第四百六十話:中心にあったもの
小屋の中は荒れ果てていた。
外装もそうだが、苔がびっしり生えていたり、蔦が絡まっていたりする。
中には簡素な机と本棚、ベッドが残されていたが、時の流れの影響なのか、そのほとんどは朽ち果ててしまっていた。
何者かが暮らしていたのは確かだろう。しかし、こんな島で誰が暮らすというのだろうか?
幻獣の島として、幻獣達が住まうこの島に、人がいたこと自体驚きなのに、そこでさらに暮らすなんて普通はできないだろう。
幻獣に見つかればおしまいだし、見つからずに暮らすにしても食事などをどうしていたのかが気になる。
見た限り、もうその主はここにはいなさそうだけど、どうなってしまったんだろうか。
〈これ、かろうじて読めそうなの〉
本棚の付近を探っていると、土に埋もれた一冊の本を発見できた。
泥だらけではあるが、他の本と比べて劣化が少なく、まだ文字が判別できる。
書かれていたのは、エルガリア大陸の共通語だった。
状態が悪いからか、かなり汚い文字に見えるけど、読める部分を繋ぎ合わせていくと、どうやら日記のようなものだということがわかる。
内容は、何というのだろう、懺悔? みたいなものだろうか。
どうやらこの人は、大きな罪を犯したらしい。
と言っても、その罪を犯していたのは自分の意思ではなく、何者かに操られてということだったようだが、結果的に多くの人の命を奪ってしまったようだ。
途中で何とか洗脳を打ち破って一矢報いはしたようだけど、自分がやった罪は変わらない。死のうとも思ったけど、その勇気もない。
自分はこれからずっと、世界中から怯えながら暮らさなくてはならないのかと不安に思いつつ、それだけのことを自分はしでかしたという後悔の念を持っている。
願うことはただ一つ、元の世界に帰りたいということだけ。こんなことになる前の、平穏な日常へと帰りたい。そんな言葉と共に、日記は終わっていた。
〈これって……〉
内容的には、大犯罪を犯した人物が世界中から逃げまどい、ようやく辿り着いたこの場所で、怯えながら余生を過ごしている、という風に読める。
しかし、それは自分の意思ではなく洗脳によるもので、操った奴が悪いと思いながらも、自分がやったのは事実だからと罪の意識を感じている。
犯罪の規模がどの程度かまでは読み解けなかったけど、まあ、洗脳されて犯罪させられて、世界中から追われる羽目になったなんて可哀そうな人だと思う。
ただ、気になるのは最後の一文。元の世界に帰りたい、という言葉だ。
元の世界ということは、少なくともこの世界はこの人のいた世界ではなかったということなんだろう。
一応、この世界にも神界やら幻獣界やら、この世界とは別の世界みたいな場所は存在するが、俺が考えるのは、俺達と同じように本当の意味で別の世界から連れてこられたんじゃないかということ。
もし、俺達のようにキャラの姿でこの世界に来てしまい、設定に縛られて犯罪に手を染めてしまったというのなら、それなりに辻褄は合うような気がする。
ただ、この仮説が合っているとするなら、呼び出したのは神様だよね? 神様に呼び出されて、操られて犯罪に手を染めたってことは、その命令は神様が出したってことにならないだろうか。
いや、それはないか?
この洗脳というのが、設定のことだとするなら、操られてと言えないことはないし、神様が呼び出したからと言って、その後別の誰かに命令された可能性もあるわけで、神様が呼び出したから神様が犯人だというのは早計な気がする。
そもそもの話、本当に神様が呼び出したかどうかすらわからないしね。
別の世界と言っても、俺達の世界でなく、全く別の世界という可能性もあるわけだし。
しかし、そうだとしたら、この世界ってそんなに別の世界から降り立つ人が多いんだろうか?
この小屋の状態からして、少なくとも数百年以上は経っているだろう。
フェラトゥスもそうだけど、あまりにも別世界から入り込んでくる人が多すぎないだろうか?
この世界が『スターダストファンタジー』の舞台だからなのだろうか。
確かに、異世界から来た人物を扱う、ストレンジャー冒険者ルールって言うのもあるっちゃあるけども。
〈とりあえず、これは保管しておいた方が良さそうなの〉
なんにせよ、この日記を書いた人物は重要な人物な気がする。
もう生きているとも思えないが、今後何かしら役に立つ可能性もあるだろう。
元に戻る方法が見つからなかったのは残念だが、これはこれで収穫があったというべきじゃないだろうか。
〈ん? なんか、気配が薄れた?〉
今まで感じていた焦燥感のようなものが消えた気がする。
いや、別に焦っていたわけではないけれど、この場所にいてはいけない、みたいな感覚が消えたような気がする。
恐らく、これは謎の結界の影響だったのだろう。無意識に引き返している原因となった何かが、この小屋に入ったことによって薄れた、ということなんだと思う。
となると、島の中心までいける? これは進展する予感がする。
俺は本を【収納】にしまい、小屋を出る。
今までは、うっすらとしか認識できなかった島の中心がはっきりと見えるようになっていた。
そこにあったのは、巨大な穴。まるで陥没したかのように広範囲に広がるそれは、今までの島の景色とは逸脱したものだった。
異様なのは、その穴の中に存在する魔法陣。
幾何学的に描かれたそれは、うっすらと青白い光を発している。
その中心には、巨大な星形の岩。赤く輝くそれは、周りの魔法陣と対を成しているようで、とても不気味に見えた。
あの形、大きすぎるけれど、スターコアに似ている。
魔法陣がどんなものなのかはよくわからないけど、形からして、恐らくあのスターコアっぽい岩からエネルギーを得て稼働しているんじゃないだろうか。
安易に踏み入れていい場所には見えない。けれど、スターコアは俺達が探し求めていたものでもある。
持ち帰れるかどうかはわからないが、少なくとも確認はしなければならないだろう。
『なんだかとんでもないものを見つけてしまった気がするの』
魔法陣に触れないように空をふよふよ飛びながら、スターコアっぽい岩へと近づいていく。
こんなスターコア存在するんだろうか。通常のスターコアと比べると、ざっと十倍くらいの差がある。
もし、このスターコアが魔法陣を動かすためのエネルギーとして使われているなら、既に使用済みのものということになり、願いを叶える効果はもちろん、神様との通信もできなさそうだけど、果たしてどうなっているだろうか。
俺はひとしきり周りを飛んで何かおかしなところがないかを確認した後、ゆっくりと触れてみる。
暖かな感触が伝わってくる。仄かに熱を発しているようだ。
特におかしなところはなさそうかな? と、安心したその時、頭の中に声が響いてきた。
『……誰?』
〈わっ……!?〉
その声に、思わず手を離してしまう。
今、確かに声が聞こえた。辺りを見回してみるが、当然ながら誰もいないし、【ライフサーチ】を使ってみても、生き物の気配はない。
となると、スターコアによる通信? いつもはこちらから意思を伝えないと連絡してこないのに、なぜ?
というか、アルメダ様の声ではなかったし、一体何者なんだろうか。
疑問はいくつかある。しかし、スターコアから響いてきた声だ、少なくとも、神様に近しい何者かであることは確かだろう。
俺は少し迷ったが、再び触れてみることにした。
果たして、声の主は一体誰なのだろうか?
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