第四百五十七話:設定の力
エキドナは、様子を見た後帰っていった。しかし、それでも違和感はぬぐえない。
俺達は、エキドナからシュエ達のことを手伝うように頼まれた。それが使命となって、何としてでも達成しなければならない目標として、いつまでも頭の中に残り続けている。
一応、振り払おうと思えば振り払うことはできる。頭を振って忘れようとすれば、その使命感は薄れてはくれる。
ただ、なくなることはなかった。それが絶対優先事項とまではいかないけど、いずれ達成しなければならない目標であると思ってしまっている。
今回は、ただの軽いお願いだった。しかし、これがもし、命令になったらどうだろうか。
俺達は、その言葉に抗うことはできるのだろうか? かなり怪しいところである。
エキドナの目的であろう、種の復活をするために、子作りしろと言われたら断れないかもしれない。それどころか、この島から出ることも、元の姿に戻ることもできないかもしれない。
そうなれば、一生この島で幻獣として生きていくことになってしまう。
そうなったら、元の世界に帰ることもできないし、そもそも人として生きていくこともできない。
そんなこと、絶対に認めるわけにはいかない。
しかし、どうすればいいのかもわからない。幻獣がエキドナを慕っているというのは、俺達の設定と似たようなものだ。
そういうものだと世界から認められているからこそ、こんな思考に陥るわけである。
これを覆すためには、何かしらの前提を崩すか、あるいはどうにか法則を見つけて対抗策を考えるしかないだろう。
果たしてそんなものがあるのかはわからないが。
〈耐性系のスキルで何とかなるならいいんだけど……〉
一応、そう言うスキルに対抗するためのスキルというのはあるにはある。
例えば、こちらを魅了状態にして操ってくるような相手には、魅了耐性を上げればいいし、精神に作用する洗脳系のスキルを使ってくるなら、精神耐性を上げればいい。
抵抗判定が存在するなら、一応命令に抗うことは可能なはずである。
ただ、これはスキルではなく設定の可能性が高い。幻獣は無条件にエキドナを慕う、エキドナの願いを叶えようとする、そんな感じの設定があるとすれば、いくらスキルで対抗しようが無意味だ。
まあ、もしかしたら多少は抗えるかもしれないが、それこそ今のように、意識すれば自我は保てるが、心のどこかでは優先すべき事項として気に留めているような状態になってしまうのではないか。
希望がないこともない。設定的に、元から幻獣であるシュエやノクトさんはともかく、俺達は人から幻獣の姿にされたまがい物だ。
幻獣であることに違いはないが、厳密には幻獣ではないものである。
であれば、普通の幻獣とは違うくくりに入ることができるのではないだろうか。それならば、まだ対抗策はある。
とにかく、精神耐性は上げておいた方がいいだろう。必ず役に立つ時が来るはずだ。
〈問題は、そこまで経験値が残ってないってことなの〉
この島に入る前に、魔王の存在を危惧して、経験値はほとんど使ってしまった。
その時取ったのは主に割り込み系のスキルで、耐性系はそこまで取っていなかった。
と言っても、それはすでに耐性系のスキルはほぼ取っていたからというのがあるからで、今の時点で精神耐性が低いというわけではない。
だから、これ以上レベルアップでどうこうというのは難しいだろう。
他にあるとしたら、装備やアイテムなどで上げる方法だけど、この島から出られない以上、アイテムを集めるのは難しいし、装備は着脱不可の状態にされているからこれ以上重ねるのは無理がある。
やれるとしたら、この島を駆けずり回って、アイテム作成に必要な素材をかき集め、俺が作るって感じになるだろうか。
果たしてそんな都合よく必要な素材があるかはわからないが。
〈ひとまず、寝床を作って上げませんか? このままだと、また夜になってしまいそうです〉
〈……まあ、そうするの。ノクトはシュエのことを見ていてほしいの〉
〈わかった。なんか悪いな〉
カインの提案もあり、とりあえずできることから始めることにした。
幸い、寝床の素材となる草はそこまで珍しいものでもない。
適当に集めてもそれなりのものは出来上がるので、ただ寝るだけだったらそれでもかまわないが、それだと可哀そうなのでちゃんと選ぶことにする。
柔らかくて乾いているのが好ましい。この辺りのものがいいだろうか。
〈……アリス、気づいてるよね?〉
〈なにがなの?〉
〈私達、エキドナに変な感情を持っているよね〉
寝床となる草を探している時、サクラがそんなことを言ってきた。
もちろんそれは気づいている。さっき考察した通り、俺達はエキドナの命令に逆らえないようになってしまっている。
それに伴い、エキドナのことを尊敬するようにもなっているんだろう。最初は警戒心ばかり募っていたのに、今は多少なりとも心を許してしまっている。
この状態が当たり前と感じるようになった時が終わりなんだろうな。
下手をしたら、命令で忘却の滝に突っ込まされる可能性もあるわけで、どうにかして命令に抗う手段を見つけないと本格的に終わってしまう。
今のところ、いい案は浮かんでいないが。
〈サクラも気づいていたの?〉
〈まあね。何となく、お願いを聞いてあげたいって感じだったけど、あれ普通じゃないよね?〉
〈その通りなの。あれは、エキドナの設定によるものだと思うの〉
〈設定か。それは厄介そうだね〉
〈早めにどうにかしないと取り返しのつかないことになりそうなの〉
〈そうだね。でも、どうやって?〉
〈それが思いつかないのが問題なの〉
設定の書き換えなんてできないしなぁ。
神様とかならできるかもしれないけど、もし連絡取れたら力を貸してくれるだろうか?
……いや、ないだろうな。
そもそも、神様は地上に降りられないだろうし、魔王の存在によって力も失っている状態、頼りになるとは思えない。
設定を書き換えるのではなく、設定をかいくぐる必要がある。
まずは条件をはっきりさせようか。
幻獣はエキドナに逆らえない、エキドナのことを尊敬している、エキドナの願いはなるべく叶えようとする、こんな感じ?
さらに言うなら、エキドナ自身は幻獣に対してとても慈悲深い性格をしているはずである。
すべての幻獣の母だからというのもあるが、それプラス性格として優しい性格をしているのだ。幻獣に対してだけなので、人間に対しては辛辣な時もあるみたいだけど。
幻獣はエキドナに逆らえないが、エキドナも幻獣に無理強いはしない。あくまでお願いであり、命令することはほとんどない、はずである。
付け入る隙があるとしたらそこらへんか?
なるべく願いを叶えたがる幻獣と、無理強いはしないエキドナ。どちらにも言えることは、確定で言うことを聞いたり聞かせたりはできないということである。
それがどういう風に表されているのかはわからないが、恐らく抵抗判定が存在すると思うんだよね。
これは希望的観測でもあるが、普通に考えたらそうなるはずである。
だから、どうにかして抵抗判定に成功できれば、まだ何とかなるはずだ。
少なくとも、致命的なお願いに対して頷かなければね。
しかし、この仮説が合っていたとしてもどうしようもないのも事実。レベルアップもほぼできない状況だし、それこそダイスに運命を任せるくらいか。
とにかく、いつ仕掛けられてもいいように身構えておくくらいしかできることはない。
そのことに歯噛みしながら、せっせと寝床の材料を集めるのだった。
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