第四十八話:魔女の願い
おばさんと自称する割にはその年はかなり若いように見える。帽子の下に覗く肌は白く、張りもある。印象的には20代前半ってところだろうか。
本当に魔女がいたということにも驚きだが、俺に気付かれずに背後に立つなんて結構な実力者なのではないだろうか?
俺は仮に集中していなくても人間よりかは遥かに耳がいい。足音を消すにしても、こんな森の中でそれをやるのは割と凄い技術だと思う。
「さて、君は何をしに来たのかな? それは私が育てている薬草なんだがね」
「え、あ、ごめんなさいなの。珍しい薬草だったから、つい……」
どうやら、ここに生えていた薬草はルミナスさんの所有物だったらしい。
別に柵も囲いもないし、どう見ても自然に生えているようにしか見えないけど、彼女の言うように、この森に隠居しているのなら庭のようなものだし、その中にある薬草は自分のものと言えるかもしれない。
俺はすぐに仕舞った薬草を差し出し、頭を下げた。
「ふむ、この森に入ってくるのは欲深な商人の手先だとか、私を討伐しようとする不届き者ばかりだったんだが、君はそいつらとは少し違うようだ。何か訳があるのかい? よければ話してくれないか」
「は、はいなの。実は……」
ルミナスさんは薬草を受け取ることはなかった。それどころか、俺の話を聞かせて欲しいという。
俺はある人を助けるために特殊な薬草が必要だということを話した。もちろん、それが王様ということは教えない。そこは守秘義務があるからな。
「なるほどね。その薬草って言うのは、もしかしてマンドレイクの事かい?」
「あ、うん、多分そうなの」
マンドレイク。通称絶叫草。
エリクサーを始めとして、数多くの薬の上位素材として用いられる少しレア度の高い薬草で、魔力に満ちた清らかな水辺に生える。引き抜くと悲鳴のような音を上げることから、それを聞いた者は死に至るなどと言われているが、実際には死ぬほどびっくりするだけで命に別状はない。
まあ、生えている場所の多くは人の手が入らない未開の地のことが多いため、びっくりして気絶し、そのまま魔物に襲われて帰らぬ人に、みたいな展開はよくあるからあながち間違いでもないが。
知っているということは、もしかして栽培してたりするのだろうか?
「それならいくつか持っているよ。魔法薬の材料に使うからねぇ」
「そ、それは譲ってもらうことはできるの?」
「ふむ、そうだねぇ……なら、少し手伝いをしてくれたら譲ってやってもいいよ」
「出来ることなら手伝うの。お願いしますなの」
マンドレイクは貴重ではあるが、そこまで飛びぬけてレア度が高いというわけでもない。
条件が揃った森なら、そこまで高い確率ではないとはいえ生えている可能性はあるし、うまくやれば栽培も可能だ。世界に一つしかないアイテムというわけではない。
だから、別にここで手伝わなかったとしても入手できる機会はあるだろう。だけど、せっかく譲ってくれるというのだから、少し手伝うくらいはやるべきだろう。内容にも依るだろうが、新たに森を探していくよりは簡単なはずだ。
俺が頭を下げると、ルミナスさんはにやりと口角を吊り上げた。
「よし、ならついておいで。私の家に案内するよ」
そう言って俺に背を向けて歩いていく。
どうやら手伝いのためには家に行かなくてはならないらしい。俺はその後を追いかけていった。
とはいえ、一定の警戒はしておく。なにせ、この森は不帰の森であり、その原因は森に住む魔女の仕業とされているのだ。
見た感じ悪い人には見えなかったが、家に着いた瞬間豹変する可能性もある。魔女というのだし、魔法を使われたら少し面倒なことになるかもしれない。
まあ、多分大丈夫だとは思うんだけど。
「ここが私の家だよ」
しばらく歩くと、森の中に小さなログハウスのようなものが姿を現した。
規模としては大きめの小屋って感じだが、割と造りはしっかりしている。外には魔法薬を作るのにでも使うのか大釜が置かれていて、魔女の家っぽさを感じるが、こういうのって普通中にあるもんじゃないのだろうか。
案内されるがままに中に入ると意外とまともで、一通りの家具が揃っていた。キッチンもある。
ここだけ見たら魔女の家とは思えないな。普通に街中にあってもおかしくなさそう。
「ああ、適当なところにかけて。今お茶を出すからねぇ」
着ていたローブを入り口近くのかけ棒にかけると、すぐにキッチンに引っ込んでいった。
少し緊張するが、言われるがままに椅子に腰を下ろししばし待つと、ティーセットを持ったルミナスさんがやってきた。
「ハーブティーだけどね、飲めるかい?」
「大丈夫なの」
茶の好みに関してはそこまでない。まあ、ハーブティーなんて飲んだことないが。
ハーブも栽培してるんだろうか、部屋の様子を見る限りなかなかに悠々自適な生活を送っているように見える。
念のため毒が入っていないかを鑑定能力で見極めてから、カップに口を付ける。
うん、まあ、美味しいかな?
「さて、手伝ってもらいたいことなんだけどね」
しばしお茶を飲みながらまったりしてからルミナスさんが切り出してくる。
懐から取り出したのは真っ黒い箱。大きさは手のひらに乗るほどで、箱とは言ったが蓋のようなものはついていない。
凄く禍々しい雰囲気がするんだけど、これはなんだろうか。
「これはなんなの?」
「信じられないだろうがね、これは私の娘なのさ」
「娘、なの?」
一般的に娘と言ったら子供の事だろうけど、彼女が持っている箱はどう見ても人間には見えない。
娘のように大切に思っているという意味かも知れないが、確かに大切に扱ってはいるようだがそういうニュアンスには聞こえなかった。
なんだか面倒事の予感がする。
「少し前の事だけどねぇ、私の住む村にとある化け物がやってきたのさ」
話によると、ルミナスさんはどこかの村に住んでいて、そこはルミナスさんと同じ魔女が住んでいた場所らしい。
この世界では魔法を使う者はそこまで珍しくもないが、魔女は長い時が経っても姿があまり変化しないことから悪魔の使いとして忌み嫌われていたのだとか。
なので、ひっそりと静かに暮らしていたらしいのだけど、そこにある日化け物がやってきた。
その化け物は非常に強く、魔術師として有能な魔女でも太刀打ちが出来なく、見る見るうちにやられて行った。
そんな時、化け物を倒そうと立ち上がったのがルミナスさんの娘さんだった。
娘さんは魔道具作りのスペシャリストで、いつの間に用意したのか多くの戦闘用魔道具を配布し、化け物に対抗した。しかし、それでも化け物の侵攻は止まらなかった。
そこで、娘さんは最後の手として化け物を封印することにした。だが、それには一つ問題があり、誰か一人が犠牲になる必要があった。
「あれは恐らく、人一人の魔力を丸々原動力に使って発動する魔道具だったのさ。私の娘、ルナサはそれをわかっていただろうに、誰にも相談することなく率先して自らが犠牲になった」
娘さん、ルナサさんの活躍によって化け物は封印された。そして、後に残されたのがこの黒い箱。
箱の管理はルナサさんの親であるルミナスさんに任されたが、村はほぼ壊滅状態。とても住めるような状態ではなく、魔女達は各地に散ることになった。
そして、今に至る、ということらしい。
「これは私の予想だけどね、あの子はまだこの中で生きているんだよ。たった一人で、化け物を必死で抑えながらね」
「なるほど……」
「私の頼みたいこと、なんとなく察しは付いたんじゃないかい?」
まあ、そんな昔話をされたらなんとなく想像はできる。
この箱には化け物と共にルナサさんも封印されてしまっているわけだ。だから、ルミナスさんはルナサさんを助けてやりたい。
だけど、普通に封印を解いたら化け物まで復活してしまう。だから、何らかの方法で化け物を倒さなくてはならない。だが、村一丸となって戦っても苦戦した相手を一人で倒すことはできないだろう。
だからこそ、俺に手を貸して欲しいというわけだ。
「私はルナサを助けてやりたい。だから、封印を解くのを手伝ってくれないかい?」
「? 封印を解いた後は、どうするつもりなの?」
「なぁに、化け物なら罠に嵌めて倒してやるさ。最悪、私が身代わりになれればそれでいい」
「え、一緒に化け物と戦ってほしいってことじゃないの?」
「何言ってるんだい。君にはやるべきことがあるだろう? 私なんかのために命を粗末にすることはないさ」
封印を解くためには一定の魔力が必要で、俺に期待しているのはその魔力を供給してくれることだったらしい。
まあ、確かに巻き込みたくないという気持ちはわからないでもないけど、流石にそんな話を聞いた後に封印だけ解いてはいさようならとなるほど俺は薄情ではないつもりだ。
俺は一つ溜息をついてから、そっとルミナスさんの手を握った。
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