第四百六十八話:元の姿に
その後、ようやく持ち直したシュエを連れて洞窟に戻ると、赤ちゃんに巻きつかれてのたうち回っているノクトさんの姿があった。
なんか、シュエの時にこんな光景を見たような気がする。やっぱり、親と子は似るということなのだろうか。
いや、シュエの性格は設定によるものだし、この場合はどうなるのかな?
まあ、なんでもいいけど、いくらリヴァイアサンとはいえ、赤ちゃん相手に蹂躙されているのはどうかと思う。
いや、これはあやしているとでも見ればいいのか? よく見れば、赤ちゃんもなんだかんだ楽しそうだし、ノクトさんはいい遊び相手なのかもしれない。
〈あらあら、随分懐かれてるわね〉
〈助けてほしいんだけど……〉
〈ふふ、お父さんなんだから、それくらいしてあげたらいいんじゃない?〉
〈お、お父さん……〉
ノクトさんはなにやら複雑そうな顔をしてぶつぶつ言っている。
確かに、この子はシュエとノクトさんの子だから、ノクトさんは必然的にお父さんということになる。
お互いに想い合っていた幼馴染とはいえ、人間姿ではなく、幻獣の姿で交配し、さらに子を成したという事実はノクトさんとしてはかなり重い事実であることだろう。
全く知らない人とやるよりはましだったかもしれないが、やっぱり姿が姿だけに複雑な思いはあるだろうしね。
〈の、ノクト、あの、えっと……〉
〈シュエ、記憶が戻ったのか?〉
〈う、うん……その、ご、ごめんね?〉
〈何を謝ってんだ。お前は悪くないだろ〉
微妙な距離感を保つ二人。しばらくは、自分達が成した子について思い悩むことになりそうだが、幸いなのはそこまで子供に依存している風ではないということか。
傍から見れば、娘が産んだ子供を親がかっさらうわけだから、娘としては色々と抗議してもおかしくない場面だろうが、二人とも赤ちゃんに対して、これは自分達で育てなければならない、と使命感のようなものを持っている様子はない。
もちろん、だからと言って嫌っているというわけでもないとは思うが、これならエキドナに任せても問題はなさそうだ。
〈さて、後はあなた達だけれど〉
〈早く戻してほしいの〉
〈わかっているわ。けれど、元の姿に戻すのはいいけれど、ちょっと痛いかもしれないわよ〉
エキドナが言うには、元の姿に戻すためには、エキドナの持つスキル【遺伝子操作】が必要になるわけだが、これはダメージを伴うらしい。
人を全く別の姿に変貌させるわけだから、その際に骨格などが変わるため、その人からすれば、無理矢理骨を引っ張られて別の形に組み替えられたりしているような状態なわけで、それには激痛を伴うというわけだ。
確かに、言われてみればそうだよなって感じである。
『スターダストファンタジー』における【遺伝子操作】にはダメージがあるなんてことはなかったが、リアルでやろうとすればそりゃ痛いに決まっている。
体を丸々作り変える時の激痛ってどんなものなんだろうか。ちょっと怖いな……。
〈怪我をするわけではないし、死ぬことはないと思うけれど、一応忠告しておこうと思ってね〉
〈でも、それ以外で元に戻る方法はないんでしょ?〉
〈そうね。一度島に変えられてしまった者は普通は元には戻れない。私が手を下さない限りはね〉
つまり、戻るためにはエキドナの力を借りる他ないということである。
どれくらい痛いかはわからないけど、それをしないと戻れないのであれば選択肢などない。
俺達は覚悟を決めるしかなかった。
〈なら、お願いするの。元に戻してほしいの〉
〈できればこのままこの島に、とも思ったけど、そこまで言うなら仕方ないわね〉
そう言って、エキドナは場所を移動するように言った。
別に、この洞窟でやってもいいのだけど、これからまた幻獣達に人の姿を目撃されて騒がれても困るので、やるのは海岸沿いでとのことだった。
まあ、この三週間で島の幻獣達とは割と仲良くなった方だとは思うけど、流石に姿が違えば警戒されるのは仕方ない。
もちろん、匂いで判別はできるだろうから、事情を説明すればいいだけかもしれないけど、すぐに発つならそれも不要だろう。
もし激痛で気絶してしまったというなら、その時はその時だ。
〈それじゃあ、やるわね〉
海岸へと移動し、エキドナと対峙する。
エキドナが軽く腕を振るうと、俺達の体に何かが飛来し、そのまま溶け込んでいった。
その瞬間、どくんと心臓が大きく跳ね、体中が急激に暑くなってきた。
〈あぐっ……!?〉
まるで骨から内臓まで、何もかもが溶かされているような感覚。
立っていることなど到底できず、その場に倒れ伏して荒い呼吸を繰り返すしかできなくなった。
シュエやノクトさんが心配そうにこちらを見ているが、それに言葉を返す余裕すらない。
すべてが溶け合い、まるで全身がスライムにでもなったかのように感覚がなくなり、その状態からこねくり回される。
何も動かすことはできないのに、ただそれが動かされているという感覚があり、その度に激痛が走る。
例えるなら、足を限界に開いた状態でさらに強制的に開かれているような感覚だったり、大きくエビぞりをした状態からさらに引っ張られているような感覚だったり、人間の体はそんな柔軟にできていないと文句を言いたくなるようなそんな感覚が何十回も続いた。
正直、すぐに気を失ってしまった方が楽だったかもしれない。けれど、俺は気絶することはできなかった。
アリスとしての本能なのか、それとも仲間が気絶した時のことを考えて自分だけでもしっかりしなければと思ったのか、俺は楽になるでなく、耐える道を選んでしまった。
〈はぁはぁ……!〉
俺の姿はアルミラージだったが、その姿は元の姿と比べるとかなり小さい。
当然、足りない部分が出てくるわけで、それをどう補っているのかは理解できなかった。
感覚的には、粘土細工のようになった自分の体に、どこからか現れた新しい粘土を継ぎ足されているような感じとでも言えばいいだろうか。
材質的には同じものでも、それは今の自分からすると未知の感覚である。
たとえそれが元の姿の時にあった部分だったとしても、それはとてつもない違和感となり、体中を駆け巡っている。
本当に元の姿に戻っているんだろうか。元の姿に戻すとか言っておいて、実は全く別の姿にしているんじゃないだろうか。あるいは、これに便乗して俺達を亡き者にしようとでもしているんだろうか。
そんな妄想すら浮かんでくる始末。それほどまでに、痛みは苛烈だった。
「んぐ……」
しかし、永遠に続くと思われていた痛みもやがて落ち着いてくる。
体の感覚が戻って来て、動かそうと思えば動かすことができるようになっていた。
俺はすっと立ち上がる。きちんと二本足で、目線もさっきより低くない形で。
「もど、った……?」
試しに目の前で手をにぎにぎしてみるが、その手は間違いなく人の手だった。
装備も以前身に着けていたものと同じだし、頭を触れば兎の耳がピンと伸びていた。
鏡がないから完全かどうかはわからないが、触った感触を信じるなら、きちんと元の姿に戻っていることがわかった。
「はは、よかった……」
俺はその場にへたり込む。
辺りを見てみれば、同じように元の姿に戻っているカイン達の姿もあった。
どうやら、きちんと約束は果たしてくれたらしい。エキドナがまだ話がわかる奴でよかった。
まあ、散々振り回されたのは許していないが。
とにかく、これでようやく帰ることができる。そのことを認識し、俺はほっと溜息をついた。
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