第四百七十三話:国について憂う
「まあ、そういうわけですので、まだ確証がないんですよ」
「なるほど」
確かに、なんとなく神様の雰囲気が違う程度で気になると言ってもへぇ、としか思わないだろう。
一応、カインやイグルンさんが気にしているという点では多少なりとも信憑性というか、気にするに値するものなのではないかという気もするけど、だからと言ってそれを知る術もない。
イグルンさんの口ぶりからして、恐らく三千年より以前はちゃんと多神教だったように思える。それが、なぜか一神教になっているところを見ると、神様に関する正確な情報はもうほとんど残っていないんだろうと推察できる。
神様自身も、三千年の間ほとんど動けなかったらしいし、その間に地上に干渉できる神様が限られていたせいもあるかもしれないね。
「ちょっと気になっている程度ですから、アリス様が気にする必要はないかと思います」
「まあ、今は頭の片隅にでも覚えておくだけにするの」
何か調べる術が手に入ったなら調べてみるのもいいかもしれないが、今のところはそれもないし、気にするだけ無駄だろう。
これから行くログレスの町では様々な資料が揃っているようだから、もしかしたら神様についての資料も残っているかもしれないけど、そう都合よく行くかな?
まあ、あったら調べるくらいの心づもりでいよう。
「話はそれだけですか?」
「まあ、それだけと言えばそれだけだけど、他には何かやってなかったの?」
「他に、ですか? いえ、特には」
「そ、そう。それならいいの」
純粋に調べ物をしていただけのようだし、ほっと一安心である。
いや、別にカインが何をしていようが構わないんだけどね? ただ、何も言わずに秘密にされているのが気になるだけで。
でも、その理由もわかったし、こちらから何か言う必要はないだろう。予定通り、明日にはログレスの町に出発だな。
「用件はそれだけなの。邪魔して悪かったの」
「いえいえ、私はクズハ様だけでなく、アリス様にも救われた身ですので。私にできることがあれば、何なりとおっしゃってください」
にっこりと微笑まれて、ちょっとたじろいでしまった。
何をやってるんだ俺は。こんなまっすぐな人の前で大人げない。
ちょっと顔を赤くしながら、家から去る。
どうにも、カインのことになると心がざわつく気がする。別に、普段はそこまででもないし、気にしないようにすれば無視できる程度のものだけど、カインにデートと言われてちょっと気が動転してしまったのかもしれない。
こんなことで心を乱すとは、冒険者として失格かもしれない。好きな人を守りたいなら、そういう時こそ冷静にならなくては。
「……ちょっと散歩でもするの」
心を落ち着けるために、ちょっと町をぶらつくことにした。
最近は、あまり町にも行かなくなったような気がする。
忙しかったというのもあるけど、そこまで用事がなかったというか、それよりも仲間になった人のことを気にかけていたというべきだろうか。
以前ならば、町の人々が何を求めているのか、生の声を聴くために赴くことも多かったけど、最近はある程度要望は通したつもりだし、俺のことで陰口を言う人も少なくなってきたので、わざわざ確認しに行く必要もなくなっていた。
今考えると、それは良くないことだったかもしれない。
いくら今が安定しているとはいっても、いくら整えたところでどこかで不満は出るものだし、例えば闘技大会一つとっても色々と改善点はあるだろう。
本当にいい国にしたいなら、人々の声は常によく聞くべきなのかもしれない。……俺がやることではないかもしれないが。
「へぇ、こんなところに新しい店ができたの」
久しぶりに町を歩いてみると、結構様変わりしていることもあった。
ヘスティア王国は、そこまでいい国ではないと思う。常に実力が重要視されるし、実力のない者はなかなか成り上がれない窮屈な国だと思う。
これに関しては、変えようと思っても変えることはできないだろう。もはや国民全体にしみ込んだルールであり、言うなれば国自体の設定のようなものだ。
そして、そんな実力が試される国に誰が来るかと言われると、よほど腕に自信のある冒険者とか、あるいは一攫千金を狙う商人とか、野心のある者ばかりである。
特に王都は力でも頭脳でも技術でも、質の高い人が揃っており、そこで新しい店を開くことは、かなりの冒険なのだ。
中途半端な実力では、たとえ他では通用するようなクオリティだとしても淘汰されてしまう。だから、新しい店ができていると思うと、ちょっと応援したくなるよね。
「私達がいなくなったら、この国はどうなるのかな」
別に、今までもファウストさんが長年統治し続けてきたのだから、俺がいなくなったらいなくなったで誰かが統治してくれるんだろうけど、なんとなく心配になる。
頼りになるナボリスさんだって、もう結構な年だし、俺がいなくなる頃にはもう働けなくなっている可能性もある。
冗談抜きで、ナボリスさんがいなくなったらこの国終わると思うんだよね。力はなくてもいいから、優れた頭脳を持つ人を見つけてあげないと、滅んでしまう気もする。
今のうちに後任を探しておくべきだろうか? なんだかんだ、俺も三年経ったらすぐにでもやめてやると思ったけど、結局続けているし、そのリソースを割けば宰相の後任を探すくらいはできる気はする。
まあ、ナボリスさん並みに頭のいい人がいるかどうかは知らないけど。
「考えすぎなの?」
なんだかんだ、世界は回るようにできている。
たとえ俺が動かなくても、どこからか後任が現れて、国を支えてくれるかもしれない。優れた王が現れて、国を統治してくれるかもしれない。
元々、この世界は俺の世界とは全く関係のない世界なのだ。魔王を倒さなければ帰れないというから頑張っているだけで、それ以外にこの世界を守る理由はない。
であれば、もし仮にこの国が滅んでも、何の問題もないのではないかとも思う。
……まあ、そういう問題じゃないことはわかっているんだけどね。
「私はカイン達が無事ならそれでいい。でも、もし我儘を言うなら、この世界も救われてほしいの」
時代の粛正なんて言う、文字通りの時代の終わりが何度も起こる世界なんて怖すぎる。
現実世界にも、氷河期やら隕石の落下やらで時代が終わったことはあっただろうけど、それは遥か昔の話だ。
魔王がいる限り、いつ時代の粛正が起こるかもわからないなんて言うものじゃない。
魔王を倒すことで、もう二度と時代の粛正が起こらないようになれば、それはこの世界にとって救いになるだろうか。
もしそうなら、魔王を倒す意味もある。俺達のやっていることは無駄じゃないと思える。
何となく、しんみりしてしまった。
私の使命は、第一にパーティのみんなを守ること、そして、第二に他の人達を助けることである。魔王討伐は、その次くらいの事項だ。
そんな先のことを考えるだけ無駄なのだから、自分のできることをすればいい。もちろん、ある程度の準備は必要だろうけどね。
そんなことを考えながら、適当に町をぶらつき、ある程度したところで城へと戻るのだった。
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