、結構登ってきましたが」
登り続けることしばし、変わらない景色に辟易しながらも、山頂を目指して登っていく。
霧に覆われているせいか、ここでは昼夜の時間が判断しにくい。
一応、出発したのは朝だけど、体感的にはもう十時間以上登っている気分だ。
もしかしたら、気づかないうちに夜を明かしてしまっているかもしれないね。
まあ、俺達は今スタミナは相当あるし、一日徹夜した程度じゃほとんど疲れないと思うけど。
緊張しているせいか、眠気もあまり襲ってこないしね。
「……あ、あれが山頂じゃないですか?」
カインが指さす先には、確かに山頂らしき場所があった。
霊峰スタルのように、山頂に祭壇の一つでもあるのかとも思ったが、そう言ったものは見当たらない。
ただ、そのすぐ近くには、大きな穴が開いているように見えた。
恐らく、あれが竜人達が言っていた大穴だろう。
とっさに【ライフサーチ】をしてみると、いくつかの反応があるのがわかる。
山の竜人達もいるんだろうか。はっきりとは見えないけど、人影らしきものがいるような気がする。
「気を引き締めていくの」
俺達はより一層警戒を強めながら、慎重に山頂へと向かっていく。
大穴の近くには、予想通り竜人達がいた。
簡素な服を身にまとい、こちらに向かって膝をついている。
特に攻撃してくる様子もなく、むしろ歓迎している様子だ。いや、歓迎と言うか、傍観だろうか?
まあ、攻撃してこないならそれはそれでいいんだけど、余計に不気味である。
「期限ぎりぎりではあるが、一応約束は守ってくれたようだね」
そんな竜人達をスルーして先へ進むと、そこには一人の男が立っていた。
あの時と変わらず、片手でスターコアを遊ばせながら、こちらを見下ろす謎の人物、グレンである。
「約束通り来たの。さっさとスターコアを渡すの」
「まあ、そう焦るな。せっかくここまで来たんだ、少し話そうじゃないか」
念のため、【ライフサーチ】と【トラップサーチ】は既にやってる。
この場にいるのは俺達とグレン、そして山の竜人達以外にはいない。
大穴の中に何か潜んでいるとも思ったけど、少なくとも、この場から感知できるほどの距離にはいないようだ。
罠に関しては一番警戒していたけど、それもない。
てっきり、ここで話して時間を稼ぎ、罠に誘導するのが狙いかと思ったんだけど、そういうわけではないんだろうか?
もし、罠の類がないのだとするなら、やはり戦闘が一番可能性が高いか。
俺はいつでも弓を構えられるように手を回しておく。他のみんなも、いつでも戦闘態勢に入れるように構えている。
そんな態度を知ってか知らずか、グレンはからからと笑いながら話を続けた。
「まずはここまでこれたことを称賛しよう。よくここまでこれたものだ」
「それはどうもなの」
「その褒美として、このスターコアを渡すことも吝かではないが、それでは少し面白くない。ここは一つ、ゲームと行かないか?」
「ゲーム?」
「そう。言うなれば、ダブルアップチャンスと言ったところか。君達が勝てば、私達が所有しているスターコアをもう一つ渡そう。悪い話ではないだろう?」
今のところ、敵意のようなものは感じられない。
霧でこちらの戦闘態勢に気づいていないって言うほど間抜けじゃないだろうし、本当に戦う気がないのか?
それに、ダブルアップチャンス、要はスターコアを二つくれるとも言っている。もしそれが本当だとしたら、美味しすぎる話だ。
もちろん、スターコアを本当に七つ集めていいかはわからない。
これが神様の思惑だというのなら、集めて問題はないと思うけど、もし、魔王側だけの思惑で集めろと言っているのだとしたら、完全に嵌められていることになる。
ただでさえ、七つ集めたら魔王が復活するかもしれないのだ。ここで集め切ってしまっていいものか、悩むところではある。
ただ魔王を倒すだけだったら、レベル上げもしてきたし、仲間も集めたからできないことはないけれど、オールドさんを助けようって考えるなら、まだそのアイディアは浮かんでないし、戦うのは早いとも思っている。
あれかな、スターコアが七つ同じ場所に揃っているのがダメなのか? だとしたら、一つを誰かに預けて、って言う風にすれば、集めたことにはならないだろうか。
いや、七つが同じ場所に集まるだけでいいなら、今のこの時点で揃った判定されてもおかしくはない。だって、グレンが今スターコアを持っていて、俺もスターコアを持ってきているんだから。
となると、揃ったからと言って即座に何か起こるというわけではなく、それを使用することによって何かが起きると考えた方がよさそうか。
まあ、もう一つのスターコアがここではない別の場所にあるって言うなら話は変わるけど、集めきった時点で勝手に出てくると考えるよりは、使用して出てくると考えた方が自然ではある。
もし集めきった時点で出てきてしまったら、あの祭壇の意味もわからなくなってきちゃうしね。
この話に乗るべきか乗らないべきか、俺はなるべく顔に出さないようにしながら、静かに頭の中で考えた。
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