第四百五十三話:幻獣の住処
住処に案内するとは言ったが、実際に連れてこられたのはただの洞窟だった。
いや、幻獣にとってはこれでも立派な住処なのだろう。
体の大きなリヴァイアサンでも入れるくらい大きいし、奥には地底湖みたいなのがあって、リヴァイアサンでも窮屈せずに暮らせる形である。
多少家具、というか寝床なんかを持ち込む必要はあるだろうが、子供を産み育てるには十分な場所だろう。
シュエは早速地底湖を気に入り、はしゃいでいた。
あんまり激しく動くのは良くない気もするけど、まあ幻獣なら大丈夫だろう。多分。
ノクトさんは疲れ切っていたようで、着いた瞬間にぐでっと倒れ込んで寝てしまった。
こんなんで大丈夫なのかと思わないでもないけど、生活に関してはエキドナがサポートするとのことなので、多分問題はないと思う。
問題があるとすれば、これから数週間の間、二人はここで過ごさなければならないということだろうな。
「これで無事に子供が生まれてくれれば、それ以降はここに来る必要はなくなるとは思うけど、ちょっと心配なの」
リヴァイアサンの子供が生まれれば、エキドナはその子を使って徐々に数を増やしていくことだろう。
子供どころか、赤ん坊と同等レベルのシュエに子作りを頼むくらいなのだから、生まれたばかりの子供にそういうことを迫っても不思議はない。
人の世界で育った者同士から生まれたから、人の世界に寄った考え方を持っている可能性が高いとは言っていたけど、別に二人はこの世界で長く暮らしていたわけではない。
いや、数年は経ってるからそれなりには暮らしているけど、そもそもが純粋な幻獣ではないのだ。
だから、考え方がどうなるかは未知数である。
それを見て、エキドナはどういう教育を施していくのか、シュエにやったように、忘却の滝で忘れさせてしまうのか、それはわからないけど、言っちゃ悪いけど生まれてきた子はこの世界の住人と言えるものだろうし、忘れたところでそこまで未練はないと思う。
仲間じゃないとは言わないけど、生まれたばかりなら交流もないしね。
だから、シュエやノクトさんが自分の子に特別な感情を抱きでもしない限りは、特に問題はない。
ただ、今は記憶を失っている状態のシュエはともかく、ノクトさんが幻獣としての生活を送れるかどうかは疑問だな。
一応、しばらくはフェニックスとして活動していたようだし、そこそこ慣れている可能性もあるが、それでも人間の価値観が残っているだろうし、こんな洞窟で過ごすのは大変そうである。
ポータルを設置して、定期的に帰るのも手ではあるけど、それは恐らくエキドナが許さない気がするし、ノクトさんだけは慣れてもらう必要があるだろう。
しかも、父親としてシュエの面倒を見なければならないとなればなおさら。
果たしてうまくいくのか、それが今は不安だった。
「まあ、最悪エキドナが世話を焼くだろうけど、あんまり借りを作りたくないの」
優し気にふるまっているけど、あれは傍若無人の一歩手前だと思う。
自分中心に世界が回っていると思っている、とまではいわないが、少なくとも幻獣は自分の言うことを聞くべきだと思っているのは間違いない。
下手をしたら、借りを理由にさらに子作りを迫られる可能性もある。
性別は関係ないと言っていたから、今度はフェニックスの子が欲しいとか言って、ノクトさんに産ませる可能性も……。
しかも、二人はエキドナの命令にはほぼ逆らえないしね。その時に止める俺達がいなければ詰みである。
そう考えると、なかなか気が抜けないかもしれない。まだ戦いは終わっていないようだ。
〈あなた達も住処が欲しい?〉
〈別にいらないの〉
〈そう? 必要になると思ったのだけれど〉
シュエ達を住処に案内した後、エキドナにそんなことを言われた。
まあ、シュエ達の住処は二人の邪魔をするわけにもいかないし、俺達にはまた別の場所が必要だとは思うけど、そもそも俺達はこの場所に滞在する気はあまりない。
いや、落ち着いたからスターコアを探すのも手だけど、だとしても夜はポータルで城に帰るつもりだし、寝床となる場所はいらないだろう。
拠点という意味でなら必要かもしれないが、荷物をすべて持てる以上、そこまで必要性を感じないしな。
エキドナらしからぬ気づかいだが、子作りを受け入れたことで多少なりとも態度が軟化したのかもしれない。かといって油断できるような相手ではないが。
〈まあ、必要になったらいつでもいらっしゃい。場所はたくさんありますからね〉
そう言って、エキドナは去っていった。
さて、これからどうするか。
空を見てみると、すでに夕焼け色に染まっている。
そりゃ、あれだけやってたんだから当然っちゃ当然だが、だいぶ遅くなってしまった。
戻るつもりではあるが、二人のことが心配ではある。シュエは記憶を失ったままだし、ノクトさんもぐったりしてるしな。
シュエの記憶だが、卵を孵したら取り戻そうということになった。
というのも、今この状況で記憶を戻してしまったら、絶対パニックを起こすから。
そりゃそうだ。知らぬ間に子作りして、自分のお腹の中に子供がいるなんて怖いに決まってる。
もちろん、記憶を取り戻せば、これまでのことも思い出してしまうだろうから、子供を産んでしまった、ということにショックは覚えるかもしれないが、その象徴である子供が目の前にいなければ、少しは恐怖も薄れるかもしれない。
少なくともしばらくは幻獣としての生活をしなければならないというのもあるし、今は記憶がない方が都合がいいということだ。
ノクトさんはちょっと可哀そうだけど、どうか引っ張って行って欲しい。俺達も、できる限りはサポートするつもりだ。
「とりあえず、ポータルは設置しておいた方がいいの」
様子を見るとしても、この場所への行き来は大事だろうし、ポータルの設置は必須だろう。
そう思い、俺はポータルを設置しようとする。しかし、なぜかポータルを開くことはできなかった。
「あれ?」
何かの間違いかと思ってもう一度やってみるが、どうにも設置できない。
何かの状態異常でもかかっているのかとキャラシを確認してみるが、特にそう言ったことは書かれていなかった。
どういうことだ?
「もしかして、設置できない場所なの?」
【ワープポータル】は、その場所にポータルを設置して、別の場所に設置したポータルからその場所まで一瞬で移動できるようにするものである。
その性質上、大抵はどんな場所にも設置することができるが、設置できない場所も当然存在する。
例えば、ボス部屋とかね。
ボス部屋に設置で来てしまうと、攻撃のタイミングだけやって来て、それ以外は引っ込んでいるってこともできちゃうからね。
その他には、イベント上設置されたくないとゲームマスターが判断した場所とか。
恐らく、この島はそう言う場所なんだろう。考えてみれば、通常時は姿を消している場所である。そんな場所に設置できたら、いつもは行けないという前提が崩れてしまうからダメってことなんだろうな。
となると、一回島の外に出て、どこかにポータルを設置してってことになるけど、この島には結界が張られていて、幻獣以外は通ることができないという縛りがある。
それを考えると、俺達が外に出てしまったら、ノクトさんに迎えに来てもらわない限りは入れないということになってしまうので、それは避けたい。
あれ、これ以外と面倒くさいぞ?
「何かいい手は……」
腕を組んで考える。しかし、その時不思議なことに気が付いた。
さっきから静かだと思っていたが、隣にいたはずのカインやシリウスが倒れている。
いや、正確には眠っているのかな? すやすやと寝息を立てているのがわかる。
そんなに疲れていたんだろうか。確かにシュエを探すために走り回ったが、それ以外で特につかれるようなことは……。
そんなことを考えていると、俺も眠気に襲われ始めた。
これは、なんだ? 普通じゃない……。
明らかに普通じゃない眠気に危機感を覚えたが、体は言うことを聞いてくれなかった。
俺はその場に倒れ込み、目を閉じる。そのまま、意識がぷつりと途切れた。
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