第四十七話:探し回って
捜索開始から一時間ほど。流石にすんなり見つけられました、なんて都合のいい話はなく、結局この森は外れだった。
いや、流石に一時間で森のすべてを探し切ったわけではないけど、パッと見た限り、川が全然ない。泉も湧き水もなかったので、ここでは条件を満たせないと早々に見切りをつけることにした。
この一時間の成果は、襲ってきたワイルドスパイダーを筆頭とした魔物の素材のみ。
まさかとは思うけど、これが凶暴な魔物なんだろうか?
いやまあ、確かにワイルドスパイダー……この世界でもそう呼ぶかは知らないけど、この魔物は大体冒険者レベルが5とか6で出すような魔物で、巣を張って待ち伏せていたり、罠を構えていたりとそのレベル帯としてはちょっと面倒な相手ではある。
ただ、基本的に待ちな相手なのでちゃんと偵察をして下手に手を出さなければそもそも襲ってこないし、戦うにしても火に弱く、奇襲もかけやすいので場合によっては経験値稼ぎに狩られることもある。俺もそういう目的で出すことが多いしな。
冒険者レベル5というと、だんだんできることが増えてきて楽しくなってくる頃合い。多分、駆け出しを卒業して一人前に片足を突っ込んだって感じだろうか? 完全に一人前になるための鬼門と言えばそうかもしれないが、正直そんなに強くないと思う。
これが凶暴というのなら、ルルブに載ってた上級魔物はどんな扱いを受けるのか。少なくとも、これの数倍は強いと思うんだけど。
まあ、強いって言うなら素材もそこそこ高く売れることだろう。【収納】に入れておけば劣化もしないし、いざという時に換金することにしよう。
残念ながら、エリクサーの素材として使うにはちょっとレア度が足りないしな。
「時間は……まだ大丈夫そうなの」
森を出ると、すでに日は沈んでしまっていた。だが、夜というにはまだ早く、遠くの方はまだ僅かに明るい。
まあ、野宿するならもう休んだ方がいい時間ではあると思うが、どうせテントはすぐに用意できるし、探す合間に焚き火用の薪も回収している。出来ることなら次のポイントまで行ってから休みたいところ。
地図を見ればわかるが、いずれも王都クリングベイルからはかなり離れているが、当たりを付けた森同士はそこまで離れているわけではない。普通に歩いて行っても一日ほどで着くことだろう。俺の足なら数時間だな。
何なら今から町を目指しても運が良ければ宿に泊まれるかもしれない。流石に夕食の時間は過ぎてしまうかもしれないが、そこは保存食があるしいいだろう。
今重要なのはとにかく早く戻ること。助けられなかったら潔く処刑されるとまで言ってしまったのだ、犯人もまだ判明していないし、なるべく早く戻るに越したことはない。
「近くに町もあるみたいだし、ひとまずそこまで行くの」
俺は方角を確認すると、勢いをつけて走り出した。
この時間帯であれば街道を通っている人もそういない。堂々と疾走することが出来る。
途中、川があったり崖があったりもしたが、そこは【ハイジャンプ】で軽々と飛び越し、ほぼ直線コースで走り続けた。
その結果、思ったよりも早く次のポイントの近くの町に着くことが出来、宿に泊まれた上に夕食にまでありつくことが出来た。
この調子ならよほど手間取らない限りは後一週間もあれば王都に帰ることが出来るだろう。すべてのポイントを探しても見つからなかったら、その時は第二の作戦を実行するまでだ。
簡素なベッドの上に寝転がりながら、明日の段取りを考えておく。目標は三か所回ることだな。
あんまり雑に調べていては見つかるものも見つからないだろうが、とりあえず川を見つけないことには始まらない。幸い音には凄い敏感だし、そこを気を付けて探すとしよう。
翌日、早々に宿屋を後にすると早速森の中へと入っていった。
ひとまず、川というか、水の音を聞き逃さないように耳を高くして集中しながら入っていったのだが、森には意外と色々な音があるということに気が付いた。
動物が駆ける音、木々のざわめく音、鳥のさえずり、風が木々の間を通り抜ける音、こうして意識してみると森は色んな音に満ちていると実感できた。
いやまあ、多分集中していればどこだろうと色んな音に満ちているとは思うけど、森の場合はなんというか、自然って感じがした。
これはTRPGをやっていた時には感じられなかったものだ。普段何気なく生活している時は全然気にならないような音でも、こうして集中して聞いてみると音にも種類があって、その中でも自然の音は何となく心安らぐような気がした。
まあ、もちろん、魔物が獲物を食いちぎる音とか、巨大な生物が踏み鳴らす足音とか、殺伐とした音も混じってるんだけどな。でも、それも自然らしいと言えばそうだし、そういうものと思っておこう。
さて、肝心の水の音は……ないな。この森もどうやら外れのようだ。
一応奥地まで入ってみるけど、多分ないだろうなぁ。ワンチャンユニコーンとかいるかもしれないけど、一時間くらい探していなかったらさっさと次のポイントに向かうとしよう。
時折近づいてくる魔物を弓で処理しながら、俺は森の奥へと進んでいった。
何か所目だろうか。森を転々としてしばらく経った頃、ようやく目当ての条件を備えた森を見つけることが出来た。
今、目の前には岩の割れ目から流れる湧き水が小さな川を作っている光景が広がっている。
森って案外川とかないものなのかな? まあ、森のすべての音を聞き取れるわけではないからもしかしたら今までの森にもあったかもしれないが、まともに見つけられたのは今回が初めてなのでそう思ってしまう。
木々が成長してるってことは水脈はあるだろうし、普通にあると思うんだけどなぁ。
まあ、それは置いておいて、この森、もう一つの条件である魔力も十分あるように思える。森の木々がなんとなく生き生きしていた。
この森、近くの町では『ルミナスの森』と呼ばれているようで、ルミナスという名前の魔女が住んでいるとの噂があるらしい。自然豊かな森であるため、良質な薬草などを求めてたまに冒険者が依頼で来ることがあるらしいのだが、彼らは悉く帰ってこず、魔女に捕まってしまったんだと言われているのだとか。
まあ、その噂が本当かどうかは知らないけど、確かに魔力に満ちているし、魔女が好みそうな魔法触媒とかも色々ありそうだしで、いてもおかしくはなさそうか?
そういう、いわゆる不帰の森系の話は割と苦手なのだが、アリスはそうは思っていないようで、案外すんなり森には入ることが出来た。
【ライフサーチ】をしても特に反応はない。動物はおろか魔物すらいない。だから、襲われることはないんだけど、ちょっと不気味ではある。
「この川沿いに進んでいけばもしかしたら見つかるかもしれないの」
とにかく、さっさと薬草を見つけて森を出よう。そう思い、俺は川沿いに歩いていくことにした。
かなり小さな川なので見失わないように注意しつつ進むことしばし。俺の目の前に小さな泉が姿を現した。
「おお……結構綺麗な場所なの」
規模こそそこまで大きくないが、そこだけ木々がないこともあって空にはぽっかりと穴が開いており、そこからキラキラとした日差しが差し込んでいる。
水はかなり透明度が高く、直接飲んでも大丈夫そうだ。水草の類も結構生えており、かなり期待できる。
俺は早速目当ての薬草がないかを探した。
「えーと……あ、これは」
この森の魔力がそうさせるのか、普通の薬草でもかなり品質が高かった。特に水辺に生えているものはレア度も高く、例の工房でも見なかったようなものもいくつかある。
ついでだから少し貰っておくとしよう。何かの役に立つかもしれないし。
「おやおや、私の庭に何か用かい?」
夢中で採取していた時、不意に背後から声を掛けられた。
即座に振り返ると、そこには黒色のローブを纏い、同じく黒色のとんがり帽子をかぶった、いかにも魔女という風体の女性が立っていた。
「ルミナスさん、なの?」
「おや、私の名前を知っているようだね。いかにも、私はルミナス。この森に隠居した冴えないおばさんだよ」
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