第四百八十話:研究所にて
研究所は、かなり大きな場所だった。
町の中心地にほど近く、外装も立派だから、元からショコラさんは凄い人物だったのかもしれない。
あるいは、ショコラさんの親が凄い研究者だったのかもしれないけどね。
様々な分野に手を出しているのは本当らしく、色々とそれっぽい設備が揃っている。俺からしたら何に使うかさっぱりだけど、まあ多分研究に使うんだろう。
ショコラさんは応接室に俺達を招き入れると、ソファに座るように促した。
「さて、では一つずつやっていこう。まずはレキサイト殿、君からだ」
「いや、先にアリス君の方の用件を片付けてくれて構わない。発表まではまだ時間があるし、私もアリス君の話は興味があるのでね」
「ふむ、そういうことなら先にそちらを済ませるとしよう」
慣れた手つきでお茶を入れ、俺達にふるまうと、ショコラさんもソファに腰かける。
背が小さいせいか、足が床から離れてプラプラしているのがちょっと面白い。
まあ、俺もあんまり人のこと言えないんだけどね。
「図書館に行ったのであれば、ある程度のことは把握しているだろう。昔にあったスキルと今のスキルが違うことや、職業クラスというものの存在など、事前知識は得られていると思っていいね?」
「うん」
「その上で、君はドラゴンやら幻獣やらに話を聞いたと言っている。いや、口に出すと面白いな。ドラゴンや幻獣と話すなど、今では夢物語と言われるだろうに」
「そんなに変なことなの?」
「もちろんだとも。まず、君は図書館である程度の知識を身に着けたが、それはあくまで答え合わせでしかなく、その情報はそれらの超自然的な存在から得たものだと言った。これだけでも、誇っていいレベルだね」
本来、この世界の人達が三千年以前のことを知る術はほとんどないらしい。
老人とかなら、ある程度知識を持っているかもしれないが、そもそも三千年前の時代の粛正に書かれた本自体が少なく、たとえ貴族であっても、それを読むのは難しい。
ヘスティアにあった本はそれなりに詳しく書かれていたようだが、それだけで真実だと気づくのは無理がある。
それを、ドラゴンや幻獣から話を聞くことにより、限りなく真実だと気づくことができた。これが凄いことだ。
なにせ、ドラゴンも幻獣も、現在はただお目にかかるだけでも難しい存在である。仮に会えたとしても、そのほとんどは魔物と同じで敵対的であり、話をする暇などないだろう。
というか、話をしようという考えに至ることすらできないかもしれない。魔物は会話が通じないのが通説だからだ。
だからこそ、凄いと言っているのである。
「過去にはドラゴンも幻獣も、神聖な生き物として祭り上げられていた時もあったようだが、今ではそれも物語の中のことでしかない。彼らと会話し、生きて帰ってきただけでも相当な功績だ。私でなければ、嘘だと判断され、鼻で笑われていたことだろうね」
「ショコラさんは信じてくれるの?」
「私の場合、実際にそういうことがあると知っているからね。私もドラゴンと一度会話したことがある」
「おおー」
実際にあることだとわかっていたからこそ、信じられたってことか。
だとしたら、そんな話をホイホイ話したのは凄い綱渡りだったんだね。
下手をしたら、何を馬鹿なことをと笑われて突っぱねられていたかもしれないってことだし。
というか、ショコラさんも普通に凄いな? ドラゴンがアウラムかは知らないけど、話したことがある人が他にもいるとは思わなかった。
「彼らは何と言っていたのか、聞かせてもらってもいいかな?」
「あ、うん、話すの」
俺は言っていたことを話す。
と言っても、ほとんどはあの図書館にもあったような内容だ。
もちろん、ドラゴンが粛正の魔王をどうにかできる存在を待っていたとか、幻獣も戦いに参加していたとか、そういうことは書かれていなかったけど、資料の欠片から、推察することくらいはできただろう。
だから、ショコラさんにとっては特に目新しい情報はないかと思っていたけど、ショコラさんは凄く真剣に聞いてくれた。
「……なるほど。粛正の魔王を倒すため、人族だけでなく、多くの種族が参加した。当時の戦力を考えれば、いくら魔王でも十分に討伐は可能だとも思えるが、それでも無理だった」
「粛正の魔王は特別なの。あんなの、真正面から戦おうとする方が間違ってるの」
魔王は他にも色々いるが、粛正の魔王だけは別格である。
他の魔王と違って、戦うことを想定されていないのだから当然だけど。
対抗できる存在がいるとすれば、それは神様だろうけど、神様もやられてしまったというし、本当に対抗できる人はいなかったのかもしれない。
「ほう、まるで粛正の魔王について詳しく知っているような口ぶりだな?」
「あ、いや、なんとなく、そう思っただけなの」
「隠さなくてもいい。君は何か確信をもって粛正の魔王の情報を知っている。目を見れば、それくらいのことはわかるさ」
「えぇ……」
ある程度話すとは決めていたけど、流石に粛正の魔王について詳しく知っているとばれるのはどうなんだろうか。
わかっていることは、今の数十倍はあったであろう戦力をもってしても倒せないほどの化け物だったというくらいで、どんな容姿だったのかも、どんなスキルを持っていたのかもわかっていない。
それを、たとえ一部だけだったとしても知っていると思われるのは、果たしていいことなんだろうか?
どう考えても、厄介ごとの種にしかならなそうだけど……。
「案ずるな。私はただ単に、知識欲のために聞いているに過ぎない。その話を聞いたからと言って、君に強引に交渉を迫る気はないし、その情報を使って悪だくみをする気もない。安心して話すといい」
「そうは言われましても……」
「まあ、話したくないなら無理にとは言わないが、その場合、チェーンライブラリーに連れていくことはできないな」
「……それは強引な交渉じゃないの?」
「これはただの見返りの要求に過ぎない。これに関しては君も同意していたし、咎められるいわれはないな」
「そう……」
まあ、間違っちゃいないけど、なんか複雑な気分である。
仕方ない、少し話してしまおうか。すでに相手は確信を持っているようだし、今更隠し事しようとしても意味がなさそうだ。
そう思って、俺は粛正の魔王について少し話す。もちろん、全部は言わないよ。全部言ってもいいけど、そこまで行くと、なんでそんなこと知ってるんだという話になるし。
と言っても、少し話すだけでもそうなる可能性はあるんだけど。
最悪、これもエキドナとかが話していたで誤魔化すしかないけど、どうなるかな。
「……ふむ。長らく粛正の魔王については謎ばかりで、研究者達も頭を悩ませていたが、それがこうも簡単に神秘のベールがはがれるとは。情報のソースを整理する必要はあるが、もしそれが本当だとしたら、かなりの功績だろう」
「は、はぁ……」
「まあ、その様子を見るに、情報のソースをはっきりさせることは不可能に近いようだがね。そもそも、ドラゴンやら幻獣やらが言っていた、では誰も納得しないだろうし、これを学会に提出することはできないだろう。時が来るまでは、その話は私の胸の中だけにしまっておくことになる。安心するといい」
「それは安心と言っていいの?」
「実際に幻獣などと話せることが証明できるまではな。まあ、むこう数百年は安泰だろう」
「それならいいけど……」
なんか、この人と一緒にいるとすべてを丸裸にされそうで怖いんだけど……。
そのうち、俺達は魔王を倒すために神様から呼び出された戦士なんだ、とかまで言わされそうで緊張する。
まあ、それに関してはこの世界のためでもあるんだし、別に隠すようなことでもないのかもしれないけどね。
俺は何となく居心地の悪さを感じながら、ショコラさんのことを見ていた。
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