第四百七十九話:万能の研究家
男の子だと思っていたけど、どうやらショコラさんはホビットらしく、すでに成人しているらしい。
白衣を着ているのは、研究者に憧れているわけではなく、本物の研究者だったようだ。
いや、騙された。ホビットに関しては、シリウスがそうだから見慣れているんだけど、ショコラさんはシリウスよりもさらに小さい。これで成人しているって言われても、すぐに信じるのは無理があるだろう。
子供扱いしたことを詫びると、ショコラさんはいつものことだから気にするなと軽く手を振って許してくれた。
「それで、レキサイト殿、彼女らとはいったいどういう関係なのかな?」
「簡単に言えば、恩人だろうか。私がオリハルコンを見つけられたのは、彼女のおかげなのでね」
「ほう、そういう縁か。オリハルコン自体はこの町ではそう珍しいものでものでもないが、他の場所ではそれなりに貴重なものに変わりはない。オリハルコンをものにできたことを感謝するべきだろう」
「もちろん感謝はしているとも。アリス君、以前は隕石を譲ってくれてありがとう」
「いや、まあ、こっちも目的のものを探してただけだから、問題はないの」
話し方を聞いている限り、本当に成人しているんだなと思う。
見た目はめちゃくちゃ童顔なのに、声は何となく渋くて、目をつぶって聞いていれば大人と話しているように聞こえるかもしれない。
シリウスも、このまま大人になったらこんな感じになるんだろうか。それはそれで見てみたいけど。
「しかし、レキサイト殿。話を聞く限り、君の発見した内容は、この町ではごくありふれたものだ。すでに同様の研究結果は上げられ、本も書かれているぞ」
「え、そうなのかい? 素晴らしい研究成果だから、ぜひとも研究者の本場であるログレスで発表してほしいと頼まれたのだが……」
「思うに、その人物は君にこのログレスで研究者として働いてほしいと思ったのではないか? ここと同様の研究結果を得られたということは、君がかなり優秀だったという証明でもあるのだから」
「なるほど、そういう意図が……。これは褒められているのか、貶されているのか、どっちと取ればいいのかね?」
「私としては褒めているつもりだが、この研究結果を自信満々に発表したら多少は笑われるだろうな」
「複雑だね」
レキサイトさんは、隕石に含まれていたオリハルコンを調べることによって、その研究成果を発表してほしいとこのログレスを訪れた。
しかし、ログレスにとってはその程度の研究成果は当たり前で、そこまで誇るようなことでもないらしい。
ログレスという研究設備が充実している場所と同等の成果を得られたのは、ひとえにレキサイトさんの優秀さのおかげだが、レキサイトさんをここに送った人物の目的は発表することよりも、ログレスという研究設備が整った場所で、より精度の高い研究をして欲しいという願いがあったのかもしれない。
なんというか、回りくどくないかな?
レキサイトさんのことを見込んでここに送り出したのなら、それなりに評価はしているんだろうけど、だからと言っていきなりエリート集団の中に突っ込ませるのはどうなんだろうか。
学力がそこそこの小学校で学年一位だったから、次通う中学校はエリートの集う進学校にしようと言っているようなものである。
いくら優秀でも、同じく優秀な集まりの中に入ったら相対的に平凡に見えてしまうだろうし、それは本人にとってもやる気がなくなることだと思うんだけどな。
何事も、ほどほどが一番だと思う。身の丈に合った場所に行くのが一番いい。
「まあ、そのまま発表して馬鹿にされるのも癪だろうから、質問対策に、ある程度のことは教えておこう。私は君のことが気に入ったし、ここで下っ端研究員としてこき使われるのも、君がここを悪く思って元の場所に帰ってしまうことも望まない。もしよければ、私の研究所に来るかね?」
「それは願ってもないことではあるが、ショコラ君は一体何の研究者なんだ?」
「ふむ。私自身は、歴史研究家だと自負しているが、周りからは万能の研究家とも呼ばれている。まあ、ある程度であれば、どんな分野のことも話せるだろう」
「なるほど……ログレスには凄い研究者もいるものだね」
「私は例外だと思うがね」
「歴史研究家……」
歴史研究家は、今探している人物である。
なんだか凄い肩書も持っているようだし、そこまで凄い人ならチェーンライブラリーを閲覧する権限くらい持っていそうだ。
思わぬところで目的の人物が見つかったな。
「あの、ちょっといいの?」
「ん? なんだい?」
「実は……」
俺は自分の目的を話す。
あのチェーンライブラリーに三千年前の事件が書かれているかは不明だが、貴重な資料であることは間違いないし、載っている可能性は高いだろう。
もし、チェーンライブラリーに入れなくても、ショコラさんなら何か知っていそうな気もするし、その話が聞けるだけでもありがたい。
そう思って聞いてみたんだけど、ショコラさんはしばし腕を組んで考えた後、淡々とした口調で答えた。
「確かに、三千年前の時代の粛正を調べるのであれば、あのチェーンライブラリーは役に立つだろう。私なら、あの場所に自由に出入りすることができるし、私の助手として入るのであれば、連れていくことも吝かではない」
「じゃ、じゃあ……」
「ただし、当然ではあるが、見返りを要求する。知識を欲する者達にそれを与えるのも私の務めではあるが、私にも生活があるのでね。タダというわけにはいかない」
「……お、おいくらなの?」
「別に金でなくても構わない。さっきの話を聞く限り、君はどうやら色々と珍しい者達から情報を仕入れたようだ。その話をしてくれるのであれば、君達を助手として迎えよう。どうかね?」
確かに、ここに来た経緯にエキドナとかのこともぼかしつつ伝えたけど、それを聞きたがるのか。
やっぱり、研究者ってみんなこんな感じなのかな?
お金だったら楽だったけど、まあ話すだけでいいならコスパ的にはこちらの方が断然いい。
俺はその問いに頷くと、ショコラさんは満足げに笑みを浮かべた。
「さて、では場所を変えるとしよう。こんなところでは落ち着いて話もできないしな」
そう言って、すたすたと歩き始める。少し進んだところで振り返ると、早く来いとばかりに手招きした。
「レキサイト殿、君も来るがいい。約束もあることだし、私の研究所に案内しよう」
「おお、それはありがたい。てっきり、忘れられたのかと思っていたよ」
「忘れるものか。確かにアリス殿の話は興味をそそられるが、今のところ、優先順位は君の方が上だよ」
「感謝する」
それにしても、ショコラさんはよっぽどレキサイトさんのことを気に入ったようだ。
俺にはしっかり見返りを要求したのに、レキサイトさんには無償でやるつもりだったようだしね。
何が琴線に触れたのかはわからないけど、万能の研究家とまで呼ばれる人に気に入られたのなら、レキサイトさんも本望だろう。
冴えないおじさんではあるけど、成功してくれて何よりである。
そんなことを考えながら、ショコラさんの後をついていった。
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