第四百八十八話:交換条件
「まあ、君達が魔王を倒すための戦士であり、そのためにスターコアが必要というのであれば、譲渡するのも吝かではない。しかし、あれは正確には私の持ち物ではない。持ち出すためには、管理者達の許可が必要だ」
こちらの要求を察してか、ショコラさんは淡々とそう告げる。
まあ、そんな都合よく渡してはくれないよね。
いくら用途は限られているとはいっても、何でも願いを叶えてくれるという代物である。
当然、タダで手に入れられたわけはないし、どこかの大国から買ったか、あるいは研究目的で貸し出されているか、どちらにしろ、少なくない対価を払ったことだろう。
それを譲るということは、そうして払ってきた対価を捨てるということになる。
もちろん、ショコラさんの勘が当たっていて、霊峰の山頂にある祭壇に嵌めることで、魔王を倒すことができる手段が手に入ると考えるなら、世界のためにも渡すべきなんだろうが、これは推測でしかない。
根拠となるのは、説明文にあった、七つ集めたら……、という文言だけであり、しかもそれは普通の人には見えないものだ。
【鑑定】のスキルを持っている人なら見ることはできるかもしれないが、あの文言は恐らく俺達だけに見えるものな気がするし、見せるだけ無駄だろう。
仮に、他の人も見えるとしても、だからどうしたって感じだしね。
もっと言うなら、俺達が別世界からやってきた、魔王を倒すための戦士、って言うのも信じられる材料はほとんどないし、ショコラさんが特別なだけで、他の人達はすぐには信じてくれないだろう。
だから、普通の方法ではとてもじゃないけど譲渡してくれるとは思えない。
「それはお金を払ったら譲ってくれるものなの?」
「無理だろうな。一般の研究者ならともかく、ログレスは金にはそこまで困っていない。いくら金を積まれても、譲りはしないだろう」
「なら、どうやったら譲ってくれるの?」
「そうだな……管理者も結局は研究者だ。興味の惹かれる情報と引き換えなら、あるいは頷いてくれるかもしれんぞ」
「興味の惹かれる情報……」
情報と言っても、渡せるものあるだろうか?
一応、今ショコラさんに話したような内容を再び話すということはできるけど、それだけで渡してくれるとはちょっと思えないんだけど……。
そもそも、俺達の話を全部信じるとしても、わかるのは魔王についてのちょっとした考察くらい。
そりゃ、魔王に協力者がいて、それが転移者だったとか、時代の粛正は、実は洗脳された転移者によって起こったものだとか、今までの定説を覆すような内容ではあるけど、証拠として示せる根拠がないという。
オールドさんが通信に応じてくれれば、もしかしたら多少の証拠にはなるかもしれないけど、出ない時の方が多いし。
「例えば、君のスキルを披露してあげるというのはどうだろうか」
「スキルを、なの?」
ショコラさんの提案に、思わず首を傾げる。
まあ、スキルを披露するくらいは別に構わないけど、それが何の役に立つんだろうか。
「知っていると思うが、今の時代で一般的に使われているスキルと、昔使われていたスキルは形態が異なる。今の時代で使われているスキルは、ある程度の柔軟性はあるが、威力に乏しい。スキルレベルが低ければ、そこらの魔物すらも倒せないほどに」
「まあ、そうなの」
「それに引き換え、昔使われていたスキルは、ダイナミックなものが多かった。それこそ、一人で一軍に匹敵するような者も数多くいた」
確かに、昔はクラスも普通に存在していて、スキルも俺達と同じようなスキルを使えていたと思われる。
それと比べると、今の時代のスキルはかなり出力が低い。
一応、【土魔法】で土や岩を様々な形に成型できるように、柔軟性はあるが、魔物を相手にするには少々心もとない威力のものも多い。
それは、自分でスキルを使っているとよくわかる。【アローレイン】とか、チートもいいところだよね。
「過去のスキルを使える者は今ではそうはいない。では、それを使える者が現れれば?」
「……興味を持つ?」
「そうだ。君達の持つスキルについて研究させてもらえるなら、彼らも納得するのではないかね」
「なるほど……」
言われてみれば、俺達のスキルは今ではもう見ることもできないようなものばかりなのだ。研究者ならば、その重要性に気づいてもおかしくはない。
研究対象にされるって言うのはちょっと気が進まないけど、それでスターコアを手に入れられるなら、ありなのかな。
「でもそれって、絶対すぐには離してくれないよね?」
頷きそうになったところで、サクラが口を挟む。
その問いに、ショコラさんはにやりと口角を吊り上げて答えた。
「それはそうだろう。今まで再現したくてもできなかったスキルを研究できるのだ、徹底的に研究するに決まってる。当然、研究が完了するまでは、君達にはこの町にいてもらうことになるだろうね」
「それはどれくらい?」
「さあ? 一年か、五年か、はたまた十年か」
「長すぎるの!」
ただでさえ、これから探さなきゃいけないものがたくさんあるのに、ここでそんなに足止めを食らっている暇はない。
というか、そんなに経ってたら、どこかのタイミングで魔王が復活してもおかしくないし、研究に付き合ってたせいで間に合いませんでしたじゃ困る。
一応、約束だけしておいて残り二つのスターコアを自力で探し出し、最後の一つとして回収するという手もあるが、その場合、約束を守れない可能性が出てくる。
別に、いずれは元の世界に帰るのだからそれでもいいのかもしれないが、騙し討ちのようなことはあまりしたくない。
すぐそこにあるのに、取るのがなかなか難しい。どうしたものか。
「長居ができないというなら、こういうのはどうだろう?」
そう言って、ショコラさんが次に示したのは、研究のお手伝いだった。
お手伝いと言っても、助手として研究を手伝うというわけではない。では何かというと、研究対象を見つけてくるというものだ。
ログレスの町では、様々なものについて研究をしている。それは植物だったり、鉱石だったり、動物だったり、分野は様々だ。
しかし、中には金を払ってもなかなか手に入らないものもあるようで、そのせいで研究がストップしているというものもある。
だから、それらを持ってきてくれるのなら、もしかしたらという話だった。
「もちろん、スターコアはとても貴重なものだ。大抵のものでは釣り合いが取れん。だから、せいぜい貸し出す程度にはなると思うが、君達にはそれでも十分だろう?」
「それは、まあ……」
本当なら譲渡がいいが、貸し出してくれるだけでも、神様と交信したり、霊峰に持っていくくらいはできるだろう。その後、きちんと返すことができれば、問題はないと言える。
……まあ、スターコアは消費アイテムだから、魔力を使いきった時にちゃんと残っているのかは知らないが。
その時は、もう一つスターコア見つけてごめんなさいするしかないかな。あるいは弁償するしかないね。
「話は私がつけておこう。この話に乗る気はあるかね?」
「まあ、それでスターコアが手に入るなら」
「よろしい」
いったい何を要求されるかはわからないが、あまり無茶なものでないことを祈る。
そんなことを考えながら、ショコラさんの手を取った。
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