第四百八十一話:ログレスの再興
「さて、色々話してくれたようだし、助手としてチェーンライブラリーに同行することは許可しよう。有意義な情報を感謝する」
「まあ、満足してくれたならよかったの」
「だが、その前に少し、私の話もしておこう。私も、歴史研究家として多少は詳しいのでね」
ショコラさんは、新しくお茶を入れ直すと、一口飲んで唇を湿らせた。
「まず、私は万能の研究家と呼ばれているが、私自身が優秀だからそう呼ばれているわけではない。いや、私が優秀なのは確かだが、多くの人々が私をそう呼ぶ理由は他にある」
「どんな理由なの?」
「そこで君達に問うが、君達は賢者の弟子ティラミスのことは知っているかな?」
知っているも何も、この町の英雄ではないだろうか。
いや、正確には幼賢者ティラミスが英雄とされていたのは昔存在したログレスではあるけど、この町にもティラミスの石像があちこちにあったし、ログレスの名前からしても、昔のログレスの町を意識していることは間違いない。
年齢的に、すでに亡くなってはいるだろうが、生きていたならぜひとも会って話をしてみたかった存在である。
「知ってるけど、それが何なの?」
「ティラミスはログレスという町を発展させた英雄だった。町の住人達は、彼がいればこの町は安泰だと信じて疑わなかった。しかし、それは長くは続かなかったのはわかるだろう?」
「……時代の粛正なの?」
「その通り。まあ、百年近くは安泰だったのだから、当時の人々からしたらそこまで間違ってもいなかったんだろうが、それでも終わりを迎えてしまった」
確かに、考えてみればそうだよな。
ログレスの町があったのは、時代の粛正が起こる前の話である。その時代に発展したのであれば、時代の粛正と共に滅びているのは当たり前のことである。
「ティラミスももちろん、粛正の魔王に立ち向かった一人だ。彼は賢者の名代として、立ち向かわざるを得なかった。だが、腕利きの冒険者や、強大な力を持つドラゴンが手を貸しても倒せなかった相手を、ただの賢者の弟子が倒せるはずもない。ティラミスは初めから、ここが自分の死に場所だとわかっていたことだろう」
「まあ、そう考えられるの」
「だからこそ、ティラミスは保険をかけた。自分がいなくなった後、ログレスの町がたとえ滅びても再興できるように、子孫を残していた」
「子孫……」
まあ、それだけ凄い人だったのなら、結婚くらいはしているだろう。子孫が残っていても不思議はない。
「だが、彼は一つ過ちを犯した。賢者の名代として、何としてでもログレスの町を守らねば、再興せねばと考えた結果、子孫には何としてでも生き残ってもらう必要があった。だが、たとえ地下室だろうが山奥だろうが、粛正の魔王に目をつけられれば一巻の終わり。だからこそ、彼は自分の子供に呪いをかけたのさ」
「の、呪い?」
「目的を成し遂げるまで、死ぬことを許さない呪い。老いを止め、時間を止め、ログレスの英雄としてあり続けるがための呪い。まあ、一般的には不老不死の呪いなんて呼ばれているね」
不老不死に関しては、一応この世界にもないことはない。
例えば、魔女なんかは不老不死に似たことをできる。不死ではないかもしれないけど、ある一定の年齢から老いることがないから、寿命で亡くなることはほとんどない。
それに、アンデッドなども一部は不死の能力を持っている。
優秀な錬金術師なら、不老不死の霊薬とかを作れてもおかしくはないし、それが存在すること自体は疑問はない。
ただ、呪いと言われると、いいものとは思えない。そんな話をするってことは、もしかしてショコラさんって……。
「ここまで言えば察することはできるだろう。私こそが、その子孫なのさ。ログレスという町を再興させるためだけに生かされた、当時10歳の子供だね」
「……」
まさか、そんな重い過去があるとは思わなかった。
いや、確かにショコラって名前からしてティラミスと関係ありそうっちゃありそうだったけど、まさか子孫で、しかも話を聞く限り、時代の粛正を生き残り、三千年以上もの間生き続けてきたって考えると、理解が追い付かなくなる。
当時10歳ってことは、アリスよりも年下だし、賢者の子供としてある程度は英才教育受けてそうだけど、それでも一人で町を再興するなんて無茶が過ぎる。
例えば、戦争で負けて、少しずつ町を復興させていくって言うならまだしも、何もかも破壊されて、更地しかないような状態から再興するって考えたら、もう不可能だろう。
それは再興というよりは、新たな町を作るという感じになると思う。
明らかに、子供に背負わせていいようなことではない。
「ティラミスの目的は、自分が没した後も、ログレスの町が繁栄すること。それが、賢者に与えられた役割だったからだろう。だから、私は必死に町を再興しようとした。少ない人を集め、少ない物資をかき集め、長い時をかけて、何度も作り直そうとした」
「でも、だめだった?」
「その通り。いや、わかっていたとも。時代の粛正を受けた直後に町なんかできるわけがない。仮に建物をどうにかできたとしても、住む人がいないのだから」
そりゃそうだよね。仮に、数少ない生き残りを集めて町に住まわせたとしても、それだけでは再興できたとは言えないだろう。
少なくとも、以前のログレスの町と同等か、それ以上にならなければいけないのだから。
何もかもなくなった直後で、それをするのは不可能だろう。
「時が経ち、残った人々でどうにか子孫を繫栄させて、人が増え、町ができ、国ができ、再び世界に人が溢れるようになった。そこまで来て、私はようやく目的を達成することができた」
「じゃあ、このログレスの町は、ショコラさんが作ったの?」
「そうなる。人々が私を称えるのは、この偉大な町を作り上げた功績を称えているのだ。まあ、正確には、私の先祖が作った、と思っているだろうがね」
「まあ、普通はそんなに生きてるなんて思わないの」
このログレスの町がいつできたのかはわからないが、普通に考えれば、ショコラさんが作ったとは思わないだろう。せいぜい、その先祖が作ったと思うのが普通である。
でも、それでもショコラさんはログレスの町を見事再興させた。これだけの規模なら、以前のログレスの町とも遜色ないんじゃないだろうか?
「じゃあ、今のショコラさんは呪いは解けているの?」
「それが、そうとも言い難い」
「というと?」
「ティラミスの目的はログレスの町を再興させることだったが、以前あったログレスの町と、このログレスの町の場所が違うことは知っているかな?」
「ああ、そういえば」
地形が変わっているところも多いから詳しくはわからないけど、少なくともここではなかったと思っていた。
「私は結局、ログレスの町があった場所で再興することはできなかった。私が手をこまねいている間に、そこは魔物の巣窟となり、近づくことは困難になってしまった」
「でも、ログレスの町はここにあるの」
「確かにここはログレスの町だ。しかし、ログレスという名前であって、以前のログレスの町ではない。それはつまり、再興できたとは言えないようだ」
「……ということは、今でも死ねないってことなの?」
「そういうことになる」
なんというか、それはあんまりじゃないだろうか?
そもそも、再興というのは、元となるものが多少なりとも残っていないと無理だ。何もない場所に一から作ったなら、それは再興ではないのだから。
だから、ログレスの町が跡形もなくなくなってしまった時点で、その呪いは解けることのない永遠の呪いになってしまった。
まあ、最悪ログレスの町があった場所に再び町を作ればいけたのかもしれないが、魔物の巣窟となっている場所に一から町を作るのは難しいだろう。
その結果、別の場所にログレスを作ったら、それはダメだと言われてしまったというわけだ。
こんなにも立派な町を作り上げたのに、それではだめだと突っぱねるなんて、いくら子孫相手とはいえ酷くないか?
これじゃあ、ショコラさんはいつまで経っても死ねないし、成長もできない。
俺はショコラさんの心境を察して、顔を曇らせた。
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