第四百六十二話:その名は
『さて、俺だけが君の名前を知っているのも不公平だろう。ここは、俺も名を名乗ろうか』
どうしようかと思っていたら、意外にもあちらの方から答えてくれた。
結構友好的なのかもしれない。あるいは、罪悪感でもあったのか。
いずれにしても、敵対的な反応にならなくて何よりである。
『俺はオールド。元は冒険者だったが、別の役割を押し付けられて世界の敵になってしまった、哀れな男さ』
〈オールドさん……〉
その名前は聞き覚えがなかった。
いやまあ、この名前はこの人がキャラに付けた名前だろうし、知るわけはないだろうけど、別の役割を押し付けられてっていうのが気になった。
冒険者だったってことは、恐らく俺達と同じくキャラの姿でこの世界に降り立ったってことなんだろうけど、別の役割ってなんだ。
クラスのこと? でも、押し付けられたって、そんなことできるんだろうか。
確かに、俺もレベルアップを通して他人にクラスを付与したり、変更したりすることはできるから、そういうゲームマスターの力を持つ何者かがいたのなら可能性はあるだろうけど、基本的にあれは同意がなければできないものだ。
本人がそのクラスを嫌がっているのに、ゲームマスターがごり押しで付与できるものなんだろうか?
いや、仮にできたとしても、それで世界の敵になるなんてことあるだろうか。流石に、世界を滅ぼすようなクラスはないはずだけど。
『君も異世界から来たというなら注意するといい。今はまだ大丈夫だろうけど、君も俺と同じようになる可能性はあるのだから』
〈気を付けるって、どうすればいいの?〉
『本来は気を付けるも何も、勝手にそうならされるから気をつけようはないかもしれない。でも、君なら対抗できる力はありそうだ。そうだろう?』
〈……〉
恐らく、オールドさんが言っているのは、ゲームマスターとしての力のことだろう。
この力のことを話しているのは、同じく転移してきた仲間くらい。まさか、誰かが喋ってしまったんだろうか?
それはわからないけど、確かにゲームマスターとしての力があれば、対抗はできるかもしれない。
ゲームマスターに対抗できるのはゲームマスターだけだ。権力が同じなら、後はどちらが先に勝負を制するかにかかっている。
まあ、本来そんな状況ありえないけどな。ゲームマスターが二人体制でやるってことはたまにあるけど、基本的には一人はサブマスターとして、戦闘の処理とか情報の整理とかを担当するってくらいだし。
『まあ、心配しなくても、多分大丈夫だろう。君が道を間違わない限りはね』
〈私が進んでいる道は、間違っているの?〉
『さあ、それはわからない。強いて言うなら、俺にとっては間違いでもあり、正しくもあると思ってる。半々ってところか』
〈どういうことなの〉
オールドさんは、俺に何かして欲しいことがあるってことなんだろうか?
そもそも正しい道ってなんだ。この世界に降り立ってから、俺がしてきたことなんて、魔王を倒すための準備くらいである。
それが間違いでもあり、正しくもあるって意味がわからない。
アルメダ様の言っていることが本当なら、俺達は魔王を倒せば元の世界に帰ることができる。オールドさんも異世界人であるなら、その時に一緒に帰れる可能性は高いだろう。
オールドさんが何の目的で呼ばれたかはわからないけど、俺達が目的を達成した時点で、この世界の脅威はなくなるわけだし、後は神様が頑張って世界を再興すればいいだけの話である。
それとも、世界を再興するためにもまた人員が必要とか? そのためにオールドさんは残されてしまう?
わからない。わかることは、魔王を倒せば、俺達が帰れるということくらい。その中に、オールドさんは入っていないかもしれないということか。
オールドさんとしては、どうしてほしいんだろうか。
『難しく考える必要はない。ただ、思うがままに進んで欲しい』
〈オールドさんは、私に何かやって欲しいことがあるんじゃないの?〉
『あるとも。でも、それは俺の口から言うことはできない。そう定められているから』
〈設定が邪魔してるってこと?〉
『そう考えてもらって構わない。まあ、強いて言うなら俺の友人と……ああ、これも言えないか。この場所なら、ある程度の自由は利くと思ったんだが、そこまで万能でもないのかもね』
何か言いたいことはありそうだが、喋れない様子。
気になる。めちゃくちゃ気になる。
間違いなく、オールドさんは重要キャラだ。過去にこの世界に呼ばれ、誰かに言われるがままに多くの命を奪った大犯罪者。しかし、聞いている限り敵意のようなものは感じないし、むしろこちらに協力したそうな雰囲気はある。
けれど、決定的なことは言ってこない。そう定められているらしい。
恐らく、何者かに口封じされている。それほど強力なものではないっぽいけど、重要なことは喋れないようにされているようだ。
もう少し突っ込んで聞いてみたら、何か見えてくるだろうか?
〈オールドさん、あなたの性能を教えて欲しいの〉
『性能か。悪いが、それはできない。【アイデンティファイ】でも使ってくれたらわかるんじゃないかな』
〈それはこの通話越しでも?〉
『それは無理だろう。直接会わなければ』
〈なら、直接会わせてほしいの〉
『それも今は無理だ。まあ、来るべき時が来れば会えるだろう』
なかなか手ごわい。けれど、収穫もあった。
【アイデンティファイ】は敵の情報を見抜くスキルである。『スターダストファンタジー』に登場するスキルの一つだ。
それを知ってるってことは、少なくともオールドさんは『スターダストファンタジー』を知っている。さらに言うなら、冒険者だったというのは、『スターダストファンタジー』のキャラだった可能性が高い。
来るべき時が来れば会えるというのは、いずれイベントで会えるということだろうか?
この世界のイベントの定義はよくわからない。
例えば、本来なら解毒薬で簡単に治る毒が、エリクサーを使わないと治らないだとか、普通に入れそうな場所でも、どうやっても壊せない結界が邪魔して入れないだとか、そういうものはイベント的な処理が成されているとは思う。
でも、こちらの行動を制限されたことはない。普通、イベント中だったら、勝手に台詞を喋ったり、勝手に行動したり、そういうことはできないはずである。それがないってことは、イベントの強制力はそこまで強くないのかもしれない。
それでも、いずれ会えるって言うのは、あちらから会うための努力をするってことなのか、それともいずれ俺が行くであろう場所で待っているということなのか、どういうことなんだろうか。
〈オールドさん、あなたはいったい何者なの?〉
『それもいずれわかる。さて、そろそろ話すのもつらくなってきた。悪いが、この辺りでいいかな?』
〈また話せるの?〉
『いつでもすぐにというわけにはいかないだろうが、話せる時はあるだろう。そうだね、そこにあるスターコアもどきの一部を持ち帰るといい。多少であれば、削っても問題はないから』
それじゃ、と言い残し、オールドさんは沈黙した。
何者なのかはわからないけど、敵ってわけでもなさそうな雰囲気ではある。
同じく『スターダストファンタジー』のキャラとなった者同士、できれば協力したいけど、設定のせいで喋れないという制約がきつすぎる。
せめて正体とか居場所がわかればいいんだけど……。
俺はしばらくの間、その場に立ち尽くしていた。
感想ありがとうございます。
 




