幕間:あの人は今
幻獣達の母、エキドナの視点です。
三千年前のあの日、外に出ていた多くの幻獣達はその命を散らせていった。
それが悪いこととは言わない。そうしなければ世界を守れないと、覚悟を決めて戦場に赴いていった子達を馬鹿と罵るつもりはないし、そうしなければ実際に人の世界は終わっていたことだろう。
勝つことはできないまでも、時間を稼ぐことはできた。それだけで、あの子達がやったことは意味があるものだったと誇りを持てる。
ただ、それでも寂しいのは確かで、いなくなってしまった種のことを思うと、胸が張り裂けそうな想いだった。
いくら私が幻獣達の母とは言っても、何の制限もなく生み続けられるわけではない。
種の繁栄は基本的にはその種族が行うものであり、私はその最初の一押しをする存在にすぎない。
オリジナルがいなくなった今、もう一度背中を押したい気持ちは山々だが、それはできない制約があった。だからこそ、もう二度とあの子達には会えないと思っていたのだ。
しかし、それは偶然にも舞い込んできた命によって覆された。
あの時、絶滅したと思われていたリヴァイアサン。その子供が、私の島を訪れたのである。
最初見た時は目を疑った。リヴァイアサンはもう絶滅したものだと思っていたし、何よりこんな小さな子供が人の世界に降りていたなんて思いもしなかったから。
この子は正真正銘、リヴァイアサンの最後の生き残りだろう。
本来なら、番がいなければ繁殖はできないが、生き残っているなら私が手を貸してあげられる。こんな小さな子に種の繁栄を望むのは少し早いかもしれないが、今すぐにでもしなければいつ死んでもおかしくない。
いくらリヴァイアサンが強力な種族とは言っても、子供では力などたかが知れているし、成長するまで待つにしても時間がかかりすぎる。
だから、多少強引でもする必要があった。
幸い、我が子は素直である。人の世界の穢れを少し払えば、すぐにでもできるだろう。
しかし、そうしたら、仲間だという獣人達が我が子を連れてやってきた。
フェニックス、不死鳥とも呼ばれる不死身の種族ではあるが、何度も死を体感するうちに命を投げ出してしまった子も少なくない。
獣人達はどうでもいいが、我が子を連れてきてくれたことだけは感謝しなければならないだろう。
それに、うまくすればこの島に馴染んで、新たな幻獣となってくれる可能性もある。
島の特性で変化する幻獣は厳密には幻獣ではなく、幻獣に見せかけたただの偽物ではあるけど、その機能は本物の幻獣にかなり近い。
私が手ほどきをしてやれば、幻獣の仲間として迎え入れても問題ないくらいには幻獣に近い存在になる。
我が子を連れてきた礼として、この島で安寧の暮らしを約束してもよかったのだけど、そうしたらリヴァイアサンを帰せと言ってきた。
仲間というのは本当のようで、恐らく、この子達が人の世界で見つけた新しい絆なのだろう。
確かに、リヴァイアサンもアリスがどうとか言っていたし、大切な人には違いないのかもしれない。
だったら余計に一緒にいた方がいいと思うのだけど、この島にはいたくないという我儘っぷり。
どのみち、長く滞在すればこの島にいなくちゃならないようになるとは思うけれど、この覚悟を見ていると、そうはいかないんだろうなと思った。
案の定、幻獣の姿に変わっても出ていく意思に変わりはなく、しかもせっかく穢れを取り除いたリヴァイアサンに記憶を戻せと言う始末。
何が違うのかよくわからないけれど、人の世界の人々は、その穢れを大事にするものなのかもしれない。
まあ、幸いにも種の繁栄には協力してくれたから、後は子供が生まれれば再び繁栄を目指すことはできる。
本当は、もっとこの島にいてほしいけれど、嫌がることを強制させるのもどうかと思ったし、何より幸せそうじゃない我が子を見るのはつらかった。
結局、卵が孵るまでの三週間ちょっとでいなくなってしまって、私としては寂しい限りである。
「それにしても、この島に人が訪れるのも久しぶりね」
元々、この島は人が入れるような島ではなかった。
私が結界を張っているというのもあるけれど、普段は目に見えないし、見えていたとしても周りには渦巻が発生しているから人の力では辿り着くのは難しい。
それに、昔は仮に入り込めたとしても、ただの高原が広がっているだけで、何のとりえもない島だった。
見つけにくく、入りにくく、入ってもうまみがない。そんな島に入りたがる人なんていない。
最後に人が来たのは、三千年前。粛正の魔王が現れ、世界を蹂躙してからしばらく経ってからのことだった。
「あの人は今頃どうしているかしらね」
あの時は、まさか人が入ってくるなんて思いもしなかった。
元々、この島は幻獣にとって、幻獣界へと続く出入り口であり、それ以上の意味を持たなかった。
だから、たまに幻獣が見られるって程度で、人には何の価値もない島だったはずである。
まあ、そのことを知っていれば、私達を崇めていた人達は来るかもしれないけれど、その事実すら知られていなかったでしょうしね。
もし来るとしたら、それは本当にただの偶然。いや、あの人はそんな何もない場所を求めていたのかもしれないけれど。
「この島がここまで豊かになったのはあの人のおかげでもあるし、お礼の一つくらいしたかったけれど、いつの間にかいなくなっていたし」
あの人は、この島に来てから数日はただ蹲っているだけだった。
弱っていたのかもしれないけど、助ける気にもなれなかった。
基本的に、この島に来る我が子達は好奇心旺盛な子が多いけれど、私だけはやられるわけにはいかない。私が居なくなってしまったら、幻獣という種そのものがなくなってしまうから。
だから、あの時は私は手を出さなかったし、子達にも手を出さないように言い含めていた。
しかし、しばらく観察していてもその姿は不憫で、このままでは死んでしまうのではないかと思わせるものだった。
邪悪な気配も感じたけれど、それでもこのまま死なれるのは寝覚めが悪い。だから、ちょっとだけ手助けをしたのだ。
と言っても、食料をちょっと目のつくところに置く程度だったけれど。
そうしたら、何とか動けるようになったみたいで、こちらに礼を言ってきた。
ばれないようにやったつもりだったのに、しっかりと把握されていたことにも驚いたが、少なくとも敵意はないということはわかったので、回復したら島を出るように言って、引きこもることにした。
それから数年、久しぶりに島に出てみると、島は様変わりしていた。
四季が生まれ、それぞれに対応した地形が生成され、島は豊かな自然を取り戻していた。
それはまるで、遥か昔に存在した、幻想郷のように。
あの人はお礼だと言っていたけれど、ここまでしてくれるとは思っていなかったので、面を食らってしまった。
そりゃ、ただの人ではないとは思っていたけど、まさかこんなことができるとは思わなかったから。
その後、その人は島を去って行ってしまい、島の管理は私に任されることになった。
管理と言っても、何もしなくても島は維持されているようで、何もすることはなかったけれど。
一体あの人は何者だったのか、今でも謎である。
「今もどこかで生きてくれているといいのだけどね」
人とは言ったけど、中身は明らかに人とは違う何かだったし、何事もなければ恐らく生きているだろう。
我が子から受け取ったリヴァイアサンの子を撫でながら、そんな昔のことを思い出していた。
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