第四百五十六話:恐るべき事実
夜は意外とよく眠れたと思う。
心配事はあったが、特に襲撃が起こるわけでもなかったし、寝心地もそこまで悪くはなかった。
感覚も幻獣寄りになっているんだろうか。毛布もなしに寝るなんてちょっと考えられなかったけど、全然大丈夫だった。
そのことにちょっと複雑さを感じながら、洞窟の外に出てみる。
はて、この島はこんなに綺麗だっただろうか。
確かに、元々自然豊かでいい島だとは思っていたが、何というか、キラキラして見える。
安心できると言った方がいいだろうか? この島であれば、何一つ心配などせずに暮らすことができるだろうという感覚。これは、幻獣になる前は感じなかったものだ。
やはり、感覚も幻獣に近くなっているのかもしれない。
幻獣にとって、安らげる何かがここにはあるのかもしれないね。
〈さて、とりあえずシュエ達の様子を見に行くの〉
しばらく待ってみんなが起きてから、シュエ達が住む洞窟へと向かう。
昨日はノクトさんが早々にダウンしていたし、朝御飯も食べてないだろうと思って、道中で果物をいくつか取ってきたのだけど、これ足りるか?
俺やサクラは小さいからいいとしても、ノクトさんもシュエも結構でかいし、こんな果物の一つや二つで満足できるとは到底思えないんだけど。
まあ、そこらへんは後で追加で採取するしかないか。もしかしたら、幻獣になって燃費が良くなってるかもしれないし。
〈……何してるの?〉
〈いや、それはこっちの台詞なんだが……〉
ノクトさんは起きていた。ただ、シュエに巻き付かれていたけれど。
まさかまたやってるんじゃないかとも思ったけど、ノクトさんが積極的にそんなこと言うわけないし、シュエもエキドナの命令でもなければそんなことしないだろう。
となると、これはただのじゃれあいか。
シュエはとってもにこにこしているし、ノクトさんのことをぺろぺろと舐めている。
こうしてみると子供っぽいけど、こんな巨体が巻き付いてくるとか、相手が誰か知らなかったら恐怖でしかないだろうな。
〈その気配、アリスだよな? それにみんなも。なんで幻獣の姿になってるんだ?〉
〈それには深い事情があるの……〉
そういえば、ノクトさんには俺達が幻獣になったことを話してはいなかった。
起きたのはこの洞窟の前だったけど、その後はすぐにエキドナの下に向かってしまったから話す機会もなかったしね。
ついてから気が付いたわけだが、ノクトさんは俺達のことがすぐにわかったようだ。
幻獣特有の勘なんだろうか? それとも匂いとか。まあ、拒絶されなかっただけよかった。
〈なるほどな。なんか、巻き込んでごめんな?〉
〈いや、巻き込んだのはどちらかと言えばこっちなの。ノクトは謝る必要はないの〉
ただでさえ、ノクトさんは今回の件で童貞を喪失しているしな。
いや、まじで申し訳ない。俺達についてこなければこんなことにはならなかっただろうに。
幼馴染相手に記憶がない状態でやらされるのも凄い特殊な状況だし、そもそも人間姿でもないし、ノクトさんの性癖が歪まなければいいのだけど。
〈それで、まだ一日だけど、調子はどうなの?〉
〈まあ、体調は悪くない。ただ、シュエがこんな調子でちょっと心配になるが……〉
〈記憶がなければただの子供だから仕方ないの〉
ただ記憶がないだけなら、中の人に相応しい行動をとれたかもしれないけど、それすら忘れてしまっているから、ここにいるのはただのリヴァイアサンの子供である。
しかも、設定がまだ生きているなら、元から子供っぽい喋り方をする感じだったし、それが合わさって余計に幼く見えるんだろう。
こうしてじゃれあっているのも、裏表なしにノクトさんが気に入っているからだろうし、そう言う意味では素直だと言える。
ほんとに大丈夫かなぁ。これから卵産むらしいけど、痛みで暴れたりしないよね?
〈ありす、ちいさくなった?〉
〈ああ、うん、ちょっとね〉
〈かわいー!〉
〈ちょっ……!〉
ノクトさんにすりすりして甘えていたシュエだったが、俺の姿に気が付くとこちらに巻き付いてきた。
ノクトさんですら苦戦していたのに、それよりも小さな俺に巻き付いたらどうなるかなんて目に見えている。
すぐに締め付けられ、身動きが取れなくなった。
〈んへへー〉
〈しゅ、シュエ、やめるの……!〉
ぺろぺろと顔を舐めてくるが、普通に怖かった。
そりゃそうだ、シュエが口を開ければ、今の俺なんか容易に丸呑みできる大きさなのである。
シュエにその気はないとしても、食われるかもしれないと無意識に怖がってしまうのは仕方ない。
それなのに、シュエは遠慮なく舐めてくるから、しばらくの間プルプルと震えることしかできなかった。
一応、カインやシリウスが助けに入ってくれたけど、今度はそちらに巻き付きに行ったので、シュエにとっては俺達はお気に入りなのかもしれない。
やっぱり大きい幻獣の方がよかったなぁ……これじゃ心臓がいくつあっても足りやしない。
〈さっさと記憶戻した方がいいんじゃ……〉
〈絶対後になって悶えるパターンだよね〉
唯一巻きつきを抜け出したサクラがそんなことを言ってる。
確かに、記憶が戻った後、これを思い出したら絶対悶えるよね。
これ以上火傷しないうちに記憶を戻してあげるのも慈悲なんだろうか?
でもなぁ……それはそれで卵が産まれるまでの期間が気まずくなりそうだし。
これは結構難しい問題かもしれない。
〈あら、楽しそうね〉
〈あ、おかあさん!〉
と、そこにエキドナがやってきた。
いつものように微笑みを浮かべながら、こちらの様子を見ている。
まあ、様子を見に来るとは言っていたし、来ること自体は不思議ではないけど、なんとなく警戒してしまう。
昨日の考えが合っているかどうかはわからないけど、もし合っていたらと思うとね。
〈ふふ、元気そうで何よりだわ。住処の寝心地はどうかしら?〉
〈みずうみたのしい!〉
〈それはよかったわ。フェニックスは?〉
〈え? あ、まあ、悪くはないです……〉
〈まだ寝床を用意できていないようだし、今日中に用意しておくといいわ。ああ、ちょうどいいから手伝って貰ったらいいんじゃない?〉
そう言ってこちらを見る。
まあ、元々そのつもりだったからいいけど、エキドナに言われるとちょっともやもやする。
そう思って睨みつけていると、エキドナは微笑みを絶やさないまま、こちらに視線を向けて、変わらぬ口調で言った。
〈この子達のお世話、手伝ってくれるわよね?〉
〈……はい〉
気が付くと、返事をしてしまっていた。
俺だけでなく、他のみんなも同様で、はっとした様子で困惑気味に顔を歪めている。
今のは、何だ? ただ頼まれただけなのに、必ず達成しなければならないと思ってしまった。
しかし、エキドナに命令系のスキルはないはず。あるとすれば、それは幻獣に対してだけで……いや、待てよ?
今の俺達は幻獣で、幻獣はエキドナのことを慕っている。俺達は純粋な幻獣というわけではないけれど、今は幻獣であることは確か。
それはつまり、幻獣として、エキドナのことを慕ってしまうのではないか。もっと言うならエキドナの命令には逆らえないのではないか。
その事実に気づいて、顔が蒼くなっていくのがわかった。
もしこの予想が合っていたとしたら、これはかなりまずい状況である。
エキドナの命令に逆らえなければ、この島から出ていくこともできない。もちろん、エキドナに対して元の姿に戻してほしいと頼むことできないだろう。
エキドナがそんなのは嫌だというだけで、俺達は従わざるを得ないのだから。
すぐに戻れるものだと思っていたから油断した。これは、かなりまずい状況かもしれない。
俺は今の状況を理解し、静かに戦慄した。
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