第四百六十一話:声の主は
『……いきなり連絡してきておいて、ぶつ切りするのは失礼じゃない?』
再び岩に触れてみると、ちょっと不機嫌そうな声でそんな声が聞こえてきた。
聞いた限り、恐らく男性だろうか? 成人はしていそうだけど、若干声が高いような気もするし、成人したてとかその辺だろうか。
とにかく、さっきのは気のせいだったということもなさそうなので、意識して言葉を伝えてみる。
〈そ、それは申し訳ないの。ちょっと驚いちゃって〉
『まあ、別にいいけどね。こうして連絡が来ること自体が奇跡みたいなものだし、そう言う反応には慣れてる』
相変わらず不機嫌そうな声でそう続ける。
もしかしたら、あの小屋の主だったり? いやでも、あの小屋はどう考えても数百年以上は経過している。普通の人間なら、生きているはずがない。
となると、人外? 確かに、この島は幻獣の島なのだし、むしろその可能性の方が高いのだろうか。
でも、それにしては小屋は普通だったし、辻褄が合わないような気もする。
一体どういうことなんだろうか?
『さて、君は何者かな? そこにいるってことは、純粋な幻獣ではなさそうだけど』
〈えっと……冒険者なの。とある理由でこの島を訪れたんだけど、ちょっとトラブルに巻き込まれて、成り行きでここを見つけたの〉
流石に、いきなり素直にペラペラ喋るのは憚られた。
相手が何者かもわかっていないし、こちらから情報を渡すのはできれば避けたい。
ともすれば警戒していますってバレバレの反応だが、相手は特に気にした様子もなく、むしろ嬉しそうな様子で返事を返してきた。
『へぇ、冒険者。奇遇だね、僕も冒険者なんだ。いや、だったというべきかな』
〈何かあったの?〉
『まあ、色々とね。本意ではないけれど、冒険者の敵になってしまったんだ』
冒険者の敵、つまりは魔物ってことだろうか?
この世界では普通に盗賊とか冒険者崩れとかそう言う言葉もあるけど、『スターダストファンタジー』においては冒険者の敵は、すなわち魔物である。人だろうが関係なくね。
いったい何をしでかしたのだろうか。
確かに、冒険者ギルドは重大な規約違反を犯した者には容赦しない。下手をしたら、報復として殺されてもおかしくないくらいである。
しかし、それはよほど重大な違反をしたらだ。冒険者を罠に嵌めて殺したとか、嘘の報告をしてギルドの信用を著しく貶めたとか、そんな感じである。
まあ、声しか判断材料がないから、この人がそういうことをしたって可能性もあるけど、本意ではなかったと言っているし、もしかしたら誰かに罪をなすり付けられたとかそんな感じなのかもしれないね。
『君はどの程度の冒険者なんだ? 戦う時の参考に教えてくれないかな』
〈……冒険者の秘密を聞くのは冒険者としてマナー違反なの〉
『はは、それもそうか。自分の実力はできる限り隠しておくべきだ。特に、裏切られる可能性がある場合はね』
冒険者だった、という割には冒険者のマナーにも寛容なようだ。
まあ、この世界だとレベルは高ければ高いほど偉いみたいな感じもするから、ある程度レベルが高いなら強さを誇示するために知らせてもいい気はするけどね。
だけどそれも、信用できる仲間の前だけの方がいいのは確かである。あるとしたら、せいぜい喧嘩の時にマウント取るとかだろうか?
『このまま聞いても答えてくれなさそうだし、ここはひとつ取引と行かないか?』
〈取引、なの?〉
『ああ。これから俺は一つ情報を出す。それに価値があると判断したなら、そちらも情報を出してほしい。いいかな?』
なるほど、つまり、こちらがまだ警戒しているのを察して、自分から歩み寄ってくれるというわけか。
まあ、その情報が本当かどうかを判断するものはないから、信じるかどうかは俺次第ってことになるんだろうけど、だからこそ、価値があると感じたらってことなんだろうな。
俺としても、この謎の存在の情報は得たいし、少しばかり情報を流すくらいは必要経費となるだろう。
あんまり致命的な情報は渡したくないが、当たり障りのない情報で済むならそれが一番いいな。
〈わかったの〉
『おーけー。それでは一つ。俺は異世界から来た人間だ』
〈えっ……〉
唐突な情報に、思わずきょとんとしてしまう。
異世界から来た、つまりは、元々はこことは違う世界の住人だったということである。俺達と同じように。
でも、その兆候はあったのかもしれない。
なぜなら、あの小屋にあった日記にも、元の世界に帰りたいと書かれていたのだから。
この人は人間だと言ったけれど、今も人間であるかはわからない。普通なら数百年経過すれば大抵は死んでいるだろうが、もし長命な種族としてこの世界に降り立ったのなら、あの日記の主こそが、この声の主なのかもしれない。
そうなってくると、この人は過去に多くの人の命を奪ったということになるのか。でも、それは洗脳によるもので、自分の意思ではなかった。
冒険者の敵になってしまったというのは、それが原因だろうか? 確かに、大量殺人犯であれば、ギルドに追われるのは当然ではあるけど。
『どうかな? 少しは役に立つ情報だったかな?』
〈ま、まあ……〉
『そう。それじゃあ、そちらも情報を一つ渡してくれないかな?』
思わず頷いてしまったけど、早計だっただろうか。
いやでも、もしこの人が異世界から来た人で、しかも数百年以上前から存在しているのなら、魔王についても色々知っているかもしれない。
それに、世間的には犯罪者とはいえ、ここまで生き残れてるってことは、ある程度の強さは持っているだろう。
そもそも、この幻獣の島に辿り着ける時点で、普通ではないだろうしね。
であるなら、ここは交友を深めて、情報を引き出す方がいいかもしれない。
〈じゃ、じゃあ……私も実は異世界から来たの〉
『ああ、やっぱりそうなんだ』
〈やっぱりって、わかってたの?〉
『その特徴的な口調に聞き覚えがあったんだ。なるほど、ということは、君がアリスかな?』
〈えっ……〉
とりあえず無難な回答をしたら、まさかの名前まで言い当てられてしまった。
いや、確かに私は特徴的な語尾をつけているし、一度聞いたら特定は容易だろうけど、まさかそんなすぐに当てられるとは思っていなかった。
聞き覚えがあるってことは、もしかして俺が今まで行った場所のどこかにいたってことか?
色々行き過ぎてもうわかんないけど、この大陸にいる可能性は高いのかもしれない。
『その反応、合ってるみたいだね?』
〈ま、まあ、そういうことになるの……〉
『君のことは友人から聞いたんだが、面白そうな子だと思っていたよ。いや、こうして話せるだけでも嬉しいね』
そうやってからからと笑う声の主。
俺のことが知られていたのは予想外だったが、この様子を見るに、別に敵というわけではないのかな?
元々、命を奪ったって言うのも本意ではないという話だったし、今はどこかに隠れていて、偶然俺のことを知った。
俺は一応、色々とやらかしているから、その話も一緒に聞いたのかもしれない。それで、興味を持ったのかもしれないね。
名前を知られてしまった以上はできればこちらも相手のことを知りたいけど、果たして答えてくれるかどうか。
俺はちょっと緊張しながらも、会話の流れを探った。
感想ありがとうございます。
 




