第四百六十五話:一息ついて
〈なんかどっと疲れた気がするの……〉
カインの貞操のピンチだと思って駆けつけたら、実のところはただ遊んでいただけって、どういうこっちゃ。
そもそも、カインにはむやみにエキドナに近づかないように言っていたはず。自分から赴いたとは到底考えられない。
ということは、エキドナ自身が連れてきたか、あるいは他の幻獣に連れてこられたかってところだろうか。
カインはこの島の幻獣達と交流を深めていたし、案内されるがままに進んだらここだった、という可能性もなくはないだろう。
カインにしては迂闊だが、まあ、本能的にエキドナに逆らえないようになっているんだから仕方ないっちゃ仕方ないのかな。
〈ふふ、よければ今日はここに泊る?〉
〈絶対にお断りするの〉
〈あら、それは残念〉
誰がこんなところで寝るものか。
ただ撫でられるだけで意識が吹っ飛ばされるかもしれない相手がいる場所で寝るほど馬鹿じゃない。
まあ、帰るにはカインとシリウスに起きてもらう必要があるんだけど、これいつ起きるんだろう。
なんか完全に幸せ、って感じで痙攣してるんだけど。
〈仕方ない、私が運んであげましょう〉
〈え、いいの?〉
〈ここでは安心して眠れないというのなら、無理強いする気はありません。ただ、また一緒に遊んでくれると嬉しいわね〉
〈う、ぬぅ……善処するの〉
本当は絶対に断りたい案件ではあるが、本能がそれを否定する。
エキドナの願いはできる限り叶えなければならない。それがただ遊ぶということだけなら、断る理由はないと。
いい加減この感覚が鬱陶しい。早く元の姿に戻りたい。
〈それじゃあ、運ぶわね〉
そう言って、エキドナはカインとシリウスを抱え上げ、出口に向かって進んでいった。
確かにエキドナもでかいけど、あの二人を同時に抱え上げるってどんな怪力だ。
流石、ネームドボスだけはある。
というか、今思い出したけど、運ぶだけなら【テレキネシス】を使えばよかった。
あれで浮かせれば、押す必要もなかっただろうに、何で思いつかなかったのか。
必要なものは必要なくなってから出てくると言うけれど、それは失くし物だけにして欲しい。いや、失くし物でも困るけどさ。
〈ようやく落ち着けるの……〉
その後、寝床まで二人を運んだ後、エキドナは去っていった。
エキドナの姿が見えなくなった瞬間、ペタンとその場にへたり込む。
いや、今回はかなりやばかった。
どうあがいても勝てないと思われる敵を前に、仲間が次々とやられていくのを見せられているかのような感じ? 最終的にヒロイン枠であるサクラが自分の身を挺してまで俺を逃がそうとする場面もあったあたり、まじでこれがラスボス戦だと言われても不思議じゃない。
エキドナの謎のこだわりがなければ本当にそうなっていた可能性もあると考えると、かなり危ない綱渡りだったと言えなくもないだろうか。
そう考えると、みんな揃って乗り込んだのは失敗だったかもしれない。
こちらは今は幻獣の姿でエキドナには逆らえず、本能的に尊敬してしまうような状態。
一人だけならまだ抵抗できるかもしれないけど、人が増えればそれだけ抵抗失敗する人も出てくるだろう。
時と場合によっては少数の方がいい時もあるってことだ。
〈それにしても、イナバさんのおかげで助かったの〉
イナバさんがあの時何を言ったのかはわからないが、恐らくイナバさんはエキドナの狙いに気づいていたんだろう。
エキドナが本当の意味で遊んでいた、つまり、子作りなどしていなかったということに気づいて、こちらが勘違いしているとわかっていた。
だから、それをエキドナに説明してくれたんだと思う。
イナバさん、多分こちらの言葉もエキドナの言葉もわかっていないと思うんだけど、よくわかったな。
日頃から俺達のことをよく見ているからなんだろうか。とにかく、今回は助かった。お礼を言わないといけないね。
〈……はっ、ここは?〉
〈やっと気が付いたの、この寝坊助め〉
エキドナの元を離れたからなのか、しばらくしてカインが目を覚ました。
いや、正確には初めから目は開けていたけど、正気に戻ったというべきか。
カインにあるまじきだらしない顔でぴくぴく痙攣していたのだ、よほどエキドナの『遊び』は強烈だったのだろう。
何されたのか気になるけど、まあ少なくとも子作りでないのならそれはそれで構わない。
〈あ、アリスさん。申し訳ありません、少し記憶が……〉
〈覚えてないの?〉
〈幻獣達と話していて、エキドナの下まで連れていかれたのは覚えているのですが、そこから先は全く……〉
〈あー、うん、まあ、覚えてないならそれでいいの〉
カインのキャラ的に、あれは黒歴史になりうるだろう。覚えてないのなら、その方がいいと思う。
まあ、その分俺も何をされたのかを知る機会を失うけど、それくらいはどうでもいい。
〈体の方は大丈夫なの?〉
〈はい、特に問題はないです〉
〈ならいいけど、一応確認はしておくの〉
〈? はい、わかりました〉
子作りはしていないとは言っていたけど、一応確認はしておく。
遊びの範疇で、そういうことをやった可能性もなくはないしね。
でも、調べてみてもそう言う痕跡は見当たらなかったから、本当にただ撫でただけとかそのくらいなんだろう。
犬と遊ぶ感じ? 確かにフェンリルは狼っぽいけど、狼と犬は違うような……。
〈しかし、意外だったね。エキドナのことだから、何でもいいのかと思っていたけど〉
〈それは確かにそう思うの。何か、こだわりでもあるの?〉
エキドナの言い方からして、俺達は島の力で後から幻獣になった存在だから、純粋な幻獣とはまだ呼べなく、そう呼べると思われる数百年後までは興味はない、ということだったと思う。
でも、そうなるとシュエの代わりに俺がやってもいいとは言わないよね。
まあ、忘却の滝を使って、記憶をなくし、新たに元から幻獣だったという記憶を植え込むことができたなら、それは純粋な幻獣と呼べなくもないかもしれないけど、それも最終手段って感じだったし。
もし、誰でもいいんだったら、それこそそこら辺の人間を攫ってきて、種族を変更してやればいくらでも種は増やせるし、やっぱり純粋な幻獣の方がいいってことなんだろう。
シュエに固執したのは、そういう理由があるのかもしれない。
そう考えると、ノクトさんに対して強く迫らなかったのは良心的なのかな?
確かに、フェニックスはまだ全滅はしてないとは言っていたけど、ノクトさんが純粋な幻獣であることには違いないし、やってもおかしくはなかったと思うけど。
まあ、どっちにしろ、人の世界に染まっていたからという理由で記憶をなくしていただろうから、こちらとしては許容できなかったわけだけど。
〈まあ、とにかく、こちらが襲われないとわかった以上、後はシュエの卵が無事に孵ってくれることを祈るだけなの〉
卵が無事に孵れば、後は記憶を戻して帰るだけである。
子供の世話はエキドナがすると言っていたし、シュエやノクトさんが変に子供に感情移入でもしない限りはそのまま脱出して終わりだろう。
それが少し心配ではあるけど、もうどうしようもないし、後はどうにかなると祈るしかない。
残り二週間くらい、早く孵ってくれるといいけれど。
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