第五十話:戦闘準備
デスマンティスは虫系の魔物であり、『スターダストファンタジー』の時と同じなら弱点は火属性に土属性、それに打撃属性となる。
冒険者レベルにして10前後の者が相手にする魔物なので中々体力が多く、弱点を攻めないと割と時間がかかる。まあ、『スターダストファンタジー』では大抵の場合は魔法は一属性を強化していく形になるので火や土を選んでいなければ撃てないし、武器に関しても多くの場合は剣や斧などの斬撃属性武器が多いので弱点を付けることはあまりない。なので、そういう意味で中ボス扱いされることはある。
俺が使用する弓は射撃属性。で、一応武器には雷属性を付与できる効果があるが、どちらにしろ弱点を攻めることはできない。だから、普通にやるなら単純な火力の勝負になる。
しかし、今回はルミナスさんの協力がある。
なんでも、ルミナスさんはこの化け物を一人でどうにかするために色々と罠を用意したらしい。
実際に見せてもらったが、動きを制限するための有刺鉄線に飛ぶのを防ぐための結界を張る魔道具、それに遠くから攻撃するための投石機など、割と役に立ちそうなアイテムが揃っていた。
特に投石器で投げられた石は打撃属性となるだろうから有効な攻撃となる。出現場所はこちらで指定できるので、有刺鉄線を張り巡らせた結界の中に召喚してやれば攻撃し放題となるだろう。
ただ、結界は本来外からの攻撃を防ぐためのものなので結界の外から攻撃することはできず、投石器もそれを装填する俺達も結界の中に入らなくてはならない。なので、完全に安全圏から攻撃するというのは不可能だ。
俺としても、弓の射程を生かせなくなるのでちょっと難しい。投石器にしてもそんな連射できるものでもないから、これはあくまで魔力が切れて魔法が使えなくなった時の保険になるだろう。
正直万全とは言い難い。善戦はできるかもしれないが、流石にルミナスさん一人では手に余るだろう。
かといって、悪とされている魔女であるルミナスさんに手を貸す人は少ないだろうし、仲間の魔女達を探そうにもどこに行ったかわからない。それに、いくら娘を助けるためとはいえ、一度村を滅ぼしてようやっと封印出来た魔物を解放しようなんて考えに賛同する人もいないだろう。結局、ルナサさんを助けるのなら一人でやるしかなかったのだ。
多分、ルミナスさん自身も勝てるとは思っていないんじゃないだろうか。最悪、ルナサさんだけ助けられれば自分は犠牲になってもいいと思っているのかもしれない。
母としてその気持ちは立派なものだと思うけど、残されるルナサさんのことを思うとそれはダメだ。それにデスマンティスが町を襲う可能性もあるし、やるなら倒すか最低でも封印し直さなくてはね。
「今から封印を解くって、そう簡単に封印は解けないよ?」
「魔力なら心配ないの。私が全部賄うの」
万全を期すならもっと手の込んだ罠を用意したり有利な地形を見つけたりするべきなんだろうけど、流石にそんなことをしていたら時間がかかりすぎる。
大丈夫だとは思うが、王様の身に何か起こらないとも限らないし、一刻も早く戻らなくてはならないのだ。やるなら早めの方がいい。
ルミナスさんに広くて暴れても大丈夫な場所はないかと聞き、森を出て平原の方へと向かう。
ここは魔物が多く出る関係で人気があまりなく、障害物もあまりないため戦うには最適な場所だ。失敗して逃げられた場合でも、町はルミナスの森を挟んで反対側だし、他の方向もしばらくは平原が広がっているため被害は出にくい、はず。
まあ、もちろん逃がす気はないけど。
「全部賄うって、一年がかりでも解けなかった封印だよ? 獣人は魔力が少ないと聞くし、流石に無理があると思うんだけど」
「いいからいいから。まずはトラップを設置するの」
聞き耳を立てて周囲に人の気配がないかを確認する。何匹か魔物はいるようだけど、幸いにして人の気配はない。これなら、目撃されることはないだろう。
さて、戦闘中に横やりを入れられても困るし、この辺り一帯の魔物を少し狩ってしまおうか。腰につけた矢筒から矢を取り出し、弓につがえる。
【アローレイン】
天に向かって撃ちだした矢は幾本もの矢の雨となって周囲の魔物に降り注いだ。
適当に放っただけの攻撃ではあるけど、この範囲攻撃から逃れられることはほぼ不可能。【イーグルアイ】で確認してみれば、大量の魔物が転がっていた。
……うん。思えば魔物を倒すのにも抵抗がなくなってきたものだ。以前は攻撃されたから仕方なくと言った感じだったのに、今や魔物だからいいやって感じで軽々しく命を奪ってしまっている。
もちろん、この世界では魔物は悪とされているし、人を襲うから倒さなければならない相手ではあるんだけど、やはり心が痛む。
せめて、倒した魔物はちゃんと回収して資源として活用しよう。何の意味もなく倒されたのでは魔物も浮かばれないだろうし。
「い、今のは……」
「ほら、とりあえず【土魔法】で支柱を立てるの。それで有刺鉄線を張り巡らせるの」
と言っても、そこは熟練冒険者のアリスの事。特にさしたる哀愁を覚えることもなく、てきぱきとルミナスさんに指示を飛ばしてしまう。
ルミナスさんは【アローレイン】に驚きつつも言われた通りに支柱を作り、それに有刺鉄線を張り巡らせていった。
「こりゃ、思った以上に頼もしい助っ人かもしれないね……」
「投石器は四方に設置しておくの。弾の石も近くに置いておくから魔力が切れたらそれを使うの」
「あ、ああ、わかったよ」
投石器に関しては【収納】に入れて持ってきている。ついでに言うならルミナスさんが作った回復薬も数本入れているので万が一魔法が使えなくなったとしても回復はできそうだ。
まあ、元々俺は弓がメインだし魔法は使わないんだが。
魔女の扱いを考えると魔法は忌避されるものなのかと思わなくもないけど、それにしては普通の魔術師もいるらしいしでよくわからない。
多分、禁忌魔法みたいなものがあって、それを使っている疑いがある魔女はダメで、ちゃんとした真っ当な魔法しか使っていない魔術師はオッケーってことなのかね。
確かに、魔女はいつまでも若々しい姿のままらしいから時止めとか若返りとかの魔法を使っていそうではあるけど。
もし本当にそういう魔法があるとしたら実質的な不老だし、確かに危険視されるのもわからなくはない。もしかしたら、使うには生贄が必要とか言う類の物かもしれないしな。ルミナスの森に入った人は戻ってこないというし。
「さて、これで準備はできたの」
今のところルミナスさんが用意できうる最高の状態での環境が整った。
後は結界の中心で封印を解き、デスマンティスを出現させればいつでも戦うことが出来る。
『スターダストファンタジー』であれば今のレベルであれば余裕で倒せる相手ではあるけど、この世界はゲームのようで微妙に違う世界、万が一ということもあるし気を引き締めておかないと。
「ルミナスさん、準備はいいの?」
「ああ、いつでも構わないよ。でも、本当にすぐに封印が解けるのかい?」
「まあ、見ていればわかるの」
俺はルミナスさんから例の黒い箱を受け取り、魔力を流していく。
巨大種だからなのか、封印という形だからかは知らないが、確かに尋常じゃない量の魔力が必要になっているようだ。
だが、俺に魔力切れという概念はない。要求されるがままに魔力を流し続けていくと、次第に黒い箱から黒い靄のようなものが零れ始める。
あと一息ってところか。俺はラストスパートと言わんがばかりに一気に魔力を込めた。
「ッ! 来るの!」
黒い箱を放り投げると、その瞬間黒い箱から大量の靄が溢れ出し、視界を覆った。
靄が晴れると、そこには見上げるほど巨大な黒色のカマキリの姿があった。
感想ありがとうございます。
 




