第五百二話:正当な取引
とりあえず、考えていても有効な手段は思いつきそうになかったので、ショコラさんに素材を渡しに行くことにした。
アイランドタートルの甲羅を手に入れようと動く前に、何人かに素材の回収を頼んでいたので、すでに必要数は揃っている。
ログレスへとポータルで移動し、ショコラさんの研究所に行くと、数人の研究者らしき人が一緒にいた。
「ああ、君達か。案外早かったな?」
「まあ、あれから速攻で集めに動いていたから、当然なの」
「ははは、こんなに早く素材が集まるとは思えないがね。大方、素材の必要数の緩和を頼みに来たというところかな?」
ショコラさんの隣にいた男性がそう言って笑う。
みんな大人で、白衣を着ているから、ともすればショコラさんが遊びに来た子供のように見えなくもないけど、ショコラさんはやれやれと肩をすくめている。
確か、町の代表としてはスターコアを渡すわけにはいかないから、無理難題を押し付けて諦めさせようとしているってことだったよね。
素材が集まればそれでよし、集まらなければ、スターコアはそのまま、あちらには何のデメリットもない。
ただ、流石にこんなに早く来るとは予想外だったようで、すでに集めきったとは夢にも思っていないようである。
できることならショコラさんだけに渡してさっさと手続きをしてもらいたかったけど、ちょっと面倒なタイミングで来てしまったかもしれないね。
「では、そちらの部屋で出してくれ」
「ショコラ君、まさか真に受けているのかい?」
「まあ、少しくらいは見つけているかもしれないが、その程度ではスターコアは渡せないと思うが」
「ごちゃごちゃ言う前にまずは確認すべきだろう。研究者にとって、時間は貴重だと思うがね」
「む、それは確かに。さっさと済ませて会議の続きと行きましょう」
明らかにこちらを見下している感じの研究者達をショコラさんが抑えてくれる。
それにしても、こんな人達が町の代表なのか。
確かに、このログレスの町はかなり栄えているし、恐らくこの人達も研究者としては結構偉い人なんだろう。
別に、それを貶すつもりはないけれど、あんまり態度が悪いと印象も悪くなるし、今はいいかもしれないけど、いざ権力がなくなったら苦労しそうだ。
ま、そんなに会うこともないだろうし、ここはスルーしておこう。
「これとこれ、あとこれ」
「ふむふむ」
俺は【収納】からてきぱきと素材を取り出していく。
品質に関しては、採取した場所もあって良品ばかりだ。【収納】の効果も合わさって、ほとんど採取したばかりと言ってもいい状態である。
最初は余裕そうな笑みでこちらを見ていた研究者達も、次々と出てくるレア素材の数々に、次第に目の色を変えていった。
「これは、まさかファイアラッドの皮衣!? い、いったいどうやって……!」
「この美しい枝は天幻の玉枝ではないか!? フェアリーサークルでしか見つからない貴重なものなのに!」
大半は幻獣の島で見つけたものではあるが、みんなが見つけてくれたものもたくさんある。
まあ、その場所に行くのが難しいだけで、見つけるのはそう難しくないと言われている代物だ。プレイヤー達であれば、見つけるのにそう苦労はしなかった。
みんなには後で報酬を渡しておかないといけないね。こんなに早く集まったのも、みんなのおかげだし。
「それと、これ、アイランドタートルの甲羅なの」
「おお、それを見つけてくれたのか」
「あ、アイランドタートルの甲羅だと!?」
ショコラさんは特に驚く様子もなく受け取ってくれたが、とにかく周りの研究者達がうるさい。
確かに貴重な素材ばかりではあるけど、全く取れないわけではないだろう。腕利きの冒険者とかに依頼すれば取れたりしないんだろうか?
いや、今の冒険者達じゃ無理か。ほぼ手に入らないからこそ、興奮しているのかもしれない。
「かなり硬いという話だったが、削れたのか?」
「島の人達に譲ってもらったの」
「ほう、あのわからずやどもと話をつけたのか。それは興味深い」
ショコラさんはしげしげと甲羅を見つめていたが、やがて頑丈そうなケースに入れて大切に保管した。
「うむ。鑑定してもいずれも本物だということはわかった。約束通り、スターコアは進呈しよう」
「ありがとなの」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ、ショコラ君! 流石にスターコアを渡すのは……」
「何を言う、この話を持っていった時、どうせ持ってこられないだろうが、もし持ってこられたなら渡しても構わないと言っていたではないか」
慌てふためく研究者達に、ショコラさんは冷静な口調で返す。
話は聞いていたけど、ここまで予想通りの反応されるとちょっと笑いがこみあげてくる。
会う気はなかったけど、面白い姿を見られたと思えば、それはそれでいいのかな。
それで突っかかってこられても困るけど。
「し、しかしだな……」
「元々、スターコアの研究なんてほとんど不可能だったんだ。であれば、より研究しがいのあるものと交換しても問題はないだろう?」
「スターコアは町の象徴ですぞ! それをこんな小娘に渡すなど……」
「では、君がこれらの素材の見返りを用意してくれるのかね? すでに約束している以上、これはビジネスだ。既定のものを渡せないのであれば、それ相応の対価を払うべきだと思うがね」
「そ、それは……」
ショコラさんの言葉にしどろもどろになる研究者。
ここまではっきりと用意されてしまった以上、約束通りにスターコアを渡せなければ、悪いのは研究者達になってしまう。
もちろん、今回の話はなかったことに、ということにして、こちらも素材を渡さない代わりに、スターコアも渡さないって言う風にはできるかもしれないが、ショコラさんはそれを許す気はないようだ。
スターコアはこの世界でもめちゃくちゃ貴重なレアアイテムである。確かにこれだけの素材があるなら釣り合うかもしれないが、逆に言えば、これだけなければ釣り合わないということでもある。
ここにいるショコラさん以外の研究者が協力し合ったとしても、代わりになるものなんて到底用意することはできないだろう。
「町の管理者として、この契約を破棄することは町に泥を塗る行為だと判断する。この決定が不服なら、今すぐに代わりとなる対価を用意したまえ。それができないなら、余計な口は挟まないで貰おう」
「ぐぬぬ……わ、わかった。確かに、これだけの素材があれば、研究も活性化するだろう。置物となっていたスターコアよりも、こちらの方が有意義であることは確かだ」
「そうですな。ここはこれだけの素材が手に入ったと喜んでおくべき場面でしょう」
ショコラさん相手に言うことを聞くのはとても不服そうだったが、特におかしなことを言っているわけでもないし、初めにショコラさんが言ったように、ほとんど研究できないスターコアよりも、研究しがいのある他のレアアイテムの方が有用なのは確かなようだ。
町の象徴のようなものを手放すことに少し抵抗はあったようだが、約束がある以上、正当性を示すことはできない。
研究者達は、ちょっと微妙な顔をしながらも、これらの素材を集めてきた俺達に対して礼を言ってくれた。
「スターコアに関しては、後ほど渡そう。素材を持ち逃げするような真似はしないから安心してほしい」
「もしやったら潰しに行くだけだからいいの」
「うむ。今回は世話になった。ありがとう、アリス殿」
最後にショコラさんと握手を交わして、取引は無事に終了した。
これでスターコアは五つ、残りは二つかな。
オールドさんのことはちょっと考えなければいけないけど、ひとまずはスターコアを揃えてしまうのがいいかもしれない。
そう考えて、より一層捜索に力を入れようと思った。
感想ありがとうございます。
今回で第十六章は終了です。数話の幕間を挟んだ後、第十七章に続きます。




