第四百五十四話:島の性質
ゆっくりと意識が浮上していく。目を開けると、そこは洞窟の前だった。
確か、いきなり眠くなって、そこから抗う間もなく寝ちゃったんだよな。
てっきりエキドナあたりから攻撃されているのかと思ったけど、場所は移動していないし、特に変わったところはなさそうに見える。
いったい何だったんだと立ち上がってみると、その時にようやく違和感に気が付いた。
視線が異様に低い。いや、元々アリスは身長低いけど、そんな比じゃない。
言うなれば、いつもの膝くらいの目線である。しかも、立った状態で。
さらに言うなら、立った感覚もおかしい。だって、どう考えても四つん這いなんだもの。
この感覚、なんだか覚えがある。そう、以前あのサーカスの団長にイナバさんと入れ替えられた時だ。
あの時も、目線の変わりようと、四足歩行に悩まされていた。
まさか、また入れ替わってしまった? そう思ってイナバさんを探してみると、どうやらそう言うわけでもないということがわかった。
というのも、辺りには見知らぬ幻獣が倒れ伏していたからだ。
一体は青色の毛並みの巨大な狼。一体は二本の角が特徴的な馬。一体はキジトラの猫。
これらが幻獣であるなら、恐らくそれぞれ、フェンリル、バイコーン、ケットシーだろう。特徴も一致しているし、間違いないと思う。
で、その傍らにはイナバさんの姿があり、ケットシーの方に寄り添っている。
ここまでくれば、なんとなく想像はつく。それでも確認のため、自分の体を見てみると、そこには翼のような耳と尖った角を生やした、真っ白な兎の姿があった。
間違いない。これは、俺達は幻獣の姿になってしまっている。
〈……どうしてこうなったの!〉
いや、確かにエキドナからそう言う話はあった。
エキドナの力があれば、俺達の種族を変更し、幻獣へと変じることも可能ではあると言っていた。
しかし、今それをやる理由はどこにもない。シュエは無事に子供を授かったし、それが生まれ次第、俺達はこの島を去るつもりだった。
ポータルが設置できないという面倒さはあれど、だったらしばらく滞在するなり、何らかの方法で結界を突破するなりすればいいだけの話で、特に問題はなかったのである。
それが、どうして幻獣の姿に変えられなければならないのか。一体俺達が何をしたというのか。
わからないことだらけだが、とにかくみんなを起こさなければ。
俺はひとまず近くにいたフェンリルから起こしにかかる。
対格差が大きすぎてちょっと苦労したが、やがてみんなを起こすことに成功した。
〈これは、いったいどういうことですか?〉
〈四足ってのは慣れないな……〉
〈可愛いからいいけど、何でこうなってるの?〉
話を聞く限り、どうやらフェンリルがカインで、バイコーンがシリウス、ケットシーがサクラのようだ。
みんな起き上がった時はかなり慌てていて、そのせいでちょっと大変だった。
なにせ、体格差がありすぎるのだ。ケットシーであるサクラはそこまで大きくはないけれど、フェンリルのカインとバイコーンのシリウスは今の俺からするとかなり大きい。
尻尾に跳ね飛ばされたり、蹄に潰されそうになったり、軽く死ぬかと思った。
どうせ幻獣になるなら、俺も大きい奴がよかったなぁ。なんでいつもちっちゃいのばかりなんだ。
まあ、別に小さいのが嫌いってわけでもないけど。むしろ好きだけどさ。
〈何が起こっているのかはわからないけど、多分エキドナが関係していると思うの〉
こんなことできるのエキドナくらいしかいないだろう。
今思えば、わざわざ住処がいるかどうかを聞いてきたのは、こうなることを予見していたからではないだろうか?
この姿が永続的なのか一時的なのはかわからないけど、どちらにしろこの姿で外に行くわけにはいかないし、この島に留まる必要はあった。
であれば、住処は必要になってくるだろう。
少しでも気を許したのは間違いだっただろうか。とにかく、早いところ問い詰めて元の姿に戻してもらわなければならない。
〈エキドナのところに行くの〉
〈了解です〉
ひとまずそれしかないと立ち上がったが、この姿、結構大変である。
というのも、サクラ以外はみんな四足歩行だ。俺は、以前の経験があるからそれなりに慣れているとはいえ、カインとシリウスはかなり苦戦しているようである。
しかも、体が大きいから色々なところに体をぶつけてしまうし、まっすぐ歩くだけでも大変だった。
俺とサクラは、それはそれで小さいので単純に歩く距離が増えて大変だったしな。
というか、俺は何の幻獣なのか。特徴的に、多分アルミラージかな?
兎に近いからっていうのはありそうだけど、まあチョイスは悪くはないか。そもそも変えるなって話だけど。
〈あら、やっぱり来たのね〉
四苦八苦しながらエキドナがいた洞窟までやってくる。
エキドナは以前と変わらぬ姿でそこにいた。相変わらず笑みを浮かべながら、こちらを見下ろしている。
やっぱり、こうなることわかってたんだろうな。驚きとか全然感じられないもん。
〈これは一体どういうことなの?〉
〈あら、何のことかしら?〉
〈とぼけるんじゃねぇの。これ、エキドナの仕業でしょ?〉
〈私の仕業ではないわ。まあ、この島の特性と言えばいいのかしらね〉
〈どういうことなの?〉
話を聞くと、どうやらこの島は、侵入者を幻獣に変えて、仲間として取り込んでしまう性質があるらしい。
もちろん、普通はそんなことはありえない。なにせ、普段は姿を消しているし、姿を現している時も、エキドナが結界を張っているため入れない。
だから、普通は侵入者が入ってくるという状況自体がありえないのだ。
しかし、万が一、何らかの方法で侵入者が来て、すぐに出ていく様子がないのなら、そいつらを幻獣に変えて仲間にしてしまおうという機能がつけられたようである
いやまあ、確かに俺達は一日近くこの島に滞在したとはいえ、すぐに出ていくつもりではあった。ポータルが設置できなくて少し迷ってはいたけど、この島に滞在する気はなかったのである。
それなのに、こんな仕打ち酷くないだろうか?
というか、そもそも俺達はシュエのためにここに来たのである。エキドナがシュエをさっさと手放してくれたら、こんなことにはならなかったのだ。
引き止める原因となったのはエキドナなのに、こちらが悪いみたいに罰を与えるのはどうかと思うのだが?
〈これ、戻れるの?〉
〈一度幻獣になった以上、戻ることはできないわ。あなた達は一生、幻獣として暮らすのよ〉
〈嘘言うんじゃねぇの〉
まあ、確かにこの島の性質ならば、一度幻獣に変えた侵入者を再び元に戻して帰す理由なんてどこにもないし、幻獣になったが最後、元に戻ることはできないというのは理解できる。
しかし、ここにはエキドナがいる。【遺伝子操作】というスキルを持ったエキドナが。
エキドナの手にかかれば、元の種族に戻すことくらいたやすいだろう。
嘘というわけでもないが、全く本当のことというわけでもないというのが嫌らしい。
見ろよ、シリウスの顔を。我慢してるけど、ちょっと絶望してる顔になってるじゃん。
〈あらあら、冗談が通じない子ね〉
〈いいから、早く戻すの〉
〈そう慌てないで。何も、デメリットばかりというわけでもないでしょう?〉
特に、あの二人の世話をするならね、とエキドナは続けた。
まあ、確かに、この島に滞在するなら、人の姿よりは幻獣の姿の方が都合はいいだろう。
いつまでもこの島にいる他の幻獣達を怯えさせておくわけにもいかないし、姿だけでも同じ幻獣であった方が警戒心も解けるというものだ。
住処を提供してくれるということでもあるし、幻獣として生活しなくちゃならないというデメリットはあるにしろ、全くメリットがないというわけでもない。
エキドナの掌の上で踊らされているようで癪だけど、シュエ達が無事に子供を孵化させるまでは、この姿でもいいのかもしれないね。
〈……はぁ、わかったの。でも、子供が生まれたら、すぐに元に戻すの〉
〈ええ、もちろん〉
仕方ない。しばらくは幻獣としての生活を楽しむとしよう。
少しでも前向きに考えつつ、なんでこんなことになったのかとため息を吐いた。
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