第四百五十話:代替案
〈……そう、わかったわ。あなたが魔王を倒すというなら、私は何も言いません。好きにしたらいいわ〉
そう言ってため息を吐くエキドナ。
なんだか話が脱線しているようにも思えるけど、これはこれで重要なことだ。
わかってくれたというよりは、諦めたという感じだけど、この調子でシュエも諦めてくれないだろうか?
〈けれど、それとこれとは話が別ね。リヴァイアサンは必要だし、それにはこの子の協力は必要不可欠だから〉
「くっ……」
そう簡単に話しは進まないらしい。
いったいどうすればいいんだ。シュエはダメだし、俺が身代わりになるのもダメ。何かいい手はないだろうか。
〈おーい、連れてきたぞー!〉
と、そこに空から声が響いた。振り返ってみると、ノクトさんがみんなを乗せてこちらにやってきているところだった。
どうやら結構時間が経っていたらしい。ひとまず、一人で戦うことにはならなくて何よりだ。
「遅くなりました。状況はノクトから少し聞いていますが、その様子だと手放してはくれてなさそうですね」
「リヴァイアサンとしての種は必要、それに戦力としても必要っていうだけなの」
〈あらあら、たくさんやって来たわね。静かにお話ししていたかったのだけど〉
エキドナはくすくすと笑いながらその態度を崩さない。
幻獣王としての余裕なのか、元からこういう性格なのかは知らないけど、ちょっと不気味に思えてきた。
〈私にはよく理解できないのだけれど、記憶があるリヴァイアサンと記憶がないリヴァイアサンは別物という考え方なのかしら?〉
〈その通りなの〉
〈つまり、記憶がある状態のリヴァイアサンのままであれば、子作りを許可してくれるのかしら?〉
〈いや、そういうわけじゃ……〉
そりゃ確かに、記憶を失うのと子作りするのじゃ、子作りの方がまだましなような気もしないでもないけど、できることならどっちもやらないで済む方法が欲しい。
いくらシュエが同意していたとしても、それはエキドナの幻獣の母としての威光によるものだろうし、シュエ自身が望んだわけではないと思う。
シュエだって、いきなり人外と子作りなんてしたくないだろうしな。
〈本来、幻獣の子作りは神聖なもので、幻獣同士で子を作る場合、人の世界の穢れを残して行うわけにはいかないわ。けれど、一応それを省いてする方法もなくはないのよ〉
〈そんなのがあるんだったら初めからそっちやるの!〉
要は、忘却の滝で穢れを落とすなんてしなくても、子作りをする方法があったというわけだ。
いや、別に子作りを認めたわけではないが、こんな記憶を洗い流すなんて強引な方法取るくらいなら、そっち選んでくれた方が楽でよかったのに!
なんでそっちの方法を取ってしまったんだ。理解ができない。
〈でも、それにはあなた達の協力が必要になるわ〉
〈私達の、なの?〉
〈ええ。と言っても、グレーな方法ではあるのだけどね〉
エキドナは、そう言ってその方法を語った。
具体的に言うと、人の世界に出た幻獣同士で交尾するなら、まったく問題ないことはないが、まだ許せる範囲なのではないかということである。
というのも、幻獣が交尾の際に人の世界の穢れを嫌うのは、子供にその影響が出るのを嫌うためだ。
それに、幻獣界に住む幻獣達は、人の世界のことを怖いと思っており、そんな場所にいた幻獣と交尾すること自体を忌避する傾向がある。
だからこそ、その記憶を洗い流して、まっさらな状態でやろうというわけだ。
しかし、以前、人の世界にも幻獣達がたくさん進出していた時代には、その掟を破り、人の世界で子作りに励む輩もいたという。
人の世界を知っている者同士なら、相手に忌避感もないだろうし、後は相性の問題だけだ。
子供の影響についても、人の世界のことをよく思っているからこそ、そこまで問題にしなかったのである。
だから、人の世界に進出した幻獣同士なら、まだ許される、ということだ。
〈もちろん、そうして生まれた子は人の世界に寄った考え方を持つし、幻獣界に住む幻獣達からはあまりよくは思われないわ。それにその場合、産むのは私ではなく、その幻獣だから、産みの苦しみを味わうことにもなる。私としては、そんな思いはあまりして欲しくないのだけど、どうしてもっていうなら、それもやむなしなのではないかしらね〉
〈なるほど……〉
人の世界に進出した幻獣同士でなら、記憶をなくすことなく子作りをすることができる。
まあ、結局子作りはしなくちゃいけないというのはあれだけど、とりあえず目下の問題である記憶をなくさなくてはならないという問題を解決するだけだったら、解決策は出たわけだ。
しかし、そうなってくると、シュエのお相手って……。
〈な、なんだよ?〉
今、この世界にいる幻獣は、ドラゴンくらいなもの。しかし、彼らはどこにいるのかわからず、探すのは容易ではない。
しかし、ただ一人、条件に該当する者がいる。
同じ幻獣であり、しかも雄であるフェニックス。ノクトさんである。
海竜と鳥が交尾するって想像がつかないけど……。同じ幻獣だし行けるんだろうかね?
〈もし、その方法を取るなら、洗い流した記憶は取り戻せるでしょう。いや、あまり取り戻してほしくはないけど、そうじゃないと納得しないようだし?〉
〈どうやって取り戻すの?〉
〈簡単なことよ。滝から流れ出した川の水を飲むこと。そうすれば、忘れた記憶も取り戻せるわ〉
忘却の滝から流れ出た水をそのまま飲むって普通にやばそうだけど、ほんとだろうか?
一応、【センスイヤー】で判断してみたが、嘘ではないと出た。だから、多分本当のことなんだろう。
きちんと記憶を取り戻せることに関しては良かったと思うが、問題は本当にこれを実行するかどうかだ。
「ノクトさん、判断は任せるの」
〈え、いや、どういうことだよ?〉
「シュエを助けるためには、ノクトが代わりに子作りしてやらなきゃってことだ」
〈は? いやいやいや、何言ってんだよ!?〉
正直乗り気はしない。
そもそもの話、リヴァイアサンという種を復活させる必要性を感じないし、そのためにシュエが犠牲にならなくちゃいけないというのも納得できていない。
二人が交尾するとなると、子を産むのはシュエだろうから、シュエの苦しみが余計に増すとも考えられるし、ノクトさんも知り合いとそんなことするなんて乗り気にはなれないだろう。
これで幸せになるのは、子供が生まれて喜ぶエキドナだけ。そう考えると、利用されてる感が半端なくて凄くもやもやする。
しかし、ここに来てしまった時点でエキドナを振り切るのは不可能だし、どうにかしてリヴァイアサンという種を復活させなければ帰れない。
こういう時、何かスキルがあればいいのだけど、流石にこんな事態を想定したスキルなんてあるわけない。
俺ができることがあるとすれば、エキドナの力を借りて、俺が身代わりに子供を産むとかしかないだろう。
男の俺が子供を産むとか考えたくもないが、シュエを助けるためと思えばまだ何とか……。
て、提案はするけど、相手のノクトさんが頷くかもわからないし、これに関しては通ることはないだろう。うん。
そんな不安を抱えながら、俺は恐る恐るみんなにこのことを伝えた。
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